「で、どうして政宗様は泣いてたのかな~?」
「な、泣いてなどおらぬ! ただ、ちょっと悲しくて涙が出ただけなのじゃ!!」
「それを一般的には泣いていたと言うのではありませんかなぁ……?」
「あぁ、えーと、実はこんな事があってですね──」
まだちょっと意地っ張りな政宗様に変わって、俺が事の顛末を二人に語った。
「──という訳で、そんなこんなで輝宗様に追い返されちゃいまして……」
「なるほど、それで政宗様は泣いておらしたのですなぁ」
詳細を語り終えると、政宗様が口を膨らませた。
「そうじゃ……我はただ伊達の為を思い、速く手を講じたいと思っただけなのに……」
「いくら正しい判断でも時と手段をちゃんと選ばないと最善にはならないものよ~? 相手の事情を考えて動くことが何事も大切なの~」
「そういうもの……なのか」
俺も喜多さんの意見に同意だ。
政宗様に足りないのは相手の事を考えて行動する、または思いやることであると。まぁ、それを喜多さんが言う資格があるのかと問われればノーコメントだけどな。
「そういうことなら丁度良い、私の待ち番を政宗様にお譲り致しましょう」
「そうね~。政ちゃんの成長のためにも綱ちゃんが犠牲になって貰うしかないもんね~」
綱元さんがポンと手を叩き、喜多さんはお淑やかに頷いた。
「実を申せば私共も殿に進言したき儀があり、従者をあの列に並ばせておいたのですよ。もうすぐ番が回ってきますが、政宗様がお困りならば順番をお譲りします」
「え、良いんですか?」
「私達の要件は別段急がなくても良い話ですからねぇ、政宗様は伊達の未来を考えていらっしゃる。伊達の運命を決するこの局面にて、優先すべき手は答えるまでもありますまい」
「だってさ。綱元さん達がこう言ってるんだし、遠慮せず譲って貰えば良いんじゃないか?」
「うぅ……じゃが……なぁ……」
邪な考えが一切無い綱元さんの善意に政宗様の心も揺らいだようだが。
「…………? どうかなされましたかなぁ??」
「お腹がイタイイタイなの~? 大丈夫~??」
「べ、別に具合が悪いとかじゃなくて……その……うぅ……」
どうやら『また輝宗様に怒られてしまうかも』という恐怖心を克服出来てない様子。仕方ない、俺が二人に代弁してやろう。
「さっき輝宗様に怒られたばっかりで、もう一度行くのが恐いんですよ」
「そうなの~? 政ちゃん??」
「と、藤五郎っ! で、出鱈目なことを言うでない!! 我はただ父上ともう一度会ったらさっき以上に怒鳴られるかもしれぬから、悩んでおるだけじゃ!」
「何も間違ったこと言ってねーじゃんかよ……」
反論になってないどころか自ら肯定してるじゃないか。
いつもなら二人の善意を手放しに喜ぶだろうに、メンタルに左右されすぎだよなぁ、まったく。
「分かりました、ならば私が政宗様にお付き合い致しましょう。輝宗様に問われても『私の要件は政宗様をこの場にお連れすることです』と申し上げますぞぉ」
「ま、まことか……?」
政宗様のトラウマを消し去る一手。綱元さんの提案に独眼龍の瞳に光が宿る。
「何事も主君の為ならば身を捧げる。それが家臣の勤めですからなぁ」
「そうそう~、政宗様が困ってるなら助けてあげないとね~。私の可愛いカワイイ教え子なんだから~」
「うぅ……綱元ぉ! 喜多ぁ!」
政宗様の悲しみに暮れた涙が嬉し涙に変わった。
伊達家臣団の良いところ、それは多少性格に難があっても政宗様に対する忠義が根底にあるってところだろう。
何だかんだ、いざという時に頼りになる人達なのである。
「「綱元様、次が我々の番でございます。速く殿の所へ参りましょう」」
「噂をすれば、ですねぇ。早速向かいましょうか、政宗様、成実殿」
「う、うむ!! 今度こそ父上に我の考えを叩きつけるのじゃ!!」
水を得た魚のように我先へと行列の先頭に走り出した。気が付けば、政宗様がいつもの明るい声質に戻っていた。
「いつもの政ちゃんに戻って良かったわ~。やっぱり政ちゃんは元気な姿が一番可愛いわよね~、ふーちゃんもそう思わないかな~?」
「そうッスね、本当に良かった」
