戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年11月8日(日) 20:00
文字数:7,542

 生まれつき右手の中指に赤い石が埋め込まれていた光は、すぐに施設に入れられた。

 記憶も朧げなほど幼い頃は、日中は実の父母のもとで過ごし、夜だけ施設に帰るような生活だった。


 だが、小学校に入学してから、完全に施設の子になってしまった。


 こっそりと実家に行くと、母親が赤ん坊を世話しているのが見えた。弟が生まれたのだ。遠目から見ても、小さくて、やわらかそうで、可愛いと思った。

 学校帰りは実家に立ち寄って、こっそり窓から中を覗くのが日課になった。チャイムを押したら、追い返されて、二度と来られなくなってしまう気がして、できなかった。


 弟は、日に日に成長していった。寝転がって、手足を動かしているだけだった小さな生き物は、たどたどしく立ち上がって、ふらふらと歩けるようになった。ふわふわだった髪もしっかりと生えてきた。どろどろになって食べていたごはんは、スプーンやフォークを使って食べられるようになった。


 しかし、三年後。弟は実家から姿を消した。母親が顔面蒼白で涙を流している姿ばかりが目に入る。

 光はいてもたってもいられず、学校をさぼって、朝から実家の近くに潜み、様子を伺った。実母がタクシーに、「武蔵第一病院へ」と言うのが聞こえた。


 一時間半歩いて病院にたどり着くと、弟は入院していた。

 きれいだった黒髪はぼろぼろに抜け落ちて、頭部はまだらになっていた。ピンク色で、いつもよだれで潤っていた唇は、からからにひび割れていた。皮膚は全体的に青白く、腕には大きなトンボが刺さって、包帯でぐるぐる巻きになっていた。ひとりぼっちでぼんやり、手の中の人形を眺めていた。


 光は、思い切って病室に入り込んだ。大部屋で相室の子どもの兄弟が、興味本位で話しかけたふりをして、声をかけた。

「それ、何の人形?」

 虚ろな瞳が、光の顔を映した。

「ファイトマン……」


 はじめて聞く幼い声に、胸がきゅっとした。


 その人形は、赤い目の、トンボのような顔をしていた。頭の先が尖っている。体は赤や白、銀色で塗られている。全身スーツなのだろうか。

「好きなのか?」

「うん、すきだよ。ほのおのパンチだすの、かっこいい」

「へぇ」

「おにいちゃん、しらないの? テレビでやってるよ」

 災厄の鬼人を詰め込む無機質な施設は、食堂と、数人部屋と、トイレと、シャワーだけ。テレビなどの娯楽はなかった。

 光は、ベッドに転がっているもう二体の人形について聞いた。それらは、ぎざぎざの体をした化け物だった。ファイトマンの敵らしい。


 光は遊び方を心得て、人形遊びの相手をしに来るようになった。母親が来るのは、朝の十時から十五時。光は学校などお構いなしに、朝の九時から三十分ほどか、十六時から面会終了の一時間、弟の病室に顔を出した。毎日毎日足しげく、一時間半の道を往復した。


 弟は次第に心を開き、笑顔を見せるようになった。目をキラキラと輝かせ、ファイトマンを動かす弟を、光はとても愛おしく思っていた。


 だが、冬になるにしたがって、弟の体調は思わしくなくなっていった。ひゅうひゅうと息を立てて呼吸をしながら、乾いた唇で、絶望を漏らすことが多くなった。目の下には、青いくまができていた。

