「伏せろッ! 政宗様ッ!!」
政宗様にそう叫んで身体全体を大きく捻り、背丈を越える大薙刀を豪快にぶん回した。
「「危なッ!」」
半円に薙いだ大薙刀に手応えはなかった。しゃがんで躱した政宗様はともかく、大鎧の男は何事もひょいと後ろに逃れたのだ。
「「「よ、義重様っ!」」」
「問題ない、さっき言った通りお前達は他の雑兵を食い止めておれ」
俺の襲来は「問題無い」らしい。
俺が政宗様を連れて距離を取った隙に、囲いの兵士達に冷静な指示を出す甲冑武者。顔まで面具で覆われてるけど、恐らくあの人だよな。
「気を付けろ藤五郎、この者はかなり強いぞ」
「だろうな……コイツの素性は分かったか?」
「あぁ、この者は昨日遭ったオジさんじゃな。間違いない」
「いやスマン、そういう意味じゃ無いんだ」
真実を知ってるかのようなドヤ顔で予想通りの答えを返されても……昨日のオッサンだろうなと薄々思ってたが、結局コイツが相馬家に関係する奴って情報しか分からないままなのね。
「ん? そうだった、まだ自分の名を告げていなかったな。主等の器を測るためにも名を申しておこうか」
そう言うと男は長刀の切っ先を地面に刺して、おもむろに面具を外した。予想通り、面の奥には昨日出会ったあのオッサンがニンマリと笑み浮かべていた。
「俺は佐竹 常陸介 義重。巷では『鬼義重』なんて呼ぶヤツがいる」
「佐竹……義重だと……っ!?」
予想通りの素顔と、予想外のビッグネームに驚愕した。
佐竹義重と言えば常陸国(茨城県一帯)の大大名にして、近頃仙道地域にも勢力を伸ばしてきた関東でも北条家に次ぐ大勢力、佐竹家の現当主である。
関東の大大名本人がなぜ東北に居るのか、なぜ相馬家の味方をしているのか、なぜ五十騎の少人数で本陣を奇襲したのか、素性が分かればスッキリするかと思いきや、余計に混乱してしまった。 確かなことは一つ、コイツは──佐竹家は俺達の敵になったって事実だけだ。
「お前があの佐竹義重だったのか! これは驚いたなぁ藤五郎よ!」
「あ、あぁ……驚いたって次元じゃないけどな」
「ならば尚のこと、この場で貴様を討ち取ってくれる──わッ!?」
「お前は大将だろ下がってろっ! ここは俺一人でやる」
「お、おいっ! 藤五郎!!」
当然のように前に出た政宗様を引き戻し、俺は大薙刀を下段に走り出した。鬼義重は俺でも知ってる東国屈指の猛将、そんな輩を政宗様に近付けさせちゃ絶対ダメだ。
「俺を『鬼義重』と知っても尚、刃を向けるのか?」
「政宗様の敵だからな、誰が相手でも関係ないっ!!」
「若いが意気良し、力量は如何ほどか──来いっ! 実元の小倅ッッ!」
俺の攻撃を防ぐ自信があるのか、義重は大地に根を張る山の如く不動のまま斬撃を受ける構えだ。油断してるならそれで良い、一撃で仕留めてやる。
「どぉおおおおぉぉぉらッッ!!!」
長柄が撓るくらいに力を込めて、義重の首筋を狙う一振りを叩き込むと、ギンッ! と刃物同士が弾け渡った。
薙刀と刀では質量的に大きな差がある。
普通ならこの場面、一撃の元に義重の刀は折れ曲がるか、無惨にも粉砕されるはずである。
──が、そうはならなかった。
「おぉ……これは良き一撃、なまくらだったら折れておった」
「全力で刃を折るつもりだったのに、なんて頑丈な刀だよ」
「かの上杉謙信公から譲られし名刀だ。この程度では折れぬ」
「なるほど、通りで」
余裕で攻撃を防いだ義重との激しい鍔迫り合い。互いの力を推し量るが如く鎬を削る。
「チッ、なんて腕力だよ……っ!」
樹齢数百年を越える大木と押し合ってるよう。まるでびくともしない義重の形姿に汗が滲む。
「力もあるな、だが、俺を越えるにはまだ足りぬぞ……っ!」
「ならば我の力を貸せば上回る、ということじゃな!」
「なっ!? 政宗様ッ!?」
鍔迫り合いに乱入した政宗様が義重の死角から袈裟斬りを放った。完全に不意を突いた奇襲、彼女のニヤけ具合を見るに『斬った』と確信したことだろう。
「まだ甘い、もっと忍び寄れ」
「──ぐはッ」
だが、義重は俺の薙刀を防いだまま政宗様の刀刃を紙一重で避けきるや、すかさず彼女の無防備になった胴に蹴りを入れた。
──いや、蹴りなんて生易しいものじゃない。特大ハンマーが直撃したかと見紛う程に、政宗様が激しく吹き飛ばされた。
「政宗さ──ッ」
「勝負中に目を逸らすな、戯け」
俺もまた政宗様に注意が向いた一瞬を突かれ、脇板に穴が空きそうな拳の一撃を喰らう。鉄板越しだってのに、口から胃を吐き出しそうな重撃に危うく悶絶しかける。
関東にその名を轟かせる鬼義重は、二人掛かりだろうが全く意にも返さず、刀すら使わないで俺達を下してみせたのだ。
「今の連携は見事だった。汗は出なかったが」
「と、藤五郎……」
義重は息荒く倒れ込む政宗様の横に立ち、クルリと長刀を回して刃先を眼帯に当てた。
「さて、これで仕舞いだな。女子に対する情けだ、痛み無く眠らせてやる」
