相馬軍の戦は相変わらずの猪突猛進。総大将の相馬義胤が後続を従えて、鉄軍配の振るうがままに伊達を屠っていた。
だが、この戦術の弱点は義胤が歩みを止めれば相馬軍全体が止まることにある。この弱点を熟知している左月爺さんは義胤と兵士達の間に横やりを入れさせ、ジワジワと進撃速度を削ぐ作戦に出る。
自身の身動きが止まれば軍が壊死することは義胤も十二分に承知している。ある程度勢いを止められたら即座に後方に下がって次の突撃場所を探す──冥加山の戦いが始まってより、両軍ともに攻め手を欠いたまま既に三時間近くが経過していた。
「よっし、こっちの勢いは削いだな、次はあっちに行くぞっ!」
俺はというと、鬼庭隊の苦戦している箇所にすぐさま駆けつけ、ある程度味方が立て直したら別の場所の援軍に向かうという『軍』というより『傭兵』に近いプレイスタイルで縦横無尽に駆けていた。
「と、藤五郎様ぁ~! もうずっと動きっぱなしですぞぉ、少しは休みましょうぞぉ……!」
「敵の攻勢もだいぶ弱まってきた、あと少しの辛抱だから丹波も頑張れって」
「せ、せめて離れた場所から射かけたいのですが……実元様とは違った意味で人使いの荒い御方だぁ……!」
俺は怨嗟に充ちた戦場を端から端まで一瞥した。
孫子によれば戦いにはピークというものがあるらしい、曰く『朝の気は鋭、昼の気は惰、暮れの気は帰なり』。開戦当初は兵士達の気力は満ち溢れているが、昼を過ぎればだらけはじめ、暮れになれば気力は尽きる、というものだ。
今の丹波のように三時間も戦い続けているせいか両軍とも疲労の色が見え始め、当初の死闘もだいぶ収まってきた。
というか、もう昼飯時とあってどちらも一度戦闘を切り上げている。
「前線はだいぶ安定してきたかな……そういや伊庭野さんの方はどうなって──」
「クソ小童にしては良き一撃じゃァ! これは受け止めれるかァッッ!! ガッハッハッ!!!」
「なんのなんのクソ爺ッ! 歳の割に重い一撃だが、俺ならもっと重いモノを叩き込めるぞッッ!! カッカッカッ!!!」
「…………大丈夫そうだな」
伊庭野爺と敵? の大音声がここまで届いた。敵味方が協力して囲いを作り、その中で伊庭野さんは誰かと一騎打ちをしているようだ。
向こうの兵士達は歓声やら響めきやら悲鳴やらを上げて伊庭野爺等の戦いを観戦している。
ある意味、この戦場で最も激しく、最も平和な場所なのかもしれない。
「一通り見たけど、危うそうな所は無いか」
「そうでございましょう! 然らば少しばかり休息をば!」
「そうだな……一旦状況確認の為に左月爺さんところに行くかな」
一通り見渡したが危うそうな備えは見当たらない。
もうそろそろ昼時の丁度いい時間帯だし、休めるときに休むんでおかないとイザと言うときに力を発揮出来ないからな。
「左月爺さんの陣前に行くぞ、しばらく休息をとる」
「ハイハイ畏まりましたぞぉ!! 早く鬼庭様の陣に向かいましょうぞ!!」
急に元気になりやがってこのツルッ禿め。
休憩終わったら腕が壊れるくらい弓撃たせてやるから覚悟しとけよ。
~~~鬼庭隊の陣にて~~~
「ん、おぉ! とうごろぉか……!(ゴクッ)ふぅ、良く来たな」
丹波ほか兵士達に陣外に待機させ、俺は一人、左月爺さんの陣所に赴いた。
左月爺さんは今朝と変わらず床几に腰掛けたまま、握り飯を白髭に囲われた口の中に押し込む。
「お主等のおかげで序盤を持ち直せた、良き武働きじゃったぞ」
「左月斎さんも、かなり暴れたみたいッスね……」
ついさっきまで自ら槍を振るって猛戦していたらしい。元は白地の陣羽織の所々に赤玉模様が染みつき、頭巾の先まで血泥で汚れていた。
「現在の戦況、どんな感じですかね」
「義胤めの最初の一撃はヒヤリとしたが、それ以外はなんてことない。むしろ、普段よりも勢いが無い。長い対陣で厭戦が広がっておるのだろう」
左月爺さんが鼻で嘲った。
序盤に鬼庭隊の先陣を突破した場面にて、本来の突破力ならそのまま政宗様のいる本陣に突き抜けられたはずだ。しかし、結果的に相馬軍はそれ以上前に進まず、一度軍を引いて再度突撃を敢行した。
この行動から左月爺さんは相馬軍に戦をする気力が残っておらず、状況打破の苦し紛れに合戦に及んだのだと結論付けて指揮を振るったそうだ。
現に、その采配により今に至るまで相馬軍を完璧に封じ込めていた。
「奴等は八方塞がりであろう。日暮れまでこの調子まで持ち堪え、折を見て逆撃に転じよう」
「了解しました、それじゃあ──」
「ほ、報告致します」
すると、戦場周囲に放っていた物見が陣に駆け込んできた。鉢巻きの色は濃い緑、冥加山の西側を偵察していた者である。
「冥加山の西側から南に向かう、敵とも味方とも知れない五十騎ほどの一団を見掛けました!」
「西側に五十騎だと? 一体何者じゃ」
左月爺さんご髭をなぞり怪訝な顔をする。
冥加山の西というと、この戦場とは真逆の方角。南ってことは金山城に向かっているのだろうか。
