伊具郡は矢野目の原に程近い古寺の本堂にて、三ヶ国の大大名が顔を揃えた。
一人は伊具郡を取り戻すべく軍を興した伊達家当主・伊達輝宗。
一人は伊達軍から伊具郡を守るべく出陣した相馬家当主・相馬義胤。
最後の一人は、両軍の和議を仲立ちするために常陸よりやって来た佐竹家当主・佐竹義重である。
三者の言動を記録する古寺の住職を除けば、この場には上記の三名しかいない。
「納得いかんなぁ? なぜその要求を我らが呑まねばならぁん??」
義重の提案を聞いた相馬義胤が不快感をあらわにした。この反応は想定済みと言わんばかりに、佐竹義重は諭すように言う。
「これ以上合戦を続けても無意味だ。丸森、金山両城は遅かれ早かれ伊達の手に落ちる、今のうちに両城を差し出して和議を結ぶが得策だぞ」
「寝言を申すぅな義重殿、その和議に我らはなんの益があるのだぁ?」
「んだからさっき言ったベ、丸森と金山は元々伊達の領土、そこさえ返してくれれば後の土地は諦めるってなぁ。これ以上戦っても良いんけど、そんときは伊具は全部攻め取ることになるべな」
「なんだぁと!? ならここでどちらが強いか決着を付けてもいいのだぁぞ~!?」
「まぁまぁ義胤殿、気を静めてくれ。しからば、この条件ならどうであろうか──」
本堂内の激論が外にも轟く。
戦が終結して三日間が経ったが、和平交渉はまだ難航しているようである。
吸い込まれそうな秋晴れの午後。
お堂を囲む伊達と相馬、佐竹の供回り達も本堂の様子を窺いながら、ピリピリとした緊張感を漂わせて──
「もういい加減離すのじゃあぁ! 我の腕を引っ張るなっ! 暑苦しいのじゃあぁ!!」
「政宗の言う通りです、さっさと私の政宗から手を離しなさいッ! この女狐ッッ!!」
「あらあら~? そんなカッカしてるから熱が溜まるのですよ~? お義ちゃん?? もっと冷静になれば良いのに~」
「義姉上も奥方様もお気を鎮めなされ、それ以上政宗様の腕は伸びませんよ」
「うぅむ、中々に良い手を打ちますなぁ……流石は親父殿ですぞぉ」
「まだ本気も底も見せておらんくせして、まっこと腹の読めぬ息子に育ったものだな、綱元」
「おいおい爺っ! 昨日の勝負の続きをやるぞ!! 今日こそは打ち負かしてやるからな!!!」
「望むところだ小童ッ! 年期の違いを味会わせてやるわァッッ!!!」
「良いですぞ伊庭野殿っ! 今日こそは真壁殿に相撲にて引導を渡してやりましょう!!」
──などいなかった。
政宗様は奥方と先生による奪い合いに巻き込まれ、小十郎さんは二人を嗜める役に回り、鬼庭親子は縁側の隅でのんびりと対局中、伊庭野爺さんは先の戦場で出会った真壁って人と立合、丹波ら三ヶ国の兵士達から歓声が沸き起こる。
単体でも騒々しいメンバーが一同に集ったカオス。俺は遠巻きに彼等を眺めながら、収拾が付かない現状に頭を痛めていた。
(俺はこのまま風景に溶け込んでいたい……)
境内の隅っこに植えられた一本松の幹に座って傍観する。
元来、俺は大勢と騒ぐのは苦手な性分。こんな百鬼夜行共に絡まれたら地獄を見ることは間違いないだろう。
借りてきた猫のように大人しくしておくに限る。
「なんか、こうやって見ると不思議だよな」
傍観しているからこそ思うことがある。
ついこの前まで敵同士だった者達が仲良く酒を酌み交わして騒ぐ光景が不思議でしょうがないのだ。
昨日の敵は今日の友。刻一刻と変化する友好関係に振り回されてきた戦国民は、戦が終われば普通に仲良くなれるのだという。
昔、小十郎さんが言っていた。討ち取った敵の首を合戦後にわざわざ敵陣まで送り届けて、遺族と一緒に涙を流し、その者の墓を作った男がいる、と。