「ぼく……しんじゃうんだって……」

「そんなわけない! 病院にいるんだから、治るって!」

「でも、ママとパパ、いつもないてる……」

 光は、ファイトマンを弟の額にくっつけた。

「熱いハートに正義を燃やせ! ファイッ! トッ! マーンッ!」

 すっかり覚えてしまった、ファイトマンの決め台詞を言い放つ。

「明は、ファイトマンの諦めないところが好きなんだろ。そんならお前も、諦めちゃダメだ!」

 弟は、点滴に拘束されて、ぐるぐる巻きの腕をさすった。

「おにいちゃんは……ファイトマンに、にてるね」

「えぇ? 俺、こんな顔?」

 ショックを受けて人形と見つめ合う光がおかしくて、弟はかすかに笑った。



 その日から、鬼との戦いを始めた。

 右手中指の石が花を咲かせれば、なんでも願いが叶う。それならば、弟の治らない病気を、自分が治してやればいいのだ。

 十歳の頭でたどり着いた希望に縋り付き、光は、夜の街に繰り出した。

 この日まで、鬼と戦ったことなどなかった。施設が鬼に襲われた時も、シェルターに入って免れたり、強い年長者がなんとかしてくれたりしていた。

 光の力は、風を出すこと。吹き飛ばして、ちょっと隙をつくることしかできなかった。

 襲ってくる鬼を風で吹き飛ばし、電信柱に打ち付けて、台所から持ち出した果物包丁でとどめを刺す。はじめて鬼を刺してしまった時は、ぬめっとした肉感と、細胞がぶちぶちと切れる感じに背筋が凍り、罪悪感でいっぱいになった。

しかし、繰り返していくうちに、慣れてしまった。

 一筋縄ではいかない鬼とも、何度も戦った。体中が傷だらけになった。

 それでもなんとか生きながらえて、右手の石に砂を吸い込んだ。


 二年間戦い続けても、赤い蕾は、膨らみもしなかった。


 そんな時、弟が退院をした。薬の効果が出て、治り始めたのだという。

 実家に弟の姿を見に行くと、弟はピンク色の唇で、無邪気に母親に抱き着いていた。

 母親と父親は、笑顔で言葉を交わしていた。温かな夕日が、三人を橙で包み込んでいた。


 ――よかった。


 でも――胸が痛かった。昨晩深くえぐられた二の腕を握る。

 そして一人、窓に背を向けた。

 足早に、実家から離れていく。涙があふれて、こぼれて、止まらない。

 走って、走って、走って――どこかも分からない橋の下にたどり着いて。

 そこでようやく、声を上げて泣いた。


 弟が、治ってよかった。家族に、笑顔が戻ってよかった。

 それは、本当に思っている。

 思っているけど、でも――自分が戦ってきたのは、なんだったんだ?

 何のために、ぼろぼろになって、あんな思いをして、戦ってきたんだ?

 こんなに戦ったのに、あの橙色の中に、自分は入れない。


 弟を救って、あわよくば、家族にありがとうって言われて、迎えてもらって――。


 こっそり、そんな希望を持っていた自分に気付いて、呆れかえる。

 弟を、そのための道具みたいに考えていた自分にも気付いて、いやになる。


 自分のしてきたことは、何の意味もない。

 誰にも受け入れてもらえない。

 願いなんて、一つも叶わない。


 橋の下の影の中で、光は、泣き続けた。



 それから光は誰とも会いたくなくなって、施設にも帰らなくなった。

 路地裏の隅で一人、膝を抱える。

 何時間、いや、何日か経った頃だったろうか。鬼人の不良が取り囲んで、幼い新顔を覗き込んだ。

 奴らは、光を廃屋に連れて行き、光の皮膚に釘を刺して遊んだ。

 光は、怒りに任せて、風で廃屋を滅茶苦茶に壊した。

 その噂が広まると、鬼人や鬼に絡まれるようになった。

 傷つけられるたびに、傷つけるたびに、心が暗く、濁っていく。


 ――全てから拒絶されたい。全てを、拒絶したい。


 その一心で髪を染め、ずたずたの耳にピアスをつけた。近づいたら肌が切れてしまいそうな空気が助長され、光に近づく者は、次第にいなくなっていった。

 一人でいると、時々、絶望が胸でうずいた。


 ――こんな世界、なくなっちまえばいいのに。

 ――なんで俺、食いつないでんだろ。生きてねぇで、とっとと死んじまえばいいのに。


 黒い心が爆発するように、しばしば、鬼人の力が暴走した。ビルを一棟、壊してしまったこともあった。


 その直後だっただろうか。路地裏で壁にもたれかかって座っていると、中年の男が近づいてきた。しゃがんで、顔を覗き込んでくる。

 男は、珍しく不良ではなかった。かといって、警察という風合いでもなかった。ごく普通の、右手中指に赤い石がない、人間だ。十一月、冬に近づきつつある秋の日には似合わず、薄い長袖シャツに、半ズボン、サンダルといった姿だった。散歩をしに出てきたような気楽さが怪しかった。

