二人は、新武蔵駅まで歩くと、時計を見た。十二時半を回っている。このまま帰ると、昼食が遅くなりそうだ。
「せっかくだから、どこかで食べていきましょうか。どこがいい?」
「姫の好きなところでいい」
姫は少し考えて、近くのカフェに入った。
晴れ晴れと明るい店内には、女性かカップル客ばかりである。
竜は場違いな気がして、居心地が悪そうに、汗ばむ手でそわそわと太ももをこすった。
姫はクスリと笑って、スマホを取り出し、竜の写真を撮った。
姫はカルボナーラを、竜はピザを注文する。
食事が来るまで二人は、うまく撮れた写真を見せ合ったり、夏休みの予定について話したり、花火大会や夏祭りの日程を調べたりした。
食事が運ばれてくると、カルボナーラを巻きながら、姫が聞いた。
「テスト、どうだった?」
テストのことは、よく覚えていなかった。
気が付いたら、ぼんやりと玄関扉のガラスにもたれかかっていたのだ。
――そもそも、自分は、なぜ生きているのだろう。
竜には、全ての記憶があった。
隠形鬼たちとの戦い、メイゲツとの戦いで負った傷の痛み、絶望した姫の苦しみ、赤いシロツメクサ、真っ白な世界で交わした天女との会話――。
右手の中指には、赤い石がなくなっている。街には、守護符が一枚もない。
おそらく、鬼や鬼人といった存在が消えたのだろう。
ここが、姫が幸せに生きられる世界であるなら、きっとそうだと疑わなかった。
だが、分からない。自分は、なぜここにいるのか。なぜ、姫と向かい合って、居慣れないカフェで、ピザをほおばっているのか。
もしかしたら、これは死んでしまった自分の、一抹の夢なのかもしれない。
口の中で、トマトと、バジルと、チーズの味が混ざり合い、口の中がもちもちする。
やっぱり、現実なのかもしれない。
まあ、夢でも現実でも、どちらでもいい。姫が幸せでいられるならば。
半分くらい食べたところで、姫が唇を拭いた。
「竜。あのね……」
姫は、竜の手をじっと見つめて、言葉を止めた。左手の小指を、もじもじと触っている。
食べたいのだろうか。
一切れ差し出すと、姫は、「いらない」と首を横に振った。
「明日……なんだけど。一緒に、帰れないの」
「遊びに行くのか?」
「遊びに、っていうか……。先輩に、返事をしなきゃいけなくって……」
「返事?」
「先輩の、告白の……」
姫が、きまり悪そうに、もぞもぞと言った。頬と耳の縁が、真っ赤に燃えている。
よく分からないが、誰かに告白をされた、ということらしい。
いろいろと、前との違いが見えてきた。
「……なんて、答えるんだ?」
姫が、竜の目の奥をじっと見つめた。
「……なんて、答えると思う?」
竜は、姫の瞳から目をそらした。
「姫が幸せなら、どっちでもいい」
姫は、「そう」と言って、静かにフォークを握った。
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