切株の上に、見慣れた後ろ姿が座っていた。
「意外と遅かったな」
陽は振り返って、満身創痍の竜を見た。まだ乾いていない涙の跡が、月光に照らされた。
「いいよ、俺を殺して」
罠か、と構えたが、陽の両手にはまだ、黒い腕輪があった。
陽はうつむいて、言葉を続けた。
「いろいろ考えたんだけど――たとえば、お前の体をもらうとか、姫がこれから付き合う男の皮をその都度奪っていくとか。そうすれば、姫の傍にいられるかなって。でも、姫はきっと、俺に気付いてくれると思うんだ。だけど、もう、俺のことを、前みたいに好きになってはくれない。俺は、俺自身を、姫に好きになってもらいたい。けど、でも、もう……無理なんだ」
陽は下唇を噛んで、こみ上げる涙を飲んだ。
ややあって、口元だけで、力なく微笑んだ。覚悟を決めた顔だった。
「俺は、姫と一緒にいられて、幸せだった。これ以上の幸せは生きていたって、きっとない。だから、もう、いいや」
竜は、青い太刀を握りしめ、陽の背後に立った。
手が震える。傷が痛むからじゃない。
悔しさ。憎しみ。
姫を、あんなに、苦しめておいて――。
体中に、痛みと力が沸きあがる。牙が、下唇を割く。
青い刃が、赤い砂を散らした。風も、音も、月も、どこかへ消えた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!