「お前、いくつだ?」

 光は答えず、顔を背けた。

 男はまじまじと、光の頭のてっぺんから、ぼろぼろの靴の先までを眺めた。パッと目につく金髪やピアス、皮と骨だけの傷だらけな体、死人のような目、血や汗で汚れたままのよれた白いシャツ。何日体を洗っていないのか、異臭が漂っている。

 男は、顔をむんとした。

「俺は、怪しいもんじゃない。ここらでビルをぶっ壊した奴がいたって聞いたんで、どんな奴か見に来ただけだ。そしたら、こんな危ないところにお前みたいな子どもがいたんで、気になってな。家は? 施設か?」

「……るっせぇ」

「あ? なんてった?」

 男が聞き返した途端に、光の脳裏で、プチンと切れた音がした。

「うるっせぇ! 向こう行け、じじい!」

 額から一角が生え、牙が伸びる。振り上げた右手が、男に強烈な風を打ち付けた――はずだった。

 男は腕で風を受け、その風圧を使って体を上に移動させると、しなやかに跳んで、光の背後に立った。そして静かに、光の後頭部に何かを貼った。一角も牙も、右手の石の輝きも、しゅんとおさまった。

「てめぇ……何しやがった!」

「ちょいと封印させてもらった。竜巻で壊されたと聞いていたが、そうか……お前か」

 光は、睨んだ。獣のような目だった。


 男は、光の骨のような腕を掴むと、ぐいと引っ張って路地裏を出た。

 力の使えない光は、ただのガリガリの子どもになってしまった。


 抵抗も虚しく、民家の間にある小さな神社に引きずり込まれた。温かな電光がこぼれる社務所を、男が、がらりと開ける。橙色の明かりが迫ってきて、目の奥が痛くなった。

中年で小太りの、優しそうな女性がびっくりした顔で出迎える。十歳くらいの少年が、階段の上から、おびえた様子で、目だけで覗き込んでいた。

 困惑しているうちに、男は次々と二人に指示を出した。光は着替えとタオルを押し付けられ、洗面所に押し込まれた。少し考えて、そっと洗面所の扉を開けると、男が立っていて、ぴしゃりと扉を閉められた。風呂に入らないと、ここから出してもらえないらしい。

 渋々、体をお湯で流した。温かくて、心まで溶けていくようだった。体も心も冷えていたのだと気付いた。黒やら赤やら茶色やら、なんだかよく分からない色のお湯が、体をつたい、足元から流れて行った。


 十歳の子ども服は少し小さかったが、やせ細った体には、ちょうどいいくらいだった。


 居間に連れ込まれ、布団がくっついた卓に入らされた。中で火が燃えているのか、足が焼けてしまいそうだと思った。布団はなんだか、湿っているような、べたついているような気がした。知らない家のにおいがした。

 男は光の肩を掴んだまま、いろいろなことを尋ねた。名前とか、どこの施設だとか、どうしてあそこにいたのかとか、どんな生活をしていたのだとか……。

 光は膝を抱えて、布団に唇をくっつけ、卓の上のミカンを睨んでいた。

 居間の襖がおずおずと開いて、少年がおびえた目を覗かせた。

「お父さん……布団、敷けたけど……」

 男は、光の肩を力強く叩いた。骨の奥にずんと響いた。

「明日、もう一回聞く。とりあえず、今日はうちで寝ろ」

 少年に案内されるまま二階へ行くと、小さな和室に、布団が二つ敷いてあった。少年は、入り口側の布団を指差して、「こ……こっち、使っていいよ」と言うと、そそくさと窓側の布団に潜った。頭から白い布団を被って、小刻みに震えていた。光が怖いのだろう。

