おやめくださいっ! 政宗様っっ!!

のららな
のららな

独眼龍との約束

公開日時: 2020年9月4日(金) 15:03
更新日時: 2021年6月13日(日) 23:55
文字数:4,352




「ちょまッ!? 何やってんだよ!!」

「──な、なに!? は、離して……ッ!!」

「離すかよ馬鹿ッ! 早まるんじゃない!!」



 俺は短刀片手に抵抗する少年を抑えに掛かった。

 そりゃあ短刀を自分の顔面に突き刺す勢いだったんだもの、全力で止めるに決まってんだろ!

 


「き、貴様は……何者……っ!?」

「お、俺は左月って爺さんに言われてここに来た──えぇと……た、確か『藤五郎』って名前だよ!」

「さ、左月に言われて? もしかして……貴様が大伯父おおおじ上の嫡男?」

「よく分からんが多分そうだよ! だから取り敢えず短刀を離せ!!」

「そう……あなたが藤五郎……なら、ちょうど良かった」



 なんとか少年から短刀を取り上げると、今度はグッと顔を寄せてきた。

 鼻まで覆う長い前髪の間から片目を覗かせ、少年はマジマジと俺の童顔を凝視する。



(あれ……コイツの眼……)



 毛先から覗かせる少年の右目は大きく見開き、瞳が白く濁っていた。キョロキョロと動く左目と対照的に微動だにしない右の瞳。彼の右眼はもう殆ど見えていないのだと即座に察した。



「や、やっぱり、私の瞳が気になる……?」

「あ、いや……その」



 片目とはいえ、盲目の人と接するのは死ぬ前も含めて初めての出来事だった。なんて声を掛けるべきか言葉に詰まる。


 そんな俺に少年が、消え入りそうな声量で囁いた。



「私の右眼は光を失っている……けど、これはまだ開眼してないだけから」

「……は? 開眼??」

「そう……この白く醜い瞳を裂けば、真の瞳が開眼して見えるようになると思って……」

「いやそんな訳が──」

「そ、そこで頼みがあるの……藤五郎、さん」



 俺の言葉を遮って一段と大きな声を上げたかと思えば。



「あなたの手で、私の眼を、開眼させてくれ……ください」



 妙にオドオドと、すがるように少年はトンデモないことをかしやがった。



「な!? 突然なに言い出すんだよ!!」

「……何度も自分でやろうとしたけど、自分で刺すのは怖い……だから、誰かにやって貰ったほうが良いかなって……は、はやく、お願いします」



 童顔を更に押し付けてくる。どうやら本気で右目を突いて欲しいようだ。



「いやいやいや! 斬ったところで悪化するだけだから! 眼球を傷付けるだけで見えるようにはならないって!」

「………………え、悪化する……の?」



 俺は極々当たり前の事を言っただけだ。

 なのに少年は唯一の希望を砕かれてしまったような面持ちで膝から崩れ落ちる。



「そんな……これしか方法は無いと思ってたのに……ど、どうすれば、良いの…………っ!」

「あ、いや! 急に泣くなって!!」



 よっぽどショックだったんだろう、俺という人目がありながら泣き出してしまった。


 この反応、本気で『目が見えるかもしれない』って思ってたって事だよな……その希望を砕かれたら、泣きたくなる気持ちもわかるけど……。



「自分を傷付けてまで開眼するぐらいなら、やらない方が良いんじゃないのか?」

「…………駄目……当主になるには家来を屈服させるだけの威厳が欠かせない……この見た目じゃ、誰も褒めてくれない……」



 これはだいぶ拗らせてるな……左月爺やら丹波が顔を曇らせてた理由がわかった気がする。このままじゃコイツ、また良からぬ手段で右目を治そうとしそうだし、俺が何とかした方がいいよなぁゼッタイ。