鬼義重の凶刃が政宗様に届く、だが。
「や………めろ……」
「ん?」
俺は喉元に達した胃液を必死で堪えながら、長柄を軸に立ち上がった。
ここでヤツを止めなければ政宗様が殺される──そう思うと自然と脚が、腕が、身体が動いていた。
「やめろ……政宗様に手を出すんじゃねぇっっ!」
「まだ臆せず立ち上がるか、実に見事だ」
強者の余裕からか、無形にてフッと笑みを溢した鬼義重。薙刀の刃先を大地に擦って研ぎ澄ましながら、俺は駆けた。
「来い、受け止めてやる」
「どりゃああああぁぁぁぉあッッ!!」
──脚がふらつく。
──吐き気が止まらない。
──叫んでないと気が遠くなる。
ただ、政宗様を助けたい一心で動いた俺の四肢が薙刀を横に構え、義重の胴に放たれた。
「ふ、凝りもせずまた横薙ぎ──」
「どぉおおおおおりゃああーーーッッッ!!!」
「────かっ?」
俺が振り抜いた渾身の斬撃に、茫然としたのは義重の方である。
先程と同じく真正面から防ごうとした結果、謙信公伝来の長刀が弾け飛び、囲いを作る兵士達の間近に深々と突き刺さったのだ。
「もらったッ!」
「──ッッ!」
続けざまの連撃は咄嗟に飛び退いた義重に惜しくも届かなかった。
しかし、政宗様から凶刃を離すことには成功する。五枚胴にヒビが入っただけで、政宗様の身体は無事のようだ。
「大丈夫か、政宗様?」
「あぁ……すまぬ。手を煩わせた」
俺は彼女を背で隠すように義重と対峙した。俺は安堵も束の間、義重を睨みつける。
「俺が得物を手放すだと……?」
義重は未だ突き立った長刀を見つめて立ち竦んでいた。
彼の胸中は分からないが、相当のショックを受けている様子である。
「どうした、武器が無くなっただけで意気消沈か?」
「──いや、その逆だ」
義重は長刀を抜くと、刃に付いた土泥を払い拭いて俺と眼を合わせる。
「実元の小倅……改めて名を申してみよ」
「…………伊達 藤五郎 成実。それが俺の名だ」
「見事なり伊達成実。俺は生まれて初めて戦場で刀を落としてな、お前の名は生涯忘れん」
その表情を例えるなら、初めて友達と遊んだときの笑顔というのだろうか、不気味なくらい満足そうな面持ちをしていた。
「ここまでヒヤリとさせられたのは氏康との戦以来だ。思いの外楽しめたぞ、成実」
「そりゃどうも……」
義重は愉快そうに笑い、長刀を鞘に収めた。
「もう少しお主と手合わせしたかったが……どうやら時間切れのようだ」
「……? どういう意味だ??」
「おい藤五郎、アレを見よ!!」
政宗様が嬉々として指差した先には騎馬が数騎、先に呼んだ丹波達の援軍ではない。それよりももっと心強く、意外な人達であった。
「手出しは無用、もう囲いを解いて良い」
「「「……ハッ!!」」」
「伊達の兵も武器を収めろ、戦は終わりだ」
「「「え、は、はぁ??」」」
義重の命令で包囲が解かれる。彼等の代わりに現れたのは戦装束に身を包んだ輝宗様であった。
「戦に関与せんでくれって言ったんに、義重さもヤンチャだべなぁ……」
「会うだけのつもりがつい熱くなってしまってな、お前のところの若い将に見どころが有り過ぎるのが悪い」
「んだべぇ? オラ達自慢の子供らだがんなぁ。んだども義重さに褒められると、なお嬉しいべぇ」
「フッ、この子煩悩めが」
何だか仲良さげに会話する敵対同士のはずの大名二人。
呆気に取られていると、政宗様が恐る恐る尋ねた。
「な、なぜ父上がここにおるのじゃ? それに敵である佐竹とも親しくして……」
「オラだけじゃねぇど。ほれ、あっちを見てみ?」
「あっち──っうわぁあ!?」
輝宗様に促すと、政宗様が何者かによって抱き伏せられてしまった。
「あぁ~! 愛しの政宗ぇ!! 怪我はありませんよねッ!? 相馬や鬼義重とやらに酷い目に遭わされてませんよねッッ!?」
「は、母上まで……なぜここにぃ??」
「貴女が心配だから来たのですよ! 一ヶ月ぶりの再開なのですから、もっと私を強く抱き締めていいのですよ!!」
「い、痛いのじゃ母上ぇ……強く抱き締めすぎなのじゃぁ!」
義姫様の登場で余計状況が読めなくなる。
義姫様はまぁ、政宗様に会いたかったから来たんだろうけど、米沢に居るはずの輝宗様が連絡も無しにここに来たのか、皆目見当も付かなかった。
「一体どういうことですか? 説明してください」
「オラがここに居る訳かぁ? まぁ、簡潔に言えば戦を終わらせに来たんだべ。んなぁ、義重さ?」
「ま、そういうことだ。さっさと下の連中に『戦は終わりだと』知らせるぞ」
「んだんだ、んだなら早速」
輝宗様は腰袋から陣貝を、義重は笛を取り出して同時に吹く。
腹の底を震わせる陣貝の音と戦場の端まで聞こえる甲高い笛の音が、戦場となった冥加山一帯に低く、高く響き渡った。
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