 光はやや悩んだ。今なら、出ていける。このまま眠ったら、明日の朝、警察に突き出されるかもしれない。施設に戻されるかもしれない。


 だが、布団の誘惑には勝てなかった。


 光は布団に潜ると、冷たくなった鼻を掛布団でこすった。数か月ぶりの布団はひんやりしていて、自分の体温を教えてくれるようだった。体中の痛みやだるさが吸い取られていく。何かの花のにおいと、畳のにおいがした。

「……名前、何ていうの?」

 背後から、小さな声が震えた。

「……光」

 なんとなく、苗字は言いたくなかった。

「僕は、|幸輝《こうき》」

 光は、こうき、と小さく繰り返した。

「光くんは、いくつ?」

「今年で十二」

「見えないね」

「あぁ?」

 威嚇すると、隣の白い布団は、さらに形を丸くした。

 二人は、口を閉ざした。外が森だからだろうか。耳慣れない、コロコロした虫の声が聞こえる。

 今まで吸ってきた汚いものを出すように、光は大きなため息をついた。

「…………光くんって、武蔵六小? 僕は五小なんだけど……」

 眠りに落ちそうになっていた時に、また話しかけてきた。繭の中に閉じこもっているくせに、度胸がある。ちぐはぐな奴だ。それでも、いつもの奴らのように毒気がなく、答えてもいいか、という気分になるから不思議だった。

「……行ってねぇ。学校の名前なんて、知らねぇ」

「この辺に住んでるの?」

「この辺ははじめて来た」

「どこに住んでるの?」

「……どこにも住んでねぇ」

「だから、うちにきたの?」

「知るかよ! てめぇの親父に無理やり連れてこられたんだよ。なんなんだ、あいつは……」

 振り返って吼えると、幸輝も繭から顔を出し、くるりと光の方を向いた。

「お父さんは、陰陽師だよ」


 光は、はっとした。

 ファイトマンで遊んでいた弟と、同じ目をしている。


 光が茫然としているので、陰陽師を知らないと思ったのか、幸輝はワクワクと説明した。

「お父さんは今、陰陽師の力で、鬼人と人間が一緒に生きられる世界をつくろうとしているんだ。本当は鬼も一緒に生きられればいいと思っているんだけど、それはどうしても難しいんだって」

 光の心に、ほんの蛍ほどの小さな希望が宿りかかった。

 しかし、すぐに心の闇に溶けてなくなった。

「そんな世界がつくれるんだったら、とっととつくっておけよ。おせぇよ」

 光は、繭になった。耳も、口も、働かせるのをやめた。



 幸輝に起こされるまま目を覚ます。連れられるまま居間に入ると、茶色い卓に、食事が並んでいた。暗い食堂でかじった干からびたパンでも、店から持ち出した冷めた飯でも、お盆の上に無造作に盛り付けられた給食でもない。どのお碗からも、湯気が立っていた。温かいにおいがした。あまりに理想的で、美しくて、自分が口に入れてはいけない気がした。

