戦鬼伝

この願いを叶えるためなら、命も、世界も、かけてみせる――。
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2020年11月19日(木) 20:00
文字数:1,128

 二人は、新武蔵駅まで歩くと、時計を見た。十二時半を回っている。このまま帰ると、昼食が遅くなりそうだ。

「せっかくだから、どこかで食べていきましょうか。どこがいい?」

「姫の好きなところでいい」


 姫は少し考えて、近くのカフェに入った。


 晴れ晴れと明るい店内には、女性かカップル客ばかりである。

 竜は場違いな気がして、居心地が悪そうに、汗ばむ手でそわそわと太ももをこすった。

 姫はクスリと笑って、スマホを取り出し、竜の写真を撮った。

 姫はカルボナーラを、竜はピザを注文する。

 食事が来るまで二人は、うまく撮れた写真を見せ合ったり、夏休みの予定について話したり、花火大会や夏祭りの日程を調べたりした。

 食事が運ばれてくると、カルボナーラを巻きながら、姫が聞いた。

「テスト、どうだった?」

 テストのことは、よく覚えていなかった。

 気が付いたら、ぼんやりと玄関扉のガラスにもたれかかっていたのだ。



 ――そもそも、自分は、なぜ生きているのだろう。



 竜には、全ての記憶があった。

 隠形鬼たちとの戦い、メイゲツとの戦いで負った傷の痛み、絶望した姫の苦しみ、赤いシロツメクサ、真っ白な世界で交わした天女との会話――。


 右手の中指には、赤い石がなくなっている。街には、守護符が一枚もない。

 おそらく、鬼や鬼人といった存在が消えたのだろう。

 ここが、姫が幸せに生きられる世界であるなら、きっとそうだと疑わなかった。


 だが、分からない。自分は、なぜここにいるのか。なぜ、姫と向かい合って、居慣れないカフェで、ピザをほおばっているのか。


 もしかしたら、これは死んでしまった自分の、一抹の夢なのかもしれない。


 口の中で、トマトと、バジルと、チーズの味が混ざり合い、口の中がもちもちする。


 やっぱり、現実なのかもしれない。


 まあ、夢でも現実でも、どちらでもいい。姫が幸せでいられるならば。


 半分くらい食べたところで、姫が唇を拭いた。

「竜。あのね……」

 姫は、竜の手をじっと見つめて、言葉を止めた。左手の小指を、もじもじと触っている。

 食べたいのだろうか。

 一切れ差し出すと、姫は、「いらない」と首を横に振った。

「明日……なんだけど。一緒に、帰れないの」

「遊びに行くのか?」

「遊びに、っていうか……。先輩に、返事をしなきゃいけなくって……」

「返事?」

「先輩の、告白の……」

 姫が、きまり悪そうに、もぞもぞと言った。頬と耳の縁が、真っ赤に燃えている。


 よく分からないが、誰かに告白をされた、ということらしい。


 いろいろと、前との違いが見えてきた。


「……なんて、答えるんだ?」


 姫が、竜の目の奥をじっと見つめた。

「……なんて、答えると思う?」


 竜は、姫の瞳から目をそらした。

「姫が幸せなら、どっちでもいい」


 姫は、「そう」と言って、静かにフォークを握った。

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