相馬軍の援軍が金山城の目と鼻の先まで迫っていた。
ワンチャン、こんな小城を無視して丸森城に進軍するかもと期待したけど、残念、奴等の足先はこの城に向いている。城門横の櫓から相馬兵を覗き見る俺と政宗様、そして、土塁には弓や石を持った伊達の精鋭達が隠れ潜む──準備は整った、号令一つでいつでも戦闘可能だ。
「本当に大丈夫か……? あんな作戦、失敗したら俺達までただじゃ済まないだろ……?」
「なんじゃ? 怖じ気付いたか藤五郎?? 奴等はまだ我らの存在に気付いていない、敵の不意を突いて一気に仕留める。孫子曰く、兵は『奇行』なりだ!」
「兵は『詭道』なり、だ。自分が錯乱してどうすんだよ」
不安だ……政宗様が立てた作戦もだけど、コイツが何をしでかすか不安でしょうがない。どうか今回だけは無茶な行動は慎んでくれよぉ、政宗様ぁ。
「頃合いはよし、じゃな」
「了解、んじゃあ隠れてる兵士達に指示を──て、おいっ!!」
相馬軍が門前に到着した瞬間を見計らってか、政宗様が櫓の上からその姿を全てさらけ出すや、大声で一言。
「良く来たな相馬共! この小城は伊達輝宗が嫡子・伊達 藤次郎 政宗が落としてやったぞ!! 悔しかったら取り返してみるが良い!!!」
あーもう本当にお馬鹿っ! わざわざ名乗り上げたら潜んでた意味が無くなるだろ!! ほらみろ敵さんも「なんだあれ……?」みたいな顔してるじゃん、こっちが恥ずかしくなるわ。
「頃はよし! 者共! 餞別代わりに矢弾の雨を降らせいっ!!」
「「「応ッ!!!」」」
政宗様の号令の元、それまで隠れていた味方が一斉に城壁に躍り出て矢を放った。突然の出来事でポカンとする相馬軍に容赦ない矢石が降り注ぐ。
「「「うわぁ! て、敵だぁ!! 伊達が現れたぞぉ!」」」
唐突な不意打ち、数で勝る相馬軍が伊達の一斉射をもろに受けてバタバタと倒れている。
「どうじゃどうじゃ! 参ったか! ワッハッハッ!!」
敵が慌てふためく様に大喜びな政宗様。
喜びのあまり日の丸印の扇を取り出してよくわからん踊りまで披露する始末だ。
「ほれほれ! 我を射てみよ相馬共──うぁっ!」
「危ないから隠れてろッ! お前が死んだら俺達の負け──どころか、天下すら夢のまた夢なんだからなっ!!」
悪目立ちする政宗様を強引に抑えつける。
まだ敵の反撃はないが何が起こるかわからないのが戦場、全身黒一色のただでさえ目立つ甲冑してんだから余計狙われるってのによぉ!
「と、ととととと藤五郎……っ!? 何処を触っ! は、はははは離せ……っ!!」
「ダメだっ 離したらまた敵の前に出るつもりだろ、もうお前は隠れてろって──」
「違……っ! む、むむむむ胸を揉んでおる……からっ! それ以上はダメだ……ッ」
「え、む、むね……?」
気がつけば、確かに俺は政宗様の脇間から胴当てをすり抜けて、小袖越しにたわわに実った中身を思いっきりわし掴んでいた。あぁなるほど。どうりで掌の感触が冷たい鉄板じゃなくて暖かくて握りやすい柔肌な訳だ、うん……合点がいったぜ。
「す、すまんっ! わ、ワザとじゃないんだっ!! ワザとじゃ!!」
「あ、う……うむ……」
やべぇ……咄嗟なこととはいえ主君に、しかも戦場で手を出しちまった……言い逃れ出来ないレベルでガッチリと揉んじまったぞ。現代なら間違いなく現行犯逮捕、社会的に死んだも同然な行為。事ここに至ってはやむを得ない、政宗様の差配を甘んじて受け入れよう。
「そ、その、政宗様」
「う、うむ……つ、次は、き、気をつける……のだぞ……ッ!」
「あ、ハイ……」
矢音渦巻く戦場で顔面真っ赤で俯く主従。
な、なんか微妙な空気になったが許されたようだぜ! はぁ……初陣で何やってんだろ……俺。
「「「城から離れろッ! 矢の届かない場所まで後退じゃ!!」」」
俺がイロイロとやらかしてる間に相馬軍は兵をまとめ、矢が届かない場所まで距離を取った。兵を収拾させてから改めて攻め込むつもりだろう。早々に陣形を整え、こちらの様子を窺っている。
「よ、よし! 最先は良いな!! つ、次じゃ! 次っ!」