「片眼だと威厳がない……ね、ならこうしたらどうだ?」

「え……? な、なにを……!?」



 手頃なモノがなかったので自身が身に着けている着物の袖を短刀で裂いて、一枚の布きれにする。その布を少年の右眼を覆うように縛った。



「こ、これって……?」

「これでよし。片眼を布で覆っただけだが、歴戦の猛者みたいでカッコよくなったじゃん。これなら誰もお前に威厳が無いだなんて言わないさ」

「か、格好いい……? 本当に……?」

「あぁ、本当だ」



 ちょっと厨二っぽくなっちまったが、上に立つ男なんだからこれくらいあって良いだろう。それに何だか彼も嬉しそうだし、我ながら良案だな。



「そ、それじゃ、私も当主になれる……かな?」

「大丈夫、ちゃんと当主になれるさ」

「そっか……ならこのままで良い」



 髪のせいで表情をちゃんと読み取れないけど、多分笑ってるよな? もうあんな真似しないでくれと願うばかりだ。



「……ふふ、これで少しは信長公に近づけた……かな」

「信長公……? それってあの織田信長のことか?」

「の、信長公を知ってるの……っ!?」



 おぉう、今日一の食い付き。

 知ってるもなにも、戦国時代で一番有名なの武将といえば第六天魔王こと、織田信長だろう。


 数百年後の一般人でも名前くらい知ってる超有名人だ。



「その信長公に、お前は憧れてるのか?」


「う、うん! 尾張でうつけ者呼ばわりされてたのに、あの今川義元を桶狭間で討ち取ったり、たった一代で畿内を掌握、将軍様を都から追放して日ノ本を統一しようとする英傑、私も彼のようになりたいの!」


「お、おうそうだな」



 なんか、人が変わったように目を輝かせて饒舌になったな。

 でもまぁ、さっきまでの暗い眼より今のキラキラした眼の方が未来ある御曹司って感じだ。



「あぁ……信長公、いつか私も会ってみたいな」



 恋する乙女のような恍惚とした表情から、現状の核心に迫る一言が飛び出した。

 今「信長公に会ってみたい」って言ったよな?? てことはつまり──。



「もしかして、信長公って今もこの時代で生きてるのか??」

「何故もう死んでいるみたいな言い方? 最近よく父上が信長公に親書を送ってるんだから生きてるよ、たぶん……」

「だよなぁ! やっぱりそうだよなっ!!」



 あの信長が生きてる時代にいる──薄々感じてた事実に年甲斐も無くテンションが上がっちまった。


 やっぱりそうだ、俺は土砂崩れで死んで、どういう訳か信長が生きてる時代、つまり戦国時代で藤五郎って奴に生まれ変わっちまったんだ。


 なんだよそれ、漫画やゲームとかでタイムスリップする話はよく見るけど、まさか自分の身に起きるものなのかよ! やべぇ……色んな意味でチョーやべぇ。

 ……………ん、てことは信長公に親書を送ってるっていうコイツのお父様もかなり偉い人なんじゃね?



「あのさ、変なこと聞くようで悪いんだけど君のお父さんって名前はなんだっけ??」

「……ほ、本当に変なことだね。藤五郎さんも私と同じ一族だって聞いてたけど……?」

「いやまぁ、ちょいとばかし物忘れしちゃって……」

 


 動揺する俺と、訝しむ少年。


 まぁ仕方ない、自分の仕える主の名前を尋ねてるようなものだしな。しかも俺とこの少年は親戚同士っぽいし、名前も知らないとか怪しさマックスである。



「父上の名前は『いだて てるむね』だよ」

「いだて……? そ、そうか……」



 もしかして、この少年、もしくは父親は超有名戦国武将なのでは!? と期待したんだけど『いだて』なんて名字、某戦国シミュレーションゲームをやってた俺でも聞いたこと無いな……まぁ、生まれ変わった先で有名武将に会うなんて、そうそう上手くいく訳ないよな。