殺し殺されは戦国の常、イチイチ恨んでられないってのは分かるけど、いがみ合ってた男達がすぐに打ち解ける感覚が未だによく分からないのだ。
「分からねぇな……戦国って」
「なんじゃ藤五郎? 何が分からないのじゃ??」
足下から声を掛けられたと思えば、政宗様が俺の足下から見上げていた。
「お前……なんでここに? あの二人から逃げ切ったのか?」
「二人は小十郎が食い止めておる。もう引っ張られるのは疲れたからな」
政宗様が俺の隣に座ったと思いきや、そのまま俺の太股を枕に横になる。今回ばかりは政宗様も彼女達に絞られて疲労困憊らしい、普段なら無駄に抓ったりチョッカイ出してくるのに、今は膝枕以上のことをしてこないのがその証拠だ。
「で、一体何が分からないのか言ってみるがよいぞ」
「…………アレだよ、元は敵同士だったのになんで仲良くなれるのかなってさ」
「というと、今相撲してる伊庭野や真壁とやらの事か?」
「それとか、周りで二人を応援してる兵士達を見て不思議に思ったんだよ」
「そうか? 何も不思議なことはないぞ」
肌寒い秋風が吹き抜ける。政宗様の猫っ毛じみた髪がこそばゆい。
「内心は戦いたくないのじゃろう。元を正せば皆等しく日ノ本の人間、誰しも好き好んで戦いとうないのじゃ」
「普通はそうだろうな……政宗様はそうじゃ無いみたいだけど」
「馬鹿な。我だって戦は恐い、本当は戦いたくもないのだぞ?」
「よく言う、いっつも「出陣させろ出陣させろ」うるさいくせに」
「それは、そうなのじゃが……」
政宗様が寝たままの状態で俺を見上げる。
「我が敵を下せば速く戦が終わるじゃろう? その分、民も戦わずに済むし速く家に帰れる。そう思うと、居ても立ってもいられんのじゃ」
「お前……そんなこと考えてたのかよ」
正直言えば意外だった。
あの傍若無人で無鉄砲な政宗様が民のことを考えて戦をしてたなんて。その真意を知っていたなら俺も強く止めなかったかもしれないのに…………いや、普通に止めるんだけどさ。
「天下統一を果たし、民が戦わずに済む世を速く創らねばならぬ。その為には藤五郎の力が必要なのじゃ。これからも一層尽力するのじゃぞ」
「あぁ、約束だからな」
彼女が出した拳に俺も軽く拳を合わせた。
と、本堂で何やら動きがあったようで、周りがやけに騒がしくなる。
「話し合いが終わったみたいだな、行くとするか」
「そうじゃな、結果は目に見えておるがな」
松を降りて本堂に向かう俺と政宗様。
政宗様の予想した通り、本堂から真っ先に出てきたのは顔を紅潮させた相馬義胤であった。
「もうよぉい、中村に帰るぉぞ! もはや伊具などどうでも良いぃわ!!!」
そう叫ぶやいなや、負け惜しみ全開で古寺を出て行ってしまった。彼に遅れて、輝宗様と義重が二人並んで本堂から顔を出す。
「行っちまっただなぁ……ちゃんと城を返してくれたら良いんだけどもなやぁ」
「安心せい、義胤殿は約定を違える男じゃない。ま、もし違えたでもしたら我ら佐竹に泥を塗ったも同然、その時は容赦せんがな」
「ナッハッハッハ、心強いべぇ、義重殿さ」
天まで届きそうなほどに、二人は高笑った。
結論から言えば、今回の伊具郡攻略戦は初めから輝宗様と義重の両名で仕組まれた戦だった。
輝宗様は戦が始まる前から佐竹家に『相馬家との和議を斡旋する』よう頼み込み、俺達が初戦を終えた段階で丸森、金山の二つの城の譲渡を条件に和議を結べるよう手筈を整えていた。一ヶ月の戦闘禁止期間は、勝ち戦で兵士を無駄に殺さないための配慮である。
佐竹にとっても仙道、強いては東北の小・大名からの影響力を増す絶好の機会。相馬の援軍に入ったのも、和議を優位に運ぶための下準備に過ぎなかった。
相馬には酷な話だが、戦いの結末は両家によって最初から決まっていたのである。
