~~~大森城、南御殿~~~
俺がこの城に来た目的は、親父と家督相続について話し合う為だった。可能なら家督を譲って貰い、この信夫郡の統治を任されたいと願ってこの城にやって来たのだ。
「のう? 藤五郎よ?」
しかし、親父の『伊達家乗っ取り計画』を聞いてからというもの、俺の脳内はその計画のことで頭が一杯になっていた。
謀反を起こすならまだしも、俺と政宗様を結婚させるなんて正気の沙汰とは思えない無謀すぎる計画。なぜそう言い切れるか、政宗様が俺を好きになるはずも、その逆も無いって確信しているからだ。
「とーうーごーろーおー?」
政宗様とはただの主従、忠義心はあれど恋愛感情なんてサラサラない。それと、彼女と関わってきたこの四年間は彼女に振り回され続けた四年間でもある。
政宗様の良いとこも悪いとこも知り尽くしてる自負もあるからこそ、彼女を恋愛対象として見れない。それは、政宗様も同じ………な筈だ。
「いつまでそうしておる〜? もう夜じゃぞ〜」
しかし、あの様子は今夜にでも何かしらのアクションをしてきそうな雰囲気だった。
「隙を見て惚れ薬(カカオ豆にそんな効果があるとは思えないが……)を呑ませてしまえ」だとか「寝込みを襲って既成事実を作ればいい」だとか強硬手段を推してきたヤバイ親父だ。この城にいる限り、政宗様と俺をくっつけるべくあの手この手で攻めてくるに違いない。
そもそもだ、俺と政宗様が(意味深)しちまったら伊達家全員を敵に回す羽目になるって────
「いい加減無視するな! 我を見ろ! 藤五郎よっ!!」
「あ…………ハッ!? こ、ここは、どこだ!?」
「我の部屋に決まっておろう! 戻ってきたと思いきや我を眼前に神妙な顔をしおって、もうすっかり日が暮れてしまったぞ!」
「え……? もう夜……だと??」
既に日が沈み、戸の外は青黒い闇景色が広がっている。
ば、馬鹿なッ!? 俺は昼前に政宗様の部屋に戻ってきたはず、よもや何時間も考え込んでいたっていうのか……!
「あ〜え〜と……その……怪我は無かったか?」
「今更過ぎる問いじゃな、医者によれば特に問題はないそうじゃぞ」
「そっか……なら良かった、うん」
時間を忘れて熟考してた事実と、その姿を政宗様にずっと見られていたという現実に汗が止まらない。もう春だと思ってたのになぁ、部屋に入り込む風が吹雪に当たってるかのように冷たいぜぇ。
「夜になったのも気付かず、長々と何を考えておったのだ?」
「まぁ、今後の人生について……かな」
「今後の人生? さては大伯父殿に何か変なことを言われたのだな、そうであろう??」
あぁそうだよ政宗様、それ以上に大変なことを吹き込まれちまったんだよ。
この件は政宗様に報告するべきじゃないよな常識的に考えて、最悪の場合ドン引きされて成敗されても文句言えん。
「な、何でもない……これは俺の自身の問題だからな」
「むぅ……余計に気になるな……」
ともかく、明日の朝一にでも米沢に帰れば親父も手出しできない、親父の策略が待ち受けていようが(万に一つも有り得ないけど)俺が政宗様に手を出さなければいいだけ、今日一晩を耐え切る、たったそれだけの話なのだ。
「藤五郎の意識が戻ったことじゃ、さっそく我に『付き合って』もらうぞ!」
「は、はぁ!? つ、つつつ付き合うって、どういう意味だよ!?」
「何をそんなに驚いておる? そこの押し入れに『すごろく』が入っておったのじゃ! 小煩い小十郎も喜多もいないからな、今日は朝まで付き合ってもらうぞ!」
あ、あぁ、なんだビックリした……そうだよな、一連の流れのせいで変な意味に捉えちまった。
全く、俺の苦悩も知らないで双六抱えてはしゃぎやがって──いや待てよ、政宗様と双六を朝まで付き合ったら親父の思う壺なんじゃ……? いかんいかん! 極力、政宗様とは離れるべきだ。少なくともこの城にいる間だけは……!