「見たことも無い旗印ゆえ分かりませぬ……一応、兵を差し向けましょうか??」
「ふむ、目標は金山城か……五十騎程度なら問題なかろう。だが念のため追撃に五十騎を差し向け、小十郎(金山城攻略の軍)に早馬を出せ」
「ハハッ!!」
左月爺さんの指示は妥当だろう。
相手も分からない小勢に構ってる暇はないし、戦場と全く関係の無い場所を進軍してるってことはただの陽動な可用性も高い。けれど。
(なんだ……なんか妙に胸騒ぎがする)
上手く言葉では言い表せないが、その軍勢が何か引っかかる。
たったの五十騎だが、この戦を左右する重大な役割を持っているような、そんな気がするのだ。
「おぉおおぉぃいッ!! 伊達軍の大将・輝宗の小倅はおるぅかッッ!?」
その時、聞き覚えのある独特な発音で政宗様を呼ぶ声が聞こえた。一瞬だけ場が静まり返ると、兵士達の吹き出すような嘲笑が流れる。
「また騒いでおるな、馬鹿者め」
「この声って、義胤ですか?」
「うむ、先程から若様を出せ出せぬかしおる、勝敗を大将同士の一騎打ちでケリをつけたいのだろう。まったく時代錯誤も甚(はなは)だしい限りじゃ」
呆れたように溜息をついた左月爺さんは、気怠げに朱色柄の槍を持って陣を出た。俺も彼に従い、騒ぎの元凶たる義胤の所に足を運ぶ。
「なんじゃ、また騒いでおるのか? 総大将たる者が見苦しいぞ」
両軍が睨み合う原の中。
自身の色に合わせた胸懸を着飾らせた木曽馬に跨がり、垂らすような槍構えの左月爺さん。対して「なんだお主か」といった感じで義胤は露骨に肩を竦めた。
昼飯時とあって、双方の兵士が弁当片手に見守る将同士の対談。
戦前や最中に武将達が自身の正当性や武勇を語って相手を罵り、味方の士気を高めるという古来から行われてきた合戦イベントのようなものだ。
「お前には用が無いぞ鬼庭の爺ぃが。さっさとお主の若君とやらをこの場に連れてこぉい」
「なんじゃ? ようやっと負けを認めて若様の前で頭を垂れる気になったか?」
「ぬかせぇい、一人しかおらぬ輝宗の嫡子をこの鉄軍配で潰してやると言ってるのぉだぞ?」
「ハッ、この時勢で一騎打ちなど片腹痛い。源平軍記でも読みすぎたか?」
二人による言い合いが激化するにつれて兵士達もヒートアップする。長いこと戦場に居たから分かるこの空気、彼等の論戦が終わればたちどころに戦が再開されるだろう。
「拙者は時々、あの手の言い争いの最中に敵将を射かけたいと思うことがあるのです」
「うぉっ!? いきなり耳元で喋るなよ丹波っ!!」
いつの間にか隣にいた丹波に思わ飛び退いた。
この禿頭は遠くに居ても異様に目立つ癖に、急に現れることがあるから困る。
「申し訳ござらん、拙者はあのようなやり取りがどうも苦手でしてな。つい射掛けてよいか尋ねたくなってしまうのです」
「苦手? なんで??」
むしろ戦闘が膠着するこのイベントは、サボり癖のある丹波にとって堂々とサボれるから好都合だと思うんだが。
「あの無防備な敵将を射貫きたいってのもありまするが、一番は長々と続けばその分戦をする時間が減りますからな。程よく手柄を立てられぬのですよ。それに──」
丹波は溜息交じりに呟いた。
「まるで時間稼ぎをしているようで、その隙に敵が後に回り込んでいないか心配になるのですよ」
「ハハ、そんなまさ………か………な」
丹波の一言で一つの憶測が落雷に打たれたかのように脳裏を過り、ある人物の姿が脳髄を走った。
さっきまでの胸騒ぎの正体、それは昨日出会ったあのおっさんの台詞だ。
『また近いうちに会うかもしれんからな、次に会ったら帰り道を教えてくれたお礼を返してやるぞ』
なんでこの台詞がこの場面で出てきたか自分でも分からない。だが、さっきから続いてる妙な胸騒ぎがあのオッサンにあるのだと直感した。
そしてあのオッサンは今、冥加山の西側に回り込んだ五十騎の中にいるとも。
その五十騎がまさに今『こちらの戦場に気を取られて無防備となった』政宗様の居る本陣を強襲するのだと、俺は何故かその結論に辿り着いた。
「あっ! 藤五郎様っ!? どちらに向かわれますか!」
「敵の狙いが読めた、丹波は休んでる仲間を本陣に連れてきてくれ、できる限り急ぎでなっ!!」
「敵の狙いでございますか!? か、畏まりまりましたぞ!!」
俺は陣前に立て掛けてあった大薙刀を走りながら掴み取る。
「もうよいっ! 相馬軍を蹴散らしてしまうのじゃ!」
「ふ、充分時間は稼げたぁわ……すわ! かかれぇ~い!!」
左月爺さんが命を下し、義胤が仰々しい声で号令した。
手薄の本陣を突かれたならば最悪な事態。
昼休憩の終わりを告げる号令と鬨の声を背に受けながら、俺は冥加山の坂道を放たれた矢の如く、一心不乱に駆けた。
先ほどまで雲一つ無かった伊具郡の天候も俺の心情に同期するように、今ではどんよりとした厚い雲に覆われている。
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