陽の足音が遠くなった頃、姫はその場にうずくまった。ばくんばくんと振動する。体中が心臓になってしまったかのように。心の中は、色とりどりの感情でぎゅうぎゅうで、めだかほどの小さな背徳感が泳いでいた。
熱い顔を両手で覆う。この熱を、この体を、この心をどうにかもとに戻さないと、とても家には入れない。どうやって親と言葉を交わしていいのか、分からなかった。
ため息をついたり、「あぁ」とか「うぅ」とか、小さく唸ってみたりするも、なかなか熱は引いてくれない。
「いつまでそうしているんだ」
背後からの声に、姫は全力で驚き、「キャッ」と悲鳴を上げて、やわらかな茂みに尻もちをついた。
振り返ると、斎王竜がしゃがんで、姫の顔を覗いていた。
大きく飛び跳ねた胸を押さえて、姫は、「いつからいたの?」と聞いた。体に汗がにじんでいく。
「まあ、さっき」
「見てたの?」
竜の仏頂面の眉間に、少ししわが寄った。
「日が落ちてきた。鬼が来る。帰るぞ」
竜は姫の鞄を拾い、わずかについた砂を払った。そのまま持ち手を肩にかけ、姫の手を取り、一緒に立ち上がる。
姫の背丈は、竜の肩より低い。必死に見上げると、長い髪がはらりと流れ、紅潮した耳たぶが淡い夕日に照らされた。
「お母さんに、言わないで……」
「……何を?」
姫は確かめるように、竜の黒い目の奥をじっと覗き込んだ。
ヒグラシの音が、やけにうるさく聞こえる。
「……帰るぞ」
姫の右手をやさしく引いて、竜は、帰路に足を向けた。
「おばさんに、おすそわけのポテトサラダ美味しかったですって、言っておいてくれ」
玄関前で鞄を受け取り、姫は小さく、「ありがとう」と言った。
「これから行くの? 鬼退治……」
「いや、コンビニ行くとこ。鬼退治は、飯食った後」
「そう。……ね、指、見せて」
竜の右手の中指の爪には、澄んだ赤色の石がきらめいていた。鬼人の証である。しばらく見つめていると、平坦な石から、細い蕾が萌えた。鬼を倒し、その魂を吸い取って、この蕾が花開けば、竜の願いは叶うのだ。
「きれい。竜はどんなことを願うの?」
「姫なら、どうする?」
「……もう。いつもそうやってはぐらかす……」
唇を尖らせ、むくれてみせる。
少し話をしていただけなのに、不思議と心が落ち着いてきた。
ふう、と小さく息を吐いて、玄関のドアノブに白い指をかける。
「じゃあ、鬼退治、気を付けてね。怪我しないで。鞄とか、ここまで送ってくれたりとか、ありがとう」
竜は、「ん」と言った。
姫はふわりと微笑むと、扉を開き、いつもの声で、「ただいま」と入って行った。
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