「そこまでだ」
金木犀の香りが舞う。
青い刃が、陽の額の上で、ぴたりと止まった。
声の方を向くと、姫の母が、姫の首にナイフを当て、立っていた。
二人の視線を受けると、姫の母は、黄土色の髪をした青年に形を変えた。
姫は、おびえと戸惑いで、白い唇を震わせている。
「メイゲツ、貴様……! 姫を離せ!」
「言ったはずだ。カゲロウ様に手を出したら、お前の大切なものを奪うと」
姫は、ごくりと喉を鳴らし、陽を見つめた。
――カゲロウ。
陽が……。
恐怖で染まった姫を前に、陽は、息ができなくなった。
どうして、こんなことに……。
「刀を捨てて力をおさめ、カゲロウ様から離れろ。さもなくば、彼女を斬る」
竜は、せざるを得ない。注意を陽に、殺気をメイゲツに向けたまま、刀を捨て、角と牙をおさめる。
その瞬間、陽は走った。
姫の左手を取り――メイゲツの首を握りしめる。自分と同じだけの背丈の男が、片手で持ち上がる。
「余計なことをしてくれたな! なんで、姫を連れてきたんだ!」
「も、申し訳……ありません……。あなたを、救いたく……て…………」
竜が再び力を宿し、刀を構えたのが、横目に映った。
「メイゲツ。最後の命令だ。死んでも、あいつを殺せ」
陽はメイゲツの体を投げ捨てると、ぐいっと姫の手を引いた。
「行こう、姫!」
姫は踏みとどまろうとしたが、陽の力は、いつもと比べ物にならないくらいに強かった。
「竜!」
「姫!」
竜が、姫が、右手を伸ばす。二人の間に、メイゲツが立ちはだかった。
半ば引きずられるように、姫は、山の奥、森の向こうへ、消えていった。
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