戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

十二

公開日時: 2020年10月24日(土) 20:00
文字数:1,325

 昨晩同様、夕食を済ませ、二十時に旅館を出発した。湖に向かう木の根道の途中で、待ちくたびれた光と合流した。昨晩よりも少しだけ涼しく、虫の声ばかりがカラコロと聞こえた。

 湖に向かってゆっくり歩きながら、先導を歩く竜と、竜の手を支えにする姫を見て、光が不満そうに唇を尖らせた。

「あの野郎、いけ好かねぇ奴だと思ったが、まっすますいけ好かねぇ。戦い前に、美少女とイチャコラしやがって」

 雫は苦笑して、光にこっそり耳打ちした。

「あのお二人は、ご姉弟です。姫さんは、陽くんの恋人です」

「ギェッ!」

 素っ頓狂な声に驚き、樹のてっぺんから蝙蝠が飛び立った。

 竜がぎろりと振り返り、姫も心配そうにこちらを見つめた。

「わりぃわりぃ、ちょっとつまずいて」

 適当な言い訳をして、先導の二人の首をまっすぐ向かせると、男子三人のこそこそ話は再開した。

「失礼しました! ますます坊ちゃんの封印を解いて、顔を拝みたくなりましたぜ」

「いや、それは期待しないで。俺なんて学校で中の下って言われてるし……」

「ンだと? 影宮家の坊ちゃんを馬鹿にしやがって! どこのどいつだ! 俺がぶん殴ってやる!」

 光が吼えると、あたり一帯から蝙蝠の羽音が湧いた。姫が、「キャッ」と驚くのと同時に、竜がさっと抱き寄せる。そして、諸悪の根源をぎろりと睨んだ。光は、首を鳩のようにへこへこ動かして、「わりぃわりぃ……」と声を潜めた。

 姫と竜が、少し体を離して、見つめ合う。二人の輪郭が、月の中に浮かぶ。

 竜の冷たい目が、陽の黄金の目に、一瞬だけ触れた。

 また、このまま姫を連れて行かれてしまうような―奪われてしまうような気持ちになった。


 ――いやだ。


 もう、耐えられない。真っ黒な塊が、破裂した。


「待て、斎王!」

 前へ進もうとした姫が振り返り、足を止めた。それに合わせて、竜の足も止まる。

「お前、やっぱり、姫のこと、好きなんだろ! 姉弟としてじゃなく! そうじゃなきゃ、なんでそんな風に、姫を奪おうとするんだ! なんで……!」

 力いっぱいの醜い声が、闇に溶ける。

 姫は瞬きをして、「陽……」と小さくつぶやいた。

 竜は振り向きもせず、姫の手を引いた。

 雫と光が傍で何かを言うが、耳先を掠めるだけだった。悔しい気持ちばかりが体からあふれる。

 時折心配そうに振り返る姫を見ることができなくて、陽は、暗い足元の影に、目線を沈めた。



 湖にたどり着いた。昨夜観た景色なのに、神々しい輝きを放つ白い鳥居と、緑玉色の透明な水に心を吸い取られそうになる。

 竜は姫の手を離すと、二本の角を生やし、右手に太刀を握った。

「金髪。お前は陰陽術を使って姫の周りに盾を創れ。隙があったら蒼龍の体を捕らえるなりなんなりしてもいい。足手まといなことはするな」

「偉そうにしてんじゃねぇぞ、コラ。手伝ってやるんだから、これ終わったらジュース一本おごれよ、この野郎」

 雫は、陽を姫の腕に託し、羊のような角を出した。光も、額から一角を剥きだす。

 突如、水が天へと盛り上がった。白い鳥居の背後から、蒼龍が天高く立ち昇る。月の波紋が広がる空に、猛々しい咆哮が轟く。

 光は紙人形を四枚手にし、印を結んで、唱えた。

「式神、守壁しゅへき! 急急如律令!」

紙人形が人間の三倍ほどの大きさになり、花びらのドームのように、姫と陽を囲んだ。

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