おやめくださいっ! 政宗様っっ!!

のららな
のららな

独眼龍の秘策

公開日時: 2020年9月7日(月) 08:03
更新日時: 2021年7月14日(水) 17:29
文字数:4,248




「「「あの者共を逃がすなっ!!!」」」



 迫る敵兵を横目に、俺は政宗様に言う。



「行くぞ政宗様、振り落とされないでくれよ!」

「うむ、しっかり逃げ切るのじゃぞ藤五郎! と、その前に……」



 味方を脱出口まで誘導しながら馬を駆る。俺の前で揺られながら、火縄で燻ってる火を松明に移して不敵な笑みを溢す政宗様。そんな俺達を追い散らすように、ほぼ全軍で金山城に押し入る相馬軍。


 傍目はためからは、せっかく攻め落とした金山城を相馬軍に再び奪われたように映るだろう。しかしこれこそが、政宗様が思い描いていた作戦通りの戦況である。



「む、伊達が尻尾を巻いて逃げおるぞ! このまま追撃じゃ!!」

「おい待て! なんか、妙にあっさり退却してねぇか?」

「てか、この臭いは……まさか」



 敵さんも俺達の行動を疑問に感じてくれたようで、その場で足を止めてくれた。既に金山城に残る伊達兵は俺達だけ、城内には不自然にばら撒かれた藁や木枝、そして、そこかしこから油の臭いが漂っている。



「城を出る、今だっ! 政宗様っっ!!」



 門を抜ける直前、合図に応じた政宗様が火の灯った松明を掲げた。



「のこのこ城に入るとは愚かなり相馬共! この城 諸共もろとも灰燼かいじんとなるが良いわっっ!!」



 政宗様は城を出るタイミングで松明を放り投げた。 

 その直後、俺の背中を焦がすような熱気が襲い、ワンテンポ遅れて相馬兵士達の悲痛な叫びが響き渡った。



「やったぞ藤五郎! 大成功じゃっ!!」



 政宗様の無邪気な歓声が上がり、ある程度離れたところで俺は馬脚を止めて城へ振り返った。



「すげぇ……想像以上に燃えてるな」



 さっきまで居た金山城は激しく燃え盛り、黒煙が金山城全体を包み込んでいる。敵さんも俺達を追うどころじゃなさそうだ。



「まさか、こんなに上手くいくとはな……」



 城を少数で落とした時同様に、俺は改めて政宗様の秘められた軍才に驚嘆していた。


 政宗様の作戦とは『迫る敵軍を金山城に招き入れ、お城ごと全て焼き尽くす』という実に単純明快なものだ。


 敵の不意を突いて矢石を放ったり敵を足止め、その間に城内の隅々に藁や油を蒔かせ火種を作り、相馬軍が城に突入したと同時に焼き払う。元々留まっても意味の無い小城。敵援軍の行動を封じてさらに敵拠点を物理的に潰すという、まさに一石二鳥の作戦である。



「独眼龍の初陣に相応しい派手な立ち回りだったぞ! これは後世にまで語り継がねばなるまいな!!」

「確かに、命令無視の勝手な行動って点を除けば素晴らしい初陣なんだけどな」

 


 後世の史書的には『伊達政宗は後方待機の部隊として初陣を果たしたが、突如として合戦に関係ない城を少数で攻め落とし、さらには占領どころか城そのものを焼却して撤退』って書かれるんだろうか? なんていうか、実に評価に困る初陣の戦果だな。

 


「んで、味方と見事に離ればなれになっちまったな。あらかじめめ城から出たら元の陣に帰るよう事前に伝えておいたから大丈夫だと思うけど……」

「み、皆夢中で逃げおったから、はぐれるのも無理もなかろう…………ハッハッハッ 主を置いて帰るとは、実に愉快じゃぁ……!」

「その割には結構涙目じゃないですかね、政宗様」

「な、ななな何を言うか! 我は決して皆と離ればなれになって寂しくもないし、心細くもない!」

「あーはいはい、俺はそこまで言ってないけどな。安心しろ、俺が側に居るからよ」

「そ、側に居てくれる……? む、むぅ……た、頼りにしておる……ぞ……」



 俺に涙を見せるのが恥ずかしいのか、俯いて涙を堪える政宗様。まったく、喜んだり悲しんだり忙しい独眼龍様だこと。


 今回の件で彼女に軍才があることは把握した。けど、まだ政宗様が天下を取れる器かどうか分からん……いやあって欲しいんだけど、如何せん行動や思考回路が読めないせいで今回はマグレだったんじゃと疑いたくなるんだ。



