おやめくださいっ! 政宗様っっ!!

のららな
のららな

鬼と龍と……

公開日時: 2020年9月18日(金) 16:47
更新日時: 2020年10月16日(金) 22:54
文字数:3,731





「ハァ……ハァ……クソッ、まだ追いつけねぇのか……ッ!」



 冥加山と相馬軍がたむろする小斎砦方面、金山・丸森城方面とは真逆の丘陵地に政宗様が消えてから三十分が経過した。

 冥加山と小斎砦の間は二つ三つの尾根があるだけで殆どが平地。つまり、政宗様がその尾根群を越える前に捕獲しないとならない訳だが。



「見つからねぇ……なんでこんな逃げ足は速いんだよ」



 冥加山に連なった第一の尾根を越えた辺りでまだ政宗様の姿は捕捉できていない。馬に乗って、尾根を迂回するように全力で走ってきたから徒歩の政宗様を追い抜いたとは思うんだけど、もう先に進んでしまったのだろうか。こんな事なら兵士を引き連れて大捜索に乗り出すべきだったと軽く後悔する。 

  

 そもそも、総大将とそのお目付役が兵士置いて行方不明って何気に大事件だよな。せめて誰かに告げて来るんだったわ。



「政宗様~。いい加減出てきてくださいよ~」


 ススキが広がる原っぱを分け入って、政宗様の面影を探す。


 何度も言うがここは伊達軍と相馬軍が睨み合う最前線。

 大きな声で政宗様を呼んだら相馬軍に気取られてしまうから、出来る限り小さな声で呼び掛けながら馬を進めていた。まぁ、俺から逃げてる時点で呼び掛けに応じないとは思うけど……。



「…………む、もしやあの者、お主を探しておるのではないか?」

「おぉ藤五郎! お主も堪らず出陣したのじゃな? 初奴ういやつじゃなぁ」

「応じるんかいっっ!! てか、この人誰っ!?」



 次の尾根に差し掛かろうとしたとき、小川沿いの大石に腰掛ける政宗様がヒョイッと現れて手を振ってきた。彼女の隣にはこれまたガタイの良いナイスガイが体育座りしていた。



「この小川の水を飲んでたら隣でこのオジさんも水を飲んでおってな。落ち込んでおったから励ましておったところじゃ!」

「この短期間で見ず知らずの人を励ます仲になるってすげぇな、お前」


 

 流石に俺でも初対面のオッサンを励ましたことないわ。人見知りだった昔と比べてだいぶフレンドリーになったよな、政宗様。



「んで、この人は誰なんだ?」

「分からぬ、名前を教えてくれぬからな。あ、だが生まれ故郷は教えてくれたぞ、常陸ひたちの国の生まれだそうじゃ」



 ふと、政宗様の言うオジさんに目を移す。

 もう夏が過ぎたっていうのに片肌脱ぎの小袖姿の恵体オッサン。筋肉質なオッサンが黄昏れながら体育座りする絵面はなかなかにシュールである。常陸国って茨城辺りだったか、結構遠い所からきたんだなぁ、この人



「おじさんはここで何をしてるんだ? こんなんだけど一応戦場だからさ、ここに居たら危ないと思うぞ」


 

 服装からして農民やら百姓っぽいが、もしかしたら相馬方の兵士の可能性もある。

 体格だけならうちのマッチョ共成実隊の皆と比肩しうるボディー、兵士として従軍していても不思議じゃないが。



「……………れて……しまってな……」

「ん……?」



 オッサンが背中越しに何やらボソボソと囁いた。よく耳を澄まして聞いてみると。



みなはぐれてしまってな……帰り道がわからんのだ」

「そりゃまた……ご愁傷様です」



 見た目によらず消え入りそうな声量で項垂れる。こんな外見で迷子ってマジか、哀愁の漂い方が半端じゃ無いって。



「ハッハッハッ! こんな場所で迷子とは情けない大人じゃな! そうは思わぬか藤五郎よ!」

「や、喧しいっ! 慣れぬ土地故、勝手が分からなかっただけだ!! それに皆も探しておることだろうから、今晩にも帰れる……はずだ」



 シュンと縮こまるオッサンに配慮もなく大爆笑の政宗様。現在進行形で合戦中である伊達軍と相馬軍の最前線とは思えない、ここだけは和やかな空気に包まれていた。



「…………ところで、笑ってるところ悪いんだけどさ」

「ん? なんじゃ……? ぬぉお!?」

「俺、何も言わずに出てきたから皆心配してると思うんだ。だからさっさと帰るぞっっ!!」



 言うが速いか、俺は念のため持ち歩いてた麻縄と小十郎さんから教わった捕縄術ほじょうじゅつで政宗様を即座に縛り上げた。残念だったな政宗様、小十郎さん直伝の早縄からは逃れられる術は無い!