「俺は常陸に戻る。信長が死に、北条がまた騒がしくなったそうだからな」
「んだなら今回の恩もあるべぇ、北条と揉めたら仲立ちしてやるがら安心してけろな」
「ふ、頼りにはせんがな」
義重が一足先に白洲に下りると、俺を見つけてニッと笑みを溢した。
「おぉそうだ伊達成実、お主に一つ言い忘れていたことがある」
義重が俺の眼前に並び立つ。敵じゃないって分かっててもこの迫力、よく戦場で立ち向かえたよな、あの時の俺。
「お前の勇と武はいずれ無双の境地に至ろう。まさしく『勇武無双の若武者』だ、天晴れな武働きぞ」
「ゆ、勇武無双……? 俺が??」
「そうだ。『坂東太郎』たる俺の刀を弾いて、あわや討ちかけたのだ。無双の名くらい名乗ってくれねば俺の箔が傷がつく、以後、戦場でその名を誇るが良いぞ」
そういって、ドンドンと肩を二度叩かれた。
あの『鬼義重』からの最大限とも言える賛辞に場が騒然となる。
この時代の渾名とは、後世に名を残すことを誉とする武士ならば誰しもが憧れるステータスのようなもの。
それも、佐竹義重のような全国に名が知れ渡る猛将からの命名とあれば尚更だ。
「むぅ……勇武無双とはなんとも贅沢じゃ……藤五郎っぽくないぞ」
「独眼龍よりはマシな渾名だと思うけどな」
嬉しい反面、周囲から向けられる羨望の眼差しが痛い。他人から命名だと無下に出来ない分、自称よりもタチが悪い気がするな……。
「さて、後はアイツを連れて帰らねばな」
次に義重は激闘を繰り広げる伊庭野爺さんと真壁の勝負に割り込んだ。
「遊んでないで帰るぞ、氏幹。次は北条と一戦だ」
「おいおいっ! 何しやがる殿っ! 俺はまだあのジジイと決着が付いてないぞ!! 離せって!! おいっっ!!」
「さらばだ、伊達の諸君。また何処ぞで会おうぞ」
「くそったれクソッたれ! ジジイテメェ、次こそは決着付けてやるからなぁ……………!!」
義重は何事もなかったように真壁や兵士達を引き連れて古寺を後にした。その背中は雄大で、途方もないほど高い壁のようである。
俺達はこれから、あんな化け物達と戦わなきゃならない。そう思うだけで気が遠くなるな。
「んじゃ、これにて戦は終わりだなぁ……さっさと帰り支度すっぞぉ」
「その前に殿、最後にやるべき事があるのではないですか?」
気の抜けたように背伸びする輝宗様に、義姫様を始め伊達の皆が集った。
「戦が終わったのですから、この戦の大将である政宗様に締めて貰わねば、ですね」
「うんうん~小十郎の言う通りだとおもいま~す」
「あぁ、傅役として、爺はこの日をどれ程待ち望んできたことか……」
「ハハハ、親父殿は涙もろくなってしまいましたなぁ。ささ政宗様、親父殿が泣き枯れてしまう前にお願いしますぞぉ」
「え、ああ、わ、我が締めるのか??」
皆から後押しされた政宗様、急に視線が集まったせいか挙動不信になってやがる。どうやら、最後まで背中を押してやらないと駄目らしい。
「お前が大将なんだ。頑張って最後の役目を果たせよ」
「そ、そうじゃな……う、うむ……分かったのじゃ、藤五郎」
「あーあーうーん……」と仰々しく声を整えた政宗様。皆の視線を集めながら、独眼龍は声を張った。
「こ、この戦、我ら伊達の勝利じゃあ!! か、勝ち鬨を上げるぞぉ!! ひぇーい! ひぇーい!」
「「「応ッーーーッッ!!!」」」
皆の歓声が秋空の上空に轟く。
顔を紅潮させて、吃りまくった勝ち鬨を繰り返す政宗様に対して、彼女の掛け声を掻き消すような歓声で皆が応える。
最後までどこか締まらない終わり方。
けど、政宗様らしいったら政宗様らしい、良い勝ち鬨だと俺は思う。
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