「あ、おいっ! 待てって!!」
政宗様のテンションは最高潮、そのまま櫓を飛び降りて次の作戦に取りかかる──のだが。
「──ぐえっ……!」
「ま、政宗様っ!? 大丈夫か!!」
着地の仕方がまずかったか、政宗様はその場で盛大にすっころんだ。
「ぐぉおおおお………あ、足がぁぁぁ…………っ!」と片脚を抱えながらクルクル転げ回る独眼龍。これは……もしや……。
「あ、足を捻ったぁ……! う、動けぬぅ……!!」
「ほんと何やってんだよっ!! 政宗様っ!!」
どうやら足は折れてないっぽいが、結構腫れてるから戦うのは勿論、スムーズに歩くのも無理そうである。ほんと、俺の予想だにしない状況を作る能力が神懸かってるわ。この娘。
「た、頼む藤五郎……わ、我の代わりに策の続きを指揮してく……れぇ……」
「政宗様ぁあああああーーーッ!!!」
開戦早々、政宗様無念のリタイア。
僅か一分足らずで俺達の総大将が負傷離脱しちまった。あぁ、どうしてくれようかこの状況。
「成実殿っ! 相馬軍がこちらに近づいてます!!」
「クッソ……やるしかないのか……っ!」
政宗様が怪我した今、俺がなんとかしなくちゃだ。はぁ、初陣だからもっと余裕を持って挑みたかったのに、どうしてこうなるんだか。
「────ふぅ、やるぞ」
俺は覚悟を決めた。
これから先、政宗様に付き従ってるならこんな場面に何度も出くわすだろう。政宗様に天下を取らせるってんならこの程度の困難、容易く突破しないとだ。
「伊達 藤五郎 成実──いざ、参る」
無駄に格好付けて気合いを入れ、初めて実戦で使う得物の柄を強く握りしめた。
「おい……なんか城にいる敵、妙じゃねぇか?」
「う、うむ、矢の数が思ったより少ない気が……」
「もしや、敵は少数なんじゃ……?」
徐々に落ち着きを取り戻した相馬軍は城から放たれている矢の少なさから「城に籠もる伊達軍の数が少ないのでは?」と感づき始めた。それもその筈、弓を射ってる兵士は僅かに四十人ほど、籠もってる兵士は多く見積もっても百人足らずなんだから。
「「「おい! 敵は我らより少ないぞ!! 一気にたたんでしまえ!!!」」」
「ちッ……気付かれたか……」
城内から見ても分かるくらい敵が勢いづき、こちらの数が少ないと知っちゃた今では矢弾もなんの威嚇にもならず、猛然と突き進んでくる。となれば、もう弓の出番はもうおしまいだ。
「来るぞ! 各自さっき言った作戦通りに持ち場につけ!! 政宗様は早くこの城から脱出してくださいよ」
「う、うむ! 『仕上げ』を済ませたら城を出るぞ!」
「出来れば今すぐ城から離れて欲しいんだけど……」
足を怪我したっぽいが馬には乗れるはず、後は政宗様を従者に任せて来る戦闘に集中することにした。肝心の政宗様は早くも離脱しちまったが、政宗様の考えた作戦に支障はない。むしろ、俺的には居なくなってくれて良かったとすら思える。
「皆、覚悟は良いな?」
伊達の精鋭さん達も押し寄せる敵に恐怖する者はいない。相手は軽く自分らの数十倍の兵力だってのに、皆さん大手柄を取るべく気炎万丈、やる気十分って感じだ。ホント、この時代の男達は逞しすぎるぜ。
「「「大槌を持て、門を突き破るぞ!!」」」
一方敵さんは門の前に到着、どっから取り出したのか特大ハンマーで門をぶっ壊すおつもりだ。
「敵が門を三回叩いたら次の作戦開始、気張って行くぞ!」
「「「応ッッ!!!」」」
初の戦場、初の実戦、初の殺し合い──武士教育の一環で人を殺害する経験は何度かあった。初めて人を殺した時は一週間は飯も通らず、ろくに眠れなかったっけ。でもその経験があったおかげか落ち着いてるし、むしろ、全身から闘志が溢れ出そうだ。
「──今っ! 門を開け!!」
三度目のノックを合図に、それまで固く閉ざされていた城門が解き放たれた。当然、敵が「我先に!」と城内に入り込む、が。
「「「一番槍は貰ったぁあああ! 次じゃ次っ!!」」」
「「「兜頚は何処ぞ!? 兜頚っ!!」」」
「「「相馬の弱兵など皆殺しじゃああ!!」」」