 


「わ、忘れておった、我は相馬の砦に向かう最中であったわ! おのれ不意を突いて我を縛るとは卑怯だぞっ!!」

「暴れても無駄だぞ~、藻掻もがけば藻掻く分だけ縄がキツく締まるようになってるからな。大人しく俺に補導されるんだな」

「む……確かに小十郎のより幾らか緩いな……我的にはもっとこうキツく縛られた方が好みなのだが……」

「おい無駄に暴れるのは止めろ、あと変な性癖持たなくて良いから」


 

 マズいな、折檻されすぎて政宗様がドMに目覚めようとしてやがる。前々から危惧してたが、そろそろちゃんと矯正してあげないと手遅れになる気がするわ。



「ん……? 相馬の砦だと? 待て、お主ら」



 と、政宗様を引きずりながら帰陣しようとした時、それまで体育座りでショウボリしていたオッサンがすくりと立ち上がった。



「今、お主等は相馬の砦に行くと言ったな」

「…………あぁ、そうだが」



 日が漂う雲に隠れて辺りが薄暗くなる。

 虚ろな目から一転して俺達を睨むその眼差しは、猛禽のように鋭く、彼の結膜が僅かな日光を含んで白く灯っているように見えた。



(この人、まさか相馬の人間か)



 背に緊張が走り、脇差しの柄を握りしめる。

 このただならぬ気配と威圧感、その辺の農民百姓が出せるオーラじゃない。俺はいつでも刀を抜ける準備を整え、彼の続く言葉を固唾を呑んで待った。


 

「なるほど、政宗と藤五郎か……合点がいったわ」



 ボソリと何かを呟いたかと思えば今度は肩を震わせ、オッサンは場に似合わぬ大声で陽気に笑いだした。

 雲が過ぎて太陽が再び顔を覗かせ、ジワリと暖かい風が戻ってくる。



「実はな、何を隠そう俺の帰る場所とは『小斎砦』と呼ばれる相馬の砦なんだ。いやぁ、場所を知ってる者と出逢えて助かったぞ!」

「か、帰る場所が相馬の砦って……てことはやっぱり、アンタは相馬の人間なのか?」

「まぁ当たらずとも遠からず、といったところだな。で、その小斎砦は何処にある?」

「えっと……それは……」

 


 小斎砦に行くってことは、コイツは敵の可能性が高い。素直に場所を教えるべきか否か悩んでいると。



「案内しろとまで言わぬ、場所を教えてくれるだけで良いんだ。頼む!  この通りだ」

「な、何がこの通りだよ……! は、離せって……! い、息が……ッ!!」



 ズカズカと歩み寄ってくるや、馴れ馴れしさ全開で首の後から腕を巻き付けてきやがった。

 結構鍛えてるはずの俺が必死で足掻いてるのに、コイツの腕がまったく剥がせない。常人離れした膂力りょりょくで首を絞められ窒息しそうだ……!



「小斎砦なら向こうの山を越えたところにあるぞ。歩けば四半刻三十分で着くのではないか?」

「おぉそうか、四半刻先とは案外近くを彷徨っておったか! それを聞けて安心だ」

「ば、場所は分かったんだから、い、いい加減離せって……ッ!」

「おうそうだった! すまんすまん」



 ぶっとい腕から解放されて、失いかけた新鮮な空気を肺に取り込む。危ねぇ……こんな場所でオッサン腕に抱かれて死ぬところだったわ。



「場所は分かったのじゃ、さっさと砦に戻るがよいぞ」

「そうだな、『伊達者』に襲われる前に戻るに限る。この礼はいつか返すぞ、小娘」

「だ、誰が小娘じゃ! 我には『政宗』というカッコイイ名前が──んぐぅッ!?」



 余計なことをほざこうとした気配を感じ取り、俺は慌てて彼女の口を塞いだ。



(こんなところで名前を告げるなバカッ! この人は相馬軍の関係者なんだぞ!)

(そ、そうじゃった……ついうっかりしてたぞ)



 耳元で発した注意でやっと状況を飲み込めたようである。

 一年前にこの場所で初陣を迎えた頃と何にも変わってない、この後先考えない無鉄砲な性格はいつになったら治るんだか。



「若い男女の仲が良さそうで実に結構! ではお邪魔虫は去るとしよう。また近いうちに会うかもしれんからな、次に会ったら帰り道を教えてくれたお礼を返してやるぞ」

「ふ、フン! 礼など期待しておらぬ。もう道に迷うでないぞ」

 


 オッサンは背中越しに左手を掲げて、小斎砦の方向へ歩み始めた。結局、相馬軍の関係者ってだけで何者なのか判らず仕舞いだ。

 


「あ、そうだな……お礼ついでに一つ教えてやるか」



 と、おっさんは去り際に首だけ振り返ってニンマリと笑う。



「相馬軍は明日の明朝に冥加山に攻め寄せる手筈だ。備えといた方が身のためだぞ。それじゃ~な小娘……いや『伊達の大将』と『実元の倅』君」


「「な……ッ!?」」



 俺達の正体を告げて、不敵な笑みを浮かべながらまっすぐススキの中に消えていった。残された俺達は小川のせせらぎと強まりつつある風に袖を揺らしながら佇む。

 あのおっさん、相馬軍なのに俺達を知ってて見逃したのか……? 一体、何故……?



「藤五郎よ、縄を解くのじゃ。一人で帰れる」

「お、おう……あのおっさんを追い掛けたりしないよな?」

「フッ、彼奴あやつが何者かは知らぬが、明日にでも向こうから我らに会いに来るのだろう? ならば今追い掛ける必要もない」



 まっすぐおっさんが消えた一点を見つめる政宗様。瞳の奥で何を考え、何を想っているのか分からない──だが。



「奴の御礼とやら、実に楽しみじゃ」



 この一ヶ月……いや、初陣の時以来だろうか。あの未来を見据えているかのような眼差まなざしで、政宗様は秋風に靡くススキの群れを眺めていた。


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