可愛いかはともく、今日はもうあの暗く沈んだ声は聞きたくないな。ウザったいキャラが馴染んでしまって落ち込む姿を見ると調子が狂っちまうから。
「ふふふ…………」
「な、なんですか?」
「フーちゃんはいつも通りの政ちゃんが好きなんだな~て思っただけよ~」
「別に……政宗様を好きとか、そんな感情は微塵もありません」
「素直じゃないなぁ~? お姉さん的にはあってくれた方が面白そうなんだけど~??」
「いや喜多さんの趣味は知りませんよ……」
好きとか嫌いだとか、この人はすぐ恋愛に結びつけようとするよなぁ。俺はただ純粋に主の心配してるだけなんだって。まぁ、時折不意打ちを食らうことはあるけどな。
「藤五郎! 早く行くぞっ!!」
「おう、今行く」
「行ってらっしゃい~もう挫けちゃダメよ~」
淀んだ雨雲が過ぎ、雲間から青空が覗く。
今日は政宗様の心境に比例して、小雨が降ったり晴れたりする不安定な空模様である。
「んーなんだべぇ? やかましぃと思ったらまた来たんかぁ? 政宗ぇ??」
「あ、いやぁ……これはじゃな……父上」
「これはどういうことじゃ、綱元。次はお前と喜多の二人ではなかったか?」
「その予定だったのですがねぇ、政宗様がお困りのようでしたから順番を譲ったのですよ」
上座でくつろぐ輝宗様と、床几に腰掛ける左月爺さんの二人が怪訝な視線を俺達に向けてきた。
彼等と対面した政宗様が下座に腰を据え、俺と綱元さんが彼女の両脇に控える。
来て早々、なんとも微妙な空気が場に漂っていた。
「また勝手な真似をしおって……それと奥にいるのは藤五郎か? 大きくなりおったわ」
「はい、左月斎様もお元気そうで何よりです」
左月爺さんを見るのは、それこそ初めて会った時以来になる。
綱元さんに家督を譲ってからは自分の領地に籠もり、もっぱら政務や練兵に心血を注ぎ、時折輝宗様に呼ばれて相談役になってるそうだ。
初めて会った時よりも皺が深く白髪白髭が目立つが、厳格な顔立ちは以前より迫力が増している。
「なにぃ? んだこのオメェ綱元さ番を横取りしたんかぁッ!? 政宗ぇッッ!!」
「ひっ、いや、違うのじゃ父上っ! 我は横取りなどと……うぅ……」
烈火の如き怒声が広間に響き渡る。本日二度目のお叱りにビビりまくる政宗様。
「いえいえ大殿、私自らの提案で政宗様にお譲りしたのです。横取りなど断じてありませぬよぉ」
「むしろ、ここに来るのを躊躇いまくってましたからね……」
「んだか……んなら良いんだけんども」
二度目のお叱りに畏縮してしまった政宗様に対して俺達はすかさずフォローを入れた。また落ち込まれると面倒だし、さっさと政宗様の進言とやらを聞きたいってのもある。
「さぁ政宗様、怯えるのも程々にさっさと要件を伝えようぜ」
「お、怯えてなど断じてないっ み、見ておれ、父上が相手でも堂々言い放ってくれるわ」
輝宗様に対して衣服を正し、深々と頭を下げた政宗様が発する。
「ち、父上。本日はお日柄も良く…………」
「挨拶はいらん、とっとと要件だけ話せぇ」
「か、畏まったのじゃ……」
出鼻を挫かれる形となったがコホンと咳払い、政宗様は恐る恐るといった感じで言葉を紡いだ。
「き、畿内の織田信長公が亡くなって以降、天下は再び動乱の世に戻るだろう。今こそ我等は奥州を統べ、早急に仙道制覇を目指すべきかと、ぞ、存じ上げる」
「んなこと分かってっぺがな。ここにおる左月とでその話しをしとったところだべ」
浮かない顔をしながらペシッと八つ当たり気味に扇子を太股に当てる輝宗様の様子からして、具体的な案はまだ思いつかないよだが。
(もし、成実殿)
俺と同じくこのやり取りを傍聴している綱元さんが小声で囁きかけてきた。
(政宗様の進言の内容、成実殿はご存じですかなぁ?)
(いいえ、ただ自信満々だったから何かしら考えはあると思いますけど……)
天下を取るための具体的な策もないのにわざわざ『輝宗様に進言する』だなんて、そんな大それた事を政宗様が言うはずが──
「そうでございましたか……なるほどでござる……」
いや待て嘘だろ政宗様ぁ……? あんな漠然とした目標を語るためにここまで来たって訳じゃないよな!? 俺や綱元さんを巻き込んでおいてソレはドン引きだぞ!!
(…………どうやら、何も考えてなさそうですかなぁ……?)
(多分……めっちゃ目が泳ぎまくってるし……)
(これは政宗様の威厳にも関わりましょう、然らば我等で案を講じねばなりますまい)
案を講じろって言われてもな……強いて言うなら奥州統一に向けて近く相馬や蘆名の領土に攻め込むとかだろうが、残念だが具体的になぜ攻め込むのかっていう理由が思いつかない。
(何か良き手、思い浮かびましたかな?)
(う~ん、これといった策は……政宗様の言葉通り仙道統一の為の障害を取り除く、しかないですかね)
(……障害を取り除く……ではソレでいきましょうか)
(え……?)
綱元さんが目を瞑り、扇子を取り出すとクルリと回し始めた。何かを熟考しているのかだろうか、ブツブツと呟いてもいる。
「んでぇ、何か良い案でもあるんけ?」
「良い案……?」
「んだぁども、まさかそれだけを言うためにここに来たわけじゃねぇべさ?」
「え、えーと、それはじゃな……」
政宗様が潤んだ瞳で縋るように俺を見つめてきた。
「まさか、本当に何も策さ持たねぇでここに来たんかぁ? オラは雑談しとる暇ねぇんだぞ!?」
「うぅ……藤五郎ぉ……」
そんな顔されても俺だって特に良案はないんだよ……! ある意味で万事休す、三度目のお叱りが政宗様を襲うのかと思った矢先だ。
「その件に関しては、政宗様の代わりに私がご説明致しましょう」
政宗様と輝宗様の二人に割って入り、綱元さんが手を上げた。
「ん……? 綱元さがか?」
「如何にも、事前に政宗様から策の概要を教わっておりましたから、私の考えも含めて大殿にお伝えしとうございます」
当たり前だが、政宗様が綱元さんに何かを伝えた訳ではない。
俺も政宗様も鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
「我等の目標は仙道(中通り)一帯の支配、ゆくゆくは奥州の地盤を固め、上方の軍勢に比肩する程に国を富ませることでしょう。信長公が居なくなり、再び乱世となった今こそ領土を広げるが上策でしょうなぁ」
「んだなら、何処を攻めれば良いのか策はあるんけ?」
「無論、御座いますよ。そうでございましょう? 政宗様??」
「えっ!? あ、あぁ! と、当然じゃ……!」
急に話を振られて焦る政宗様。それを余所に綱元さんが口上を続けた。
「我等が仙道を攻める場合の一番の障害、それを取り除いてから仙道支配を進めるが定石にて、効果的な一手となりましょうぞ」
「一番の障害……? それは何処だ??」
輝宗様を始め、一同首を傾げる。
豪族達がひしめき合う仙道一帯で伊達に抵抗勢力は数多く、中でも会津の蘆名などは領土的にも伊達と並び、一筋縄ではいかない勢力である。
あまりにも敵が多すぎて、どれを最初に討つべきか分からない。それが皆を悩ませる要因なのだ。
「仙道を攻める度に我等の背後を脅かす存在、それこそがこの混乱に乗じて攻めるべきで相手でありましょう」
「背後を脅かす──そうか、そういうことか! 綱元!!」
綱元さんの言おうとしていることが読めたようだ。
政宗様が満面の笑みで振り返り、綱元さんが微笑んだ。
「今こそ我等は『相馬』を攻める。いや、去年我等が攻め落とせなんだ伊具の丸森城を取れば、奴等は仙道には手出しが出来なくなるのだな!」
「然り、相馬を牽制できれば背後を気にする必要なく仙道攻略に乗り出せる。この政宗様の策は実に良き一手かと存じ上げますなぁ」
最後に綱元さんは一礼で締めくくると、政宗様の耳元に顔を寄せた。
(後は適当に相槌をうちなされ、何か問われれば私が答えましょうぞぉ)
(うむ、助かったぞ!)
政宗様は機嫌も溌剌に胸も弾んでいる。
政宗様を立てつつも即興で考えたとは微塵も思えない見事な提案に上座の方々も「一理あるな」と頷きあった。
「伊具攻略は我ら伊達家の悲願でもあります、遅かれ早かれ取り掛からねばなりますまいな、大殿」
「んだんだ、そろそろ政宗さ奴に経験を積ませたかったがらなぁ、丁度良かったかもしんねぇべな…………」
輝宗様はパッと扇子を開いて一扇ぎ、隣の間で控える近習に命じた。
「小十郎さを呼んできてくれ。『政宗を大将さ据えて』伊具を攻め取る軍議始めるってよぉ」
「「「「…………え?」」」」
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