「まぁいいか、それより初陣で大暴れ出来て満足したか?」

「ふ、ふんっ! まだ暴れたりないがこのぐらいで勘弁してやろうと思う。急ぎ我等も陣に戻るぞ!」

「なら良かった。戦場で孤立するのは危険だから……な……」



 戦勝の喜び、そして安堵も束の間、火柱上がる金山城からこっちに砂塵が近付いてきていた。砂埃からして騎馬が十数騎、かなりの猛スピードで爆走中だ。



「おいおい……アレってもしかして……」

「相馬の騎馬武者……じゃな」



 聞いた話、相馬軍は『野馬追のまおい』という馬を馬で追い駆ける訓練が常日頃から行われてるらしく、伊達の軍馬よりも格段に速い馬がゴロゴロいるらしい。

 前世でもニュースとかで野馬追祭りの映像を見たことあるけど、確かに重そうな鎧を着た武者を乗せ、カメラも追い付かない程の猛スピードで疾走してた記憶がある。



「逃げろ藤五郎ッ! 奴等においつかれたらまずいぞッッ!!」

「あぁもうっ! せっかく一息付けたのによぉ!!」



 鞭を入れて急加速、俺達が居た陣地目指して、追っ手を振り切るべく猛然とスパートした。



「あやつ等……恐ろしく速いぞ! このままだと追い付かれるぞ! もっと追うのじゃ!!」

「分かってるってのっ」



 二人乗りの重量の差か、馬の能力の差か、必死で鞭を入れ馬を追ってるが徐々に差が詰まってきている。まだ味方の居る場所にはほど遠い。



(くそっ、逃げ切るには、これしかないか)



 土壇場で『政宗様が』追っ手から逃げ切れる方法を思いついた。もう、迷ってる暇は無さそうだ。



「しゃーないか…………政宗様」

「な、なんじゃ?」

「ちゃんと、生き残ってくださいよ」

「────なっ」



 政宗様に手綱を託し、俺は意を決して馬から飛び降りた。落下の衝撃で飛びかけた意識を根性で耐え抜き、俺は薙刀を支えに騎馬武者に対する。

 


「と、藤五郎っ」

「俺が出来る限り足止めするから、構わず行ってください」

「何を馬鹿なことを、我もお主と共に──」


「良いから行けっ!! 政宗っっ!!!」


 自分でも珍しく声を荒らげ、政宗様を乗せた愛馬の尻を柄で思いっきりぶっ叩いた。

 


「味方の所まで……政宗様を頼んだぞ」

「と、藤五郎……っ お主を置いてなど──我は──わたしは──」



 政宗様を乗せた愛馬は暴走のままに走り去っていった。相馬の追っ手は数十騎、一分も足止めすれば政宗様は逃げ切れるはずだ。たとえ、俺が死んでも政宗様が生き残ればそれで良い。



「初陣で主の楯になって討たれるか……」



 初陣で命を捨てるなんて、小十郎さんに「大馬鹿者の行為ですよ」って叱られるだろうな。それでも、政宗様を助けるために命を捨てるんだから大目に見て欲しい。



「たく、俺らしくないな……」



 そう、柄にもない己の行動を鼻で笑うと。



「まったくだ。我の為に命を捨てるなど、お主らしくもない真似をするな、バカ」


「……………なん……………だと………………?」



 愛馬と共に消えたはずの政宗様がすぐ俺の隣に現れた。コイツ、もしかして俺のように馬から飛び降りやがったのか? なんで、そんなこと……っ!