「すまん政宗様、俺は用事があって他の部屋に行かないとなんだ、悪いけど双六はまた今度にしよう」
「な、なんだと! 今夜は藤五郎と双六すると心に決めておったのじゃぞ!? 我の心を無下に扱うのか!!」
「常日頃から俺の心を無下に扱ってる奴の台詞かよ。悪いが本当に今日だけは駄目なんだ、また今度双六を──」
「話は聞かせて貰いましたぞ!!」
ドンッと滑り込むように縁側から颯爽と登場したツルッ禿。突然、伊東丹波が俺達の前に躍り出たと思いきや、二人分の夕餉を畳に置いた。
「夕餉の用意が出来ましたのでここに置かせて頂きます! それと、藤五郎殿の用事とやらはこの伊東丹波が責任を持って片付けて起きます故、今宵は政宗様とごゆるりとお過ごしくだされ!!」
「ほ、本当か丹波? 聞いたか藤五郎、丹波がお主の用事をやってくれるそうじゃ、これで共に双六が出来るな!」
「まさか……丹波……?」
「それと藤五郎様、今宵は政宗様の警護も兼ねてこの部屋に寝泊まりしては如何ですかな? 生憎、他の部屋も全て荷物で埋まっておりますからな、この部屋しか空き部屋がないのですよ」
「そ、それは丁度良いな! 今夜は藤五郎も我と共に夜を明かすとしようぞ!!」
「空き部屋無しとかウソだろ!? ちょっと直接確かめて来るっ!!」
すぐさま部屋を飛び出し、城中のあらゆる場所を駆け回る。
──ここも。
──あそこも。
──馬小屋ですら。
他も確認するが全ての部屋が大荷物で埋まり、俺がこの城で寝泊まりするスペースがあの部屋以外どこにも存在しなかった。俺が考え事してた隙を見事に突かれちまったってわけだ。
「マジで何処にもスペースが無ぇ……こうなりゃあ他の御殿に──」
「無駄ですぞぉ藤五郎様」
「左様! 儂等が既に先手を打たせて貰いましたからな!!」
俺の後を付いてきたハゲ頭と白髭が月光により反射する、その面持ちはどう見ても暗躍するならず者、丹波と伊庭野爺さんが俺の前に立ち塞がった。
「無駄……だと?」
「もはやこの城のあらゆる屋敷と部屋は! 全て殿の命により封鎖させて戴き申したぞォ!!」
「もはや、藤五郎様の寝る場所は若様の部屋しかありませぬぞ」
「……まさか、丹波も伊庭野爺さんも親父の策略を知っているのか?」
「策略とは!? 詳しい話は存じませぬな!」
「『今夜は藤五郎様と若様を離れさせてはならない』との実元様の御命令でありますれば、拙者は必ずや任務を遂行する所存──いや、しなくてはならぬのです!!」
より一層、丹波の頭部が輝きを増す。
「事が成った褒美として、実元様の口添えでお見合いの場を設けさせて頂けるとあっては、この伊東丹波守、ここが人生の分水嶺、身命を賭してやり遂げますぞ!!」
「た、丹波……お前って奴は……っ!」
自身の出会いの為に俺と政宗様を売りやがってこの野郎ぉ……! 今まで俺に従順なフリして肝心なときに裏切りやがって!!(元から親父の部下なんだけどさ!)
「ワシはただ城内の部屋に荷物を運ぶよう命じられただけで御座いますなァ! いやはや久々の重労働に胸が躍りましたぞォ!!」
「伊庭野爺さんはもうちょい疑問を持って行動して欲しかったわ」
伊庭野爺さんはまぁ予想通り、身体を動かせるだけで喜びを感じる脳筋爺さんだから、何故、部屋に荷物を運んでいたのか疑問すら抱いてなさそうだ。策を巡らせるにあたって、こんなにも使い勝手の良い部下を持てて親父は幸せ者である。
「諦めて若様の下に戻られませ、若い男女が一つ屋根の下で一夜を共にするのです。もしかすると、良い経験が出来るかもでしれませぬぞ?」
その『良い経験』があるかもしれないからこんなに焦ってんでしょうが馬鹿チンが! …………絶対に有り得ないけど!!
「ワシは失礼致そう! 早寝早起きは健康の第一歩で御座いますからな!!」
「拙者も藤五郎様も、お互い頑張りましょうぞ」
「くそぉ、この城に味方は居ないのかよぉ……!」
妙に腹立つしたり顔で去って行く独身坊主と筋肉爺さん。
そりゃあここは父親の居城だもんな、最初から味方なんか居るわけないよな。なんにせよ俺の置かれてる状況は完全に理解した。
良いだろうやってやる、政宗様と同じ部屋で寝るくらい何ともない。所詮は十代の小娘、俺が手を出さなければ何も問題ないんだからな。
「戻りました……何もありませんでしたか、政宗さ……」
「とぉごろぉ〜? おしょかったではないかぁ〜、えへへヒック!」
「嘘だろぉ……お前ぇ……!」
部屋に入って飛び込んできたのは、畳に何本も転がる酒瓶と政宗様の赤顔、そして、はだけた衣類から微かに覗かせる柔肌。
部屋に充満する酒の臭いが俺の汗腺を刺激した。
「もうしゃけは飲みほしたぞぉ〜? もどるのがおそしゅぎなのじゃ〜なはははぁ〜!」
「この短時間で酔い潰れた、だと……!?」
政宗様の新たに発見した弱点が、俺に新たな試練を与えてきやがった。
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