戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年10月22日(木) 20:00
文字数:652

 それからは催眠を頼りに、いろいろなところを転々として生きてきたという。やがて、全戦無敗の鬼人が武蔵市にいるという噂を聞いた。その特徴から、彼が蒼龍刀を扱える人物だと想察し、武蔵市にやってきた。そして、武蔵六中に行き着いたのだという。


 雫は苦しそうに顔をゆがめて、唇を閉じた。

「……ありがとうな、雫。話してくれて」

 陽は、まっすぐに雫を見つめた。微笑みとも無表情とも取れぬ、やわらかな曲線を口元に描いて。

 雫は、ふっと頬をゆるめた。

「長話になりました。そろそろ眠りましょう」

 電気が消えた。真っ暗な部屋に、穏やかな寝息が流れた。


 陽は、瞼を閉じて、これでよかったのかな、と考えていた。

 雫に、返すべき言葉が分からなかった。

 ありがとう、しか言えなかった。もっと何か、言えることがあったのではないか。

 頭の中がぐるぐるして、むしゃくしゃする。


 それでも、聞いて良かった。

 何も分からなかったさっきより、雫が近くなったと思えた。これからは、どんなに倫理的に欠けている言動があっても、理解してやれる気がした。

 そして、人の根深いところを知ることが、強いつながりを生むことになるのだと気付かされた。今まで何となく人と付き合ってきた陽には、はじめてのことだった。


 姫のことさえ、自分は良く知らない。

 自分と出会うまでの姫の人生、そして竜とのこと――。

 聞かなければならない。聞けば、きっと今よりお互いを好きになれる。


 それでも――やっぱり、できない。


 竜が、姫の人生にどれほど深く存在しているのか。

 それを確かめるのが、陽は、どうしても怖いのだった。

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