「んじゃ、君のことを『いだて様』って呼べば良いかな?」



 下がるテンションを誤魔化すように尋ねると、少年は右眼の眼帯に触れて微笑んだ。



「……? 普通に『まさむね』って呼び捨てにしてくれていいよ。この右眼の布をくれたお礼……だから」


「そっか、んじゃあ今度から『まさむね様』って呼ぶことにする。よろしく頼みますよ、いだて……まさむね……様……?」



『いだて まさむね』という彼の名前を脳内で繰り返し暗唱して、ふと、一つの可能性に気付いてしまった。この瞬間ピキーンと来ちゃいましたよ、えぇ。


 もしかして『いだて』の漢字って『伊達いだて』じゃないのか? と。


 もしかして名前の『まさむね』って漢字は『政宗まさむね』なんじゃないか? と。


 んでもって、二つ併せて『伊達いだて』『政宗まさむね』なんじゃないか? と──



えぇええええええええーーーっっっ!!!???


「……ど、どうしたの、いきなり……!?」



 ビックリしすぎて思わず腰を抜かしちまったよ。

 でも確かに俺の知ってる伊達政宗と同じくこの少年も隻眼だし、政宗のお父さんの名前も確か『輝宗てるむね』だった気がする。


 つまり、俺の目の前にいるのは幼き日の伊達政宗本人。


 後に独眼龍の異名を取る、戦国ファンどころか一般人にも名が知れ渡ってる超有名戦国武将じゃないか!!



「本当に、本当に君があの『伊達だて』政宗様なのか……?」

「『伊達いだて』政宗だって……そ、そんなに私の名前おかしい……?」

「いや、おかしくなんてないよ。むしろ滅茶滅茶めちゃくちゃカッコいい」

「め。めちゃくちゃって、そんなに格好いい……かな」 



 恥ずかしがる未来の英雄を前にして高鳴る動悸を抑えつつ、彼があの伊達政宗だと知った瞬間、俺はある決心を固めていた。



「そこでだ、政宗様っ!」

「────っえ!?」



 俺は独眼龍の両肩を掴んでマジマジと見つめる。


 左月爺さんは俺に「政宗公の臣下ではなく、友になって欲しい」と言ってくれた。つまり、俺はこれからこの若き独眼龍の右腕として仕えていくことになる。


 死ぬ間際まきわに思った『気高き武将のような人生を送りたい』という願い。それをまさか叶えてくれるだなんて、神様って奴は最高に神様してるぜ!



「政宗様、心して聞いてください」

「……えっ!? あ、な、なに……?」



 よく見たら女の子っぽい華奢な顔立ちだけど、眉毛もキリッとしてるし、信長の事を話していた時の眼はなんかこう大業を成し遂げてくれそうな眼力だった(気がする)。


 これが後世に名が残る英雄になるって考えると、色んな意味で興奮が止まらねぇぜ!!



「俺と一緒に天下を取りましょう、政宗様」

「て、天下……!?」

「そうです、天下取りです」



 伊達政宗といえば「生まれるのが十年早ければ天下を取れていた」って言われる程の名将だったはず。なら、現代人たる俺がここに来た理由は政宗様に天下を取らせること以外にないだろう。

 遥か未来で得てきた(一般人並みの)歴史知識を駆使すれば、彼の天下統一も夢じゃない──はずだっ!



「一緒に天下を取りましょう政宗様、俺がずっと側で支えますから!」

「天下を、取る……? 私が??」

「そうです、憧れの織田信長をも超える器が政宗様にはある。独眼龍どくがんりゅう・伊達政宗の力を天下に知らしめましょう!!」

「独眼龍……なんか、凄く良い響き」



 薄暗かった部屋に暖かな光が充ちる。

 いつの間にやら雪も止み、雲間から太陽が顔を覗かせただけなんだろうが、俺には伊達政宗の天下取りという壮大な旅の始まりを祝福してくれてるかのように思えた。



「…………わかった。天下取り、一緒に頑張ろう。藤五郎」

「あぁ! 必ずや成し遂げましょう、政宗様!!」



 若き日の独眼龍と出会い、武将として生きていくこと。


 この頃はまだ、政宗様が本気で天下が獲れるって信じていた。


 生まれ変わった俺の人生における転機は間違いなくこの日であり、そしてこの日から、俺の苦難の日々が始まったんだ。


プロローグを読んでくださり、本当にありがとうございます。

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