 幸輝は当たり前のように完食し、黒いランドセルを担いで、走り去っていった。

 三口だけごはんを食べて、箸を持ったまま固まってしまった光を、男はじっと見つめていた。

「幸輝から聞いた。お前、光、というらしいな」

 光は、箸を置いて、男を獣の目で睨んだ。

「善人面しやがって……。どうせこれから俺を、サツに突き出すんだろ」

「いや、突き出さん。知り合いの刑事に軽く話しとく」

「じゃあ、なんだって俺をここに連れてきた」

 男は、眉間にしわを寄せた。

「そんなもん、死にそうな子どもがいたら、助けるに決まっているだろう!」

 光は、奥歯を噛み、男の目の前に、右手の中指を突き出した。

「俺は、鬼人だ! 家族からも、施設からも、学校からも捨てられてんだ! 俺なんて、鬼人なんて、なんでそんな意味のねぇもんを助ける必要がある!」

 その瞬間、男が卓を掴み、光の方に投げた。食べ残したご飯も、味噌汁も、肉じゃがも、海藻サラダも、ごちゃまぜになって光に降りかかる。畳も布団も、滅茶苦茶になった。

 男は、ひっくりかえった光の胸ぐらを掴み、引っ張り上げた。

「意味がないだと? そんな命があるか! いいか。死んでいい命なんて、はじめから生まれてきていない。生まれてきたことも、生きていることも、意味があるんだ!」

「じゃあ……言ってみろよ! 俺なんかになんの意味があるんだ! 弟も助けられなくて、家族にも捨てられて……なんで俺は生きてるんだ!」

「知るか!」

 男は思い切り、光を放り投げた。残飯の海に尻もちをつく。

「生きている意味なんて、はじめは誰でも分からねぇんだ! お前の生きている意味はこれだって決められて、その通りに生きていけると思うか? 一生懸命に生きて、考えて、自分で見つけろ!」

「なんだよ、それ……」

 真っ黒な心に、白い液体が混ざって、ぐにゃぐにゃになっていく。ごちゃごちゃになって、光は頭を抱え、うずくまった。

 男が、そっと光の手を包んだ。はじめて、大人の男の手に触った。大きな手は、温かくてごつごつしていた。

 恐る恐る目を上げると、大きな顔の後ろから、やけにまぶしい電光が射していた。


「お前は、いい子だ」


 信じられない言葉に、目と鼻が、熱くなっていく。

 男は、優しく笑った。

「お前はたしかに、ビルを壊したり、喧嘩をしたりしてきたかもしれん。だが、それは何かに絶望したからだ。人間は、でっかい希望を持っていればいるほど、でっかい絶望に落とされる。お前は今、その絶望の中にいるだけだ。本当は、すばらしい希望を持って、それに挑戦できる奴なんだ。お前は、絶対、生きる意味を見つけられる。この世界に、必要な存在になる」

 男が、光を抱きしめた。

 誰かに抱きしめられたことははじめてで、どうしたらいいのか、分からなかった。

 熱いものが瞳からあふれる。


 シャワーより、布団より、食事より温かな、男の温もりを感じた。



 それから光は、影宮神社で暮らし始めた。

 四人で朝食を食べて、幸輝と学校に行って、なんとなく過ごして帰ってきて、幸輝や男の弟子たちと陰陽道や剣道の稽古をし、幸輝と風呂に入って、四人で夕食を食べて、テレビを観て談笑して、寝る。

 光の心は、半年と経たず、白く満ちた。

 鬼や神宮団が襲ってきたら、最前線に立って、影宮一家を守った。

「助かった、ありがとう」

 そんな言葉を、はじめてもらった。


 ――世界なんて、なくなってしまえばいい。

 

 そんな風に思っていたことが、嘘みたいだった。

 この人たちのいる、この世界を守りたい。いつのまにか、そう思うようになっていた。



 稽古の休憩中だっただろうか。光は、男―師匠に、師匠の生きる意味は何か、と聞いてみた。空の下側が橙に輝く、秋風が冷たい夕方だった。

「とりあえず、この世に生きるものたちが、自分らしく、幸せに生きられる世界をつくるためだと、俺は思っている。俺たちの世界は、それぞれの命が、生きる意味を果たし合ってできている。人間も、鬼人も、鬼も、動物も。だからこそ、互いを認め合い、手を取り合いながら、皆が平和に暮らせる世界をつくるために生きていきたいと、俺は思う。……まあ、とどのつまり、世界の平和のためってとこだ」

 夕日を浴びる師匠の横顔は、揺るぎない信念に満ちていた。弟の、幸輝の、キラキラした目がどんなふうに世界を映していたのか、光は、今、ようやく分かった気がした。


 ――正義のヒーローだ。かっこいい……!


 言葉にすると、単純で幼稚になってしまう。そんな感動だった。


 今は、この尊い人たちを守るために生きている自分だが、いつか、世界の平和を実現させることこそ自分の生きる意味だと、胸を張って言えるようになりたい。


 ぐんと伸ばした足の先に、気まぐれな赤とんぼが止まった。


 真っ赤な目をした、ファイトマンを思い出した。

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