戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年11月13日(金) 20:00
文字数:642

「そこまでだ」


 金木犀の香りが舞う。

 青い刃が、陽の額の上で、ぴたりと止まった。

 声の方を向くと、姫の母が、姫の首にナイフを当て、立っていた。

 二人の視線を受けると、姫の母は、黄土色の髪をした青年に形を変えた。

 姫は、おびえと戸惑いで、白い唇を震わせている。

「メイゲツ、貴様……! 姫を離せ!」

「言ったはずだ。カゲロウ様に手を出したら、お前の大切なものを奪うと」

 姫は、ごくりと喉を鳴らし、陽を見つめた。


 ――カゲロウ。

 陽が……。


 恐怖で染まった姫を前に、陽は、息ができなくなった。


 どうして、こんなことに……。


「刀を捨てて力をおさめ、カゲロウ様から離れろ。さもなくば、彼女を斬る」


 竜は、せざるを得ない。注意を陽に、殺気をメイゲツに向けたまま、刀を捨て、角と牙をおさめる。

 その瞬間、陽は走った。

 姫の左手を取り――メイゲツの首を握りしめる。自分と同じだけの背丈の男が、片手で持ち上がる。

「余計なことをしてくれたな! なんで、姫を連れてきたんだ!」

「も、申し訳……ありません……。あなたを、救いたく……て…………」

 竜が再び力を宿し、刀を構えたのが、横目に映った。

「メイゲツ。最後の命令だ。死んでも、あいつを殺せ」

 陽はメイゲツの体を投げ捨てると、ぐいっと姫の手を引いた。

「行こう、姫!」

 姫は踏みとどまろうとしたが、陽の力は、いつもと比べ物にならないくらいに強かった。

「竜!」

「姫!」

 竜が、姫が、右手を伸ばす。二人の間に、メイゲツが立ちはだかった。


 半ば引きずられるように、姫は、山の奥、森の向こうへ、消えていった。

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