おやめくださいっ! 政宗様っっ!!

のららな
のららな

信夫郡の情景

公開日時: 2020年9月8日(火) 07:58
更新日時: 2021年7月14日(水) 17:48
文字数:4,494

 




 俺は家督相続の話をするべく、父・伊達実元が住まう信夫しのぶ郡の大森城に向かっていた。

 信夫と伊達家の縁は深く、鎌倉の頃、源頼朝による奥州藤原攻め──所謂いわゆる、奥州合戦で功を上げた伊達家初代当主の伊達朝宗が隣の伊達郡と同地を賜り、奥州伊達家が誕生したという。

 現在も仙道(現在の中通り)の有力豪族こと畠山はたけやま氏や二階堂にかいどう氏、会津の名家・蘆名あしな氏等と国境を接するこの地域は争いが絶えず、伊達家始まりの土地として、南方戦線の最前線としていつ敵が攻め込んできてもおかしくない。

 

 伊達家にとっての絶対国防圏たる場所が、この信夫郡なのだ。



「なんだけど……春に来るとホント綺麗な場所だよなぁ。ここって」



 俺は陽気と春風を全身に浴びながら、松川の街道に沿って馬を走らせる。

 信夫郡中域を流れる松川から望む信夫郡の風景。雲一つない晴天に眩い陽射しが降り注ぎ、点々と咲く山桜と青々とした芝生の鮮やかなコントラスト。微かに鼻を撫でる桜の甘い香りが相まって、さながら桃源郷に迷い込んだようだ。



「う〜ん! 良いねぇこの開放感、かごから出た鳥になった気分だぜ」



 馬を走らせ、桜吹雪が舞い散る中を全速力で駆け抜ける快感は一度味わったらクセになること間違いなし。

 それに、政宗様という鳥籠に囚われ、日々巻き起こる騒動とストレスから解き放たれた俺は万感の思いである。



「はぁ……だからさぁ──」



 だからこそ俺はおもむろに振り返り、その鳥籠に向かって激昂した。



「俺に付いてくるな政宗様っ!! さっさと米沢に帰れっっ!!」

「嫌じゃ! 藤五郎が米沢に戻るのだ!!」



 俺のあとを付き纏う一騎の乙女。

 息を切らしながらも必死で距離を詰めようとする政宗様に何十度目かの怒声を浴びせた。



「もうここまで来たのじゃ、大人しく我を大森城に連れてゆくが良い!」

「お前は伊達家の次期当主だろっ!? こんな敵国との最前線にまで来る奴がいるか!!」

「藤五郎が我に何も告げず、勝手に帰るのが悪いのじゃ! お主が事前に告げておれば、我がコソコソと城を抜け出す必要もなかったものを!!」

「どっちにしろ来る気満々じゃねぇか! もう諦めて小十郎さんにお仕置きされてこい!!」

「嫌じゃ! 藤五郎も一緒に怒られるのじゃあ!!」

「なんっ! でだっ! よぉっ!!」



 米沢を出立してからというもの、峠付近で政宗様に捕捉されてからずっとこの調子だ。こうなると思って黙って出て行ったのに、余計に面倒くさい事になりやがる。

 束の間の安穏すら享受出来ないのか、俺の人生!



「逃がしてたまるか! 藤五郎っ!!」

「あぁーもうっ! しつこすぎだろ政宗様っ!!」



 更に馬を追って加速するが政宗様も諦める気はサラサラない。しかし、いつまでも続くかと思われたデッドヒートは突如として終わりを告げた。


「はぁはぁ……待つのじゃ、藤五──うわぁっ!!」

「たく、もういい加減諦めてくれ……よ?」



 もう一度背後に目をやると、嵐の権現たる騒音の主が馬上から消えていた。あるのは空馬となって歩みを止めた、政宗様の栗毛馬だけである。

 ほんの数秒だけ目を離した隙に消えた……ってことは。



「落馬っ!? おい! 大丈夫か、政宗様っ!!」

「お、おぉう…………わ、われはここぞぉ……」



 空馬の元に駆け寄って見ると、深い草むらに大の字で寝転び、栗毛の愛馬に顔を舐められながらしてる政宗様の姿があった。緑布の眼帯を舐め回されても、うめき声を出すのみで抵抗できてない。



「大きな怪我は──無さそうだな、はぁ……良かった」

「うぅむ……とうごろうが……いっぱい……ふえておる……」



 芝生がうまくクッションになり、軽い脳震盪のうしんとうを起こしてるだけのようだ。腫れるどころか擦り傷すら見当たらない綺麗な落馬である。

 俺の領内で政宗様が怪我でもしたら伊達家を揺るがす大問題、間違いなく暗殺を疑われて処罰されるだろうな。

 


「も、もