戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年11月15日(日) 20:00
文字数:514

 切株の上に、見慣れた後ろ姿が座っていた。

「意外と遅かったな」

 陽は振り返って、満身創痍の竜を見た。まだ乾いていない涙の跡が、月光に照らされた。

「いいよ、俺を殺して」

 罠か、と構えたが、陽の両手にはまだ、黒い腕輪があった。

 陽はうつむいて、言葉を続けた。

「いろいろ考えたんだけど――たとえば、お前の体をもらうとか、姫がこれから付き合う男の皮をその都度奪っていくとか。そうすれば、姫の傍にいられるかなって。でも、姫はきっと、俺に気付いてくれると思うんだ。だけど、もう、俺のことを、前みたいに好きになってはくれない。俺は、俺自身を、姫に好きになってもらいたい。けど、でも、もう……無理なんだ」

 陽は下唇を噛んで、こみ上げる涙を飲んだ。

 ややあって、口元だけで、力なく微笑んだ。覚悟を決めた顔だった。

「俺は、姫と一緒にいられて、幸せだった。これ以上の幸せは生きていたって、きっとない。だから、もう、いいや」


 竜は、青い太刀を握りしめ、陽の背後に立った。

 手が震える。傷が痛むからじゃない。

 悔しさ。憎しみ。


 姫を、あんなに、苦しめておいて――。


 体中に、痛みと力が沸きあがる。牙が、下唇を割く。






 青い刃が、赤い砂を散らした。風も、音も、月も、どこかへ消えた。

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