城の中で待ち受けたるは、手柄に飢えた伊達の精鋭部隊である。人数は少ないが、伊達の嫡子を護るべく集められた選りすぐりのエリート達、戦に連れてこられた農兵とは練度も士気も段違いだ。
「つ、強い……! こ、コイツら何者──ぐぎゃあっ!!」
「伊達の精鋭達だよ──っと」
思わぬ反撃に怯んでいた敵の一人を、俺は文字通り一閃のもと叩っ切る。
政宗様の為に武芸を積んだ四年間、伊達一族の名を駆使して武芸の達人、名人に教えを請い、剣術や槍術、弓術や砲術、果てには棒術に至るまで有りと有らゆる武芸を学んで辿り着いた俺の得物、それが──
「うーむ、やっぱ良いなぁこの『大薙刀』、初陣前に作らせておいて正解だわ」
自分の背丈より長い柄に、広く反りの大きい巴型刀身が日を弾く。手を腰に添えた仁王立ちがとっても似合う大薙刀が俺のメインウェポンだ。
「やっぱ──っり!」
「ぐあっ……!」
「この切れ味──っが!」
「んぎぃいっ……!」
「堪らん──っな!!」
「ひがぇえ……っ!」
並み居る相馬兵を舞うが如く、バッタバッタと薙ぎ倒していく感覚は不謹慎だが心地が良い。
一薙ぎごとに相手をスパッと両断できる名刀並みの切れ味。
槍と同等の長さ故に広い間合いを対処できる使い勝手の良さ。
相手が刀だろうが槍だろうが、力の限りぶん回せば大抵の敵を武器ごと屠れる万能性。
突くも良し、斬るも良し、叩くも良し。
状況に応じて様々な攻撃を繰り出せる応用力の高さが魅力の武器種、それが大薙刀だ。
一説には馬上打ち物戦が主流だった南北朝時代において、薙刀は最強の武器だったという説もある。
ただ、間合いが独特だし乱戦だと近くの味方も誤って斬ることもあるから、集団戦が定着した戦国時代に廃れちゃったのも仕方ないとは思う。
「だいぶ先頭の奴等は片付いたが、残りはどうだ?」
周囲を見渡すと立っているのは伊達兵のみ、敵は全て地に伏している。門付近で堰き止めるように城内に侵入した相馬軍の先陣は瞬く間に一掃したようだ。
「「おのれ小癪なっ! もう構わん、全兵で攻め落とせっ!!」」
敵を多く城に入れないように門付近で戦ってたせいもあるが、相馬軍は俺達を少数だと侮り兵を出し惜しみしたらしい。今度は先陣の壊滅に慌てて全兵力を向けてきた。あの数相手だと、流石に精鋭だろうが保たなそうだ。
「成実様、仕掛けが整いました! 今すぐお逃げくだされ!」
一息ついたところで『最後の準備』が整ったと報告が入る。ちょうど先陣を蹴散らして、新手が迫る絶妙なタイミング。これ以上の戦闘は犠牲が増えるばかりなので、さっさとトンズラするに限る。
「そろそろ引き際かな……早いこと逃げねぇと」
「良いぞ~藤五郎! もっと敵を討ち取るのじゃあっ!」
「おうっ だけどもう脱出しないと…………ってまだ居たのかっ!? 政宗様!!」
「む、なんじゃ藤五郎? まるで我がこの場にいて悪いかのような口ぶりではないか??」
「当たり前だろっ! さっさと城から脱出しろってさっき言ったじゃ──」
「「「居たぞ! 輝宗が嫡子と名乗った武者じゃ! 嫡子が真なら大手柄、何としても仕留めろっっ」」」
「む……? 新手が我を見つけたようじゃな」
「あぁもう!! 言わんこっちゃねぇ!!!」
俺は政宗様の元に駆けつけ、彼女を抱き抱えた。
「なっ!? お、降ろせっ! 何をする気だっ!」
「もう仕掛けは済ませたんなら、さっさとズラかるしかないだろ!」
愛馬に政宗様を荷物のように載せて、俺もまた素早く跨がる。そして、未だ城内に残る伊達兵に最後の命令を下した。
「今すぐ反対の門から城を抜けるぞ!! 遅れたヤツは見捨てる!!」
「なっ、遅れたヤツは見捨てる、だとっ!? くっ……なんと我が胸に響く言葉じゃ、我もその台詞を言いたかった……! 藤五郎に先を越されてしもうた!!」
こんな言葉を吐く状況にならないよう心掛けてくれ……頼むから。
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