「何で戻ってきたっ!? 俺が命懸けで逃がしたのに、コレじゃあ──」

「何故戻って来たかじゃと? 愚問だな、藤五郎」



 いつもおちゃらけてる政宗様からは想像できないほど、鋭い眼差しで睨まれる。



「我の為に藤五郎が命を捨てるなど言語道断、先程ずっと側に居てくれると申したばかりだ。それなのに勝手に死のうとして、我の為を思うならお主はずっと我の側に居るのだ。でないと……」



 腫れている脚を庇ってか片脚立ち、落馬の際に擦りむいたであろう頬の傷に涙が流れた。



「我が……とても悲しむぞ……?」



 肩を震わせながら抑揚なく紡いだ彼女の言葉にハッとする。



『臣下の前に、若様の親友になって欲しい』



 この時代に来たあの日、左月の爺さんに言われた台詞。考えてみれば、この四年間で政宗様が俺以外の誰かと遊ぶところを見たことがないかも知れない。


 俺は(口調や態度はともかく)臣下として政宗様に仕えているつもりだった。けど、彼女にとって俺という存在は唯一歳の近い友達だったんじゃないか?


 その唯一の友達が自分のために死んでしまうって考えたら……。



「すまなかった、政宗様。俺はお前を一人にしそうだった」

「分かればよろしい。ならば共に闘うぞ、藤五郎っ!」



「にひひ」と政宗様にいつもの笑顔が戻る。

 状況は最悪、二人ともこの場で討たれるやもしれない。それでも政宗様を何が何でも守り抜き、二人で天下の頂ってやつを見てやるんだ。



「こいっ! 相馬の騎馬武者など恐るるに足らず!! 奥州の独眼龍がお主等の相手になってや──」



 俺と政宗様、二人同時に追っ手のいる方向に刃を構えた──のだけど。



「「……………あれ?」」



 さっきまで俺達を追い掛けてた騎馬武者が煙のように姿を消していた。あまりにも唐突に消えたから俺も政宗様も首をかしげる。



「敵は、一体どこに??」

「もしや、我等に恐れをなして逃げ出したのではあるまいな!」



「いいえ不正解。私達の旗を見て退散したんですよ、政宗様、藤五郎殿」



 物腰柔らかそうな聞き覚えのある声、咄嗟に俺達は振り返った。



「こ、小十郎……か?」

「私達が『旗』を掲げねば危なかったでしょう。政宗様も無事のようですし、間に合って良かった」



 俺達の背後には、丸森城攻めに参加してた小十郎さんが教鞭と共に佇んでいた。

 その後ろには兵士が数十人、それと小十郎さんの旗印である『黒釣鐘』、そして伊達家の旗印である『堅三つ引両』が掲げられていた。

 なるほど、つまり相馬の騎馬武者はこの旗で伏兵がいると思い込んで退いたってことか。てことはつまり──



「はぁ〜助かったのじゃ〜……」

「まったく、マジで死ぬかと思った……」

 


 二人して安堵の溜息が漏れ出した。

 あのまま戦ってたら絶対に無事じゃすまなかったろう、九死に一生を得るとはまさにこのことだ。そんな俺達に小十郎さんがコホンと咳払いする。



「ところで、退路の確保を命じられていた筈のお二人が何故こんな敵領内に居るのですか? この小十郎が充分理解できる説明をしては頂けませんか??」

「あ、あぁ…………」

「これは……相馬軍よりもヤバイ人と遭遇しちまったな」



 命拾いしたって言ったけど前言撤回。

 俺達の危機的状況は未だ変わらない、むしろさっきよりも絶望的かもしれん。



「早く教えて頂けませんか? 小十郎めは二人の弁明にとても興味がありますよ」



 教鞭の叩くリズムが強く速くなる。もう小十郎さんから滲み出るドス黒い威圧感のせいで軽く失神しそうである。



「…………と、藤五郎よ」

「…………おう」

「…………また、来世で落ち合おうぞ」

「…………だな」



 これから起こる悪夢のせいで今夜は眠れない夜になる。俺達の初陣は一生忘れられないものになりそうだ。



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