おやめくださいっ! 政宗様っっ!!

のららな
のららな

一巻 第二章『個性豊かな伊達の面々』

呼び出し食らった曙の春

公開日時: 2020年9月7日(月) 12:45
更新日時: 2021年7月14日(水) 17:34
文字数:5,864





『春はあけぼの』から始まる古いうたがあるけど、東の山々からお日様が顔を出して、夜風に当てられて澄み切った空気が暖められる。その陽気を待ってましたと言わんばかりに、冬を越して戻ってきった鶴が群れを成して飛来する様は圧巻だ。

 惜しむべきは、今の俺にそれらの景色を楽しめる余裕を持っていないことだろう。



「朝日が眩しいなぁ、藤五郎よ」

「…………そうですねぇ、政宗様」

「小十郎は、我等をいつここから降ろしてくれるのだろうか」

「戦が終わったら……って言ってましたけどね」

「よもや、戦が終結するまでこのまま……なのか?」

「可能性は否定できないな……」



 俺達が居た陣地内に連れ戻され、小十郎さんによって大木に吊されてから一夜が明けた。藻掻もがけば藻掻くほど食い込む麻縄が身体に染みるが、小十郎さんの緊縛が上手いのか身動き取れないだけで見た目よりかは痛みは少ない。


 長時間放置されても大丈夫なように身体に負担の少ない縛り方といい。宙吊りにならないよう枝に足を乗せられる位置取りといい。小十郎さんのお仕置きは攻める対象への心遣いや思いやりがあるからポイント高いわ。



「まだ丸森城は落ちてないそうだが、速くても夕方には城が落ちるかな……?」

「むむぅ、いくら小十郎のせいで吊され慣れてるとはいえ、丸一日吊されるのは身に応えるぞ」



 まだ十五そこらの小娘が吊され慣れてるってどういうこったよ。前世も含めれば三十年近く生きてる俺ですら今回で二度目の経験だってのに。ちなみに、一度目は政宗様が城の馬を勝手に解き放った時の連座で半日弱吊されましたわ。

 


「通りで落ち着いてるわけだ……俺は結構辛いのに」

「ふふ〜ん、なんじゃ藤五郎、この程度で音を上げておるのか? 十回も吊されればこの程度、造作ぞうさもないぞ〜??」

 


 まさか褐色美少女から吊された回数でマウント取られるとは思わなかったわ。てか、政宗様が変な趣向を持たないか心配になってきたぞ。



「────ほう? 吊され猛者の政宗様ではこの程度の責めは造作もありませんか? よろしい、ではもう暫くそのままで良さそうですね」

「……………嘘です、もう体中痺れて辛いです。だ、だから降ろしてくださいぃ小十郎様ぁ……」



 本日の即落ち二コマ。

 いつ小十郎さんが帰ってくるかわからんのに、いつも通り不用意な発言をしてしまった政宗様の完全敗北である。



「藤五郎殿は政宗様を止められなかった責、反省しましたか?」

「…………はい、今後、戦場では『何があろうとも』政宗様から目を離さないと誓います」



 次は絶対トイレまで政宗様に付き添ってガン見してやる。小十郎さんのお墨付きも貰ったからな、正当性はこちらにあるんだよ。



「よろしい、降りたらすぐに準備してください。昨日のことで大殿が藤五郎殿をお呼びですよ」

「…………………マジか」



 大殿、つまり政宗様の実の父である伊達いだて輝宗てるむね様からの呼び出し。大方、昨日のことってつまり政宗様がどんな言動をしたのか、どんな目に遭ったのか事細かに聞いてくるんだろうな。



「の、のう? 小十郎……? 我も降ろしてはくれぬか……?」

「政宗様は私達が戻るまで大人しくしててください。ほんの数刻伸びるくらい『造作もない』でしょう?」

「う、ひぐぅ……藤五郎ぉぉ……?」

「すまん、俺も急いでるからまた後でな」

「ついさっき我から目を離すなと申したではないかこの薄情者ぉおおおお!! もう誰でも良いから、我を降ろしてたもれぇええ………っ!!!」



 陣屋から続々と兵士達が顔を出す早朝。政宗様の断末魔は良い目覚ましになりそうだと、俺は彼等を見てそう思った。



       ~~~~~~



 陣地から馬を走らせること数分、物々しい数の衛兵に守られた本陣に大殿こと輝宗様がいる。


 東北一の名門・伊達家の現当主である輝宗様は、畿内(京都周辺)の織田信長や周辺国との外交を重んじた政治体制でお祖父じいさん世代の大乱である『天文の乱』以降の混乱した伊達家をまとめ上げた名君だそうだ。

 


「もう察しはついてるかと思いますが、大殿は昨日何があったのか詳しく知りたいと申しておりました。聞かれた事を包み隠さず、ありのままに伝えてください」

「りょ、了解です……」

「──ですが政宗様は伊達家の嫡子、あまりに常識外れな行動や次期当主にそぐわない言動に関しては言葉を濁して伝えてもらいたい。今回ばかりは、多少の嘘をついても構いません」

「え、えぇ……」



 ありのまま伝えろって言ったくせに嘘ついて構わんってどうすれば良いんだ……? まぁ、小十郎さんの言いたい事は分かる。

 伊達の次期当主である政宗様の記念すべき初陣が『命令違反して無関係な城を攻め落とした挙げ句、城に火を付け逃亡。最後は敵に追われていたところを小十郎さんに助けられました』なんて記録、城を攻め落としたってところ以外は残したくないもんな。

 


「くれぐれも……くれぐれぇぇぇぇぇえもっ!! 注意して発言してください」

「ぜ、善処します」



 こうやって念を押されるの慣れてきたな。

 今回は政宗様がいないから場を乱されたり変な状況にはならないと思うが…………あぁなるほど、だから政宗様は吊されたままなのか、納得したわ。



「大殿はこの中本陣です。では、失礼の無いように」

「ふぅ……承知致しました、よっと」



 小十郎さんとはここで別れて俺一人、息を整えて陣幕を潜った。

 俺も輝宗様に会うのは三度目、俺が元服した時以来になる。立場上は俺の君主で、親戚の叔父さんみたいな関係だけど、頻繁に顔を合わせることは無い。ただ、一度話したら忘れられない人っていうか、政宗様の父親なだけあってアクの強い人なのは確かだ。



「失礼します、伊達 藤五郎 成実。只今参りました」



 入って早々、輝宗様がいる方向にひざまづいた。

 


「おぉ、待っとおったぁよぉ、しげぇざねぇさぁ。おもであげでけろ?」

「は、はい……?」



 つい素で聞き返してしまう独特な訛りと発音。床几に腰掛けるいとおどしの大鎧に黄緑色の陣羽織、白頭巾を被り、ボウボウに伸びた無精髭と目元で判る人の良さそうなオッチャン。


 この人こそ政宗様の実の父であり、伊達家十六代当主・伊達いだて 左京大夫さきょうのだいふ 輝宗てるむね様だ。



「昨日ぉの初陣は大変だったべぇ? でぇじねぇか?」 

「だ、大丈夫でした。怪我も有りませんし……」

「んなら良かった、ナハハハ」



 正直、輝宗様は苦手な部類だ。

 別に怖いとか面倒とかではなく、見た目も性格も気の良いおっちゃんなんだけども……それ以上に彼のキャラクター、所謂『言語的な意味で』苦手意識を抱いていた。と、言うのも……。

 


「んだって、オラが「後ろさぁ下がっとれ」って言ったんにぃ、政宗さ奴ば言ぅこどさ聞がねぇんだもんやぁ〜。変なとこさ行って相馬もんと戦ってるって聞ぃたときぃ「少しぃはジッと出来んのかぁっ!」て軍扇投げちまったぐれぇだべ。んだから小十郎さに「キツく仕置きしといてけろ」って言ったんだもんや。んだどもおめぇさぁは政宗さぁ奴ば止めたんだべ? んだから政宗さ奴ばと一緒にごっしゃかれることもねがったべぇな〜て、んだおめぇさんを可哀想だと思ったんだべやぁ〜」



「…………………………は、はい」


 そう、言語的な意味ってのは東北なまりが酷すぎて何を言ってるのかさっぱり聞き取れないことなのだ。

 いや、武士語や訛りに関してもこの四年で学んできたから、大抵は聞き取れるし理解も出来る。だけど、輝宗様の訛りは矢継ぎ早に独特な口調を畳み掛けてくるから頭の処理が追い付かない。

 もう輝宗様の雰囲気とか、聞き取れた単語だけで会話を想像するしかないのだ。



「……どっだ? 具合ぐぇでも悪いのけ?」

「か、身体はどこも悪くないですが、ただちょっと、その……」



 こういう時ってどうすれば良いんだ?



「輝宗様の言葉が訛りすぎてて意味が分かりません」



 って正直に言うべきか?? 普通に失礼すぎるけど、このままじゃまともな会話も出来なそうだし……うぅ〜ん……。



「──殿、少し訛りすぎかと。普通に話してください」



 と、俺の悩み事をさらっと解決してくれる存在が輝宗様の真横にいらっしゃった。華やかな御輿に凜として座す、妖艶な雰囲気ムンムンな絶世の美女である。



「んん? オラさそんなに訛っでたかぁ?」

「今も訛ってます。当主がそれでは『所詮、伊達は田舎大名』などと侮られ──巡り巡って政宗の評判にも悪影響を及ぼしますよ」

「んだかぁ、んなら次からぁ気をつけるべぇが」

「まだ訛ってます! 改めなさい!!!」

「……っ! お、おぉ……す、すまん、よし殿」



 輝宗様を一喝するこの女性、米沢城で何度か顔を見たことがある。確か、輝宗様の奥方にして政宗様の実の母・よし姫様だっけ。激しい気性の持ち主で『奥州の鬼姫』と呼ばれる人なだけあって、あの輝宗様の訛り口調を瞬く間に正してしまった。



「コホン……大声を失礼、話の続きをどうぞ」



 優雅な赤色の着物を纏い、腰まで伸びる絹のような長髪を乱すことなく姿勢を正す義姫様の凜然としたお姿。政宗様と真逆の雪のような色白だし、本当にあの政宗様の母親なのか疑ってしまうな。

 てかあれ、なぜ戦場に義姫様がいるんだ?



「そのなんだぁ、お前さんを呼んだのは昨日の戦いで政宗に何があったぁか、義殿がどうしても知りたいって言うから呼んだのじゃ。だからできる限り、詳しく頼む」

「は、はい! 畏まりました」



 あーね。つまり我が子の初陣が気になりすぎて、わざわざこんな場所まで来ちゃったと。



「………………余計な事を申さないでください、まったく殿ったら」

 


 義姫様は恥ずかしそうに赤面する。

 鬼嫁って言われてるから冷淡な人かと思いきや、実の娘の身を案じて危険な戦場にまで現れちゃうとは、渾名あだなによらず、相当の親馬鹿らしい。



「昨日の初陣で丸森城近くの金山城を落としたらしいけんど、どやって政宗はあの城を攻略したん……のだ?」

「そうですね、政宗様はあの時────」



 俺は昨日の出来事を正直に(多少嘘を混ぜながら)報告した。政宗様の言動や考え、兵の指揮、どのような作戦を立て、どのように実行したのか。俺の話を聞くうちに、険しかった輝宗様と義姫様の表情も緩んでいった。

 勝手な行動をしたとはいえ、実の娘が初陣で少数の兵を率いて城を落とし、敵軍を翻弄したのだから親としては誇らしいのだろう。

 ちなみに小十郎さんから聞いた話だが、義姫様は政宗様を産んだ直後に病を患って子を宿せなくなったそうで、鬼姫と形容される激しい気性からか、正室なのに子を産めなくなった彼女をおもんばかってか、輝宗様は政宗様が女子であろうと次期当主にすると宣言したらしい。

 だから、政宗様は女の子なのに若君として、伊達家十七代当主として育てられているんだそうな。


「──という訳で、最後は相馬の追っ手と大立ち回りを演じていたところを、小十郎様の救援が駆けつけてくれたおかげで無事に追い払えました。昨日の出来事は以上になります」

「なるほどなぁ……最近は手に負えぬじゃじゃ馬になったもんでぇ将来が不安だったが、将として立派に成長してたんだなぁ」

「輝宗様とわたくしの子なのです。女子おなごだろうと、戦上手の猛将に育つは当然でしょう」



 虚実入り交じった政宗様の華々しい初陣という大本営発表を語り終えた俺は、安堵からか滲んだ額の汗を拭った。

 あの傍若無人で無鉄砲、何をしでかすか分からない政宗様のご両親。なにか変な地雷踏んで怒らせるかもとビクビクしてたけど、思ってたより二人とも普通の夫婦で安心したわ。

 特に義姫様は実質初対面で『鬼姫』って渾名を聞かされてたから余計に身構えてたけど、怒ったのも輝宗様の訛りに関してだけで割と普通のお母さんだった。


 

「初陣は済ませたからのぉ、次はまつりごとでも任せてみるかぁな」

「それは良き考え、戦に関しては成実殿も兵を良く纏め、良き武働きだったとか。これからは戦事いくさごとを成実殿に任せ、政宗は政務に専念させるが宜しいかと」

「ナハハハ、それでは成実殿の負担が大き過ぎるべがぁ」



 訛りはが独特すぎるだけで基本優しい旦那と、気が強そうなだけで比較的常識人な嫁。ホントに政宗様はこの二人の血を継いでるのだろうか? とても信じられないわ。



「────ところで、成実殿」

「はい? なんでしょうか、義姫様」

「それだけの働きをして、政宗に何か怪我はありませんでしたか?」

「怪我ですか? あ、ちょっと足を挫いただけで、目立った怪我はなかったと思いますよ」



 アレは政宗様の自爆だったけど、他にたいした怪我も無かったしな。俺的には、その程度の怪我しか負ってなかったって意味で伝えたんだが。



「…………足を、挫いた……ですって?」



 義姫様の和やかな顔色が一変、みるみる顔が強張っていく。輝宗様も何かを察してハッとした表情になっちまったし……え、何か悪いこと言っちゃったか?



「殿、私は用事が出来ましたので失礼致します」

「お、おい待て義殿、ど、何処さ行く気だぁ?」

「そんなの、決まっています!!」



 突然立ち上がった義姫様が、自分を呼びとめた輝宗様を物凄い形相で睨み付ける。



「私達の愛娘が足を怪我しているのですよ!? 小十郎も昨日の件でお仕置き中と申しておりましたし、今頃あの娘は足の痛みに苦しみながら一人寂しくお仕置きに耐えているに違いませんわ!! 何としても私が救ってあげて、今すぐにでも治療してあげるのが母の役目、急いで向かわねばなりません!!」



 上等な着物をその場で脱ぎ捨て、凛々しい馬乗うまのりはかまとなった義姫様が大地を震わす声量で一喝した。



 見間違いか、絹のような長髪が怒りで逆立ってる気がする。



「いやぁ落ち着け義殿! ここは戦場だっで! んな格好でウロウロしてたぁら野盗やら相馬どもに襲われっかもしれねぇべ!?」

「…………っ!? よもや『あの女狐』はこうなると知っていて私をこの政宗の所ではなく本陣に案内を……? だとすれば何がなんでも政宗の元に行きます!! いとしの政宗が私に助けを求める声が聞こえるのです! 邪魔立てする者は、殿であろうと容赦しませんっっ!!!」



 などと訳の分からないことを供述する義姫様は、必死で押さえ込む輝宗様をもろともせず、馬小屋に歩み出した。

 政宗様が怪我したって聞いただけでこの豹変っぷり。あぁ、これが奥州の鬼姫。噂に違わぬ激しい気性の持ち主だ。



「お、おい成実殿さぁ! おめぇさも見てねぇで抑えるの手伝ってけろぉ!!」

「あ、はい!!」

「くっ! 成実殿も邪魔立てするのですねっ!? 男二人程度で抑えられる私じゃありませんっ! 待っててください、私の可愛い可愛い政宗やぁ!!!!」



 この何を言っても止められない感じ……間違いねぇ、この人は正真正銘、政宗様の母親だ。親馬鹿かと思いきや違う意味で親馬鹿過ぎる! まったく、伊達家って奴等はとんでもねぇ一族だよ。


 

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