それからは催眠を頼りに、いろいろなところを転々として生きてきたという。やがて、全戦無敗の鬼人が武蔵市にいるという噂を聞いた。その特徴から、彼が蒼龍刀を扱える人物だと想察し、武蔵市にやってきた。そして、武蔵六中に行き着いたのだという。
雫は苦しそうに顔をゆがめて、唇を閉じた。
「……ありがとうな、雫。話してくれて」
陽は、まっすぐに雫を見つめた。微笑みとも無表情とも取れぬ、やわらかな曲線を口元に描いて。
雫は、ふっと頬をゆるめた。
「長話になりました。そろそろ眠りましょう」
電気が消えた。真っ暗な部屋に、穏やかな寝息が流れた。
陽は、瞼を閉じて、これでよかったのかな、と考えていた。
雫に、返すべき言葉が分からなかった。
ありがとう、しか言えなかった。もっと何か、言えることがあったのではないか。
頭の中がぐるぐるして、むしゃくしゃする。
それでも、聞いて良かった。
何も分からなかったさっきより、雫が近くなったと思えた。これからは、どんなに倫理的に欠けている言動があっても、理解してやれる気がした。
そして、人の根深いところを知ることが、強いつながりを生むことになるのだと気付かされた。今まで何となく人と付き合ってきた陽には、はじめてのことだった。
姫のことさえ、自分は良く知らない。
自分と出会うまでの姫の人生、そして竜とのこと――。
聞かなければならない。聞けば、きっと今よりお互いを好きになれる。
それでも――やっぱり、できない。
竜が、姫の人生にどれほど深く存在しているのか。
それを確かめるのが、陽は、どうしても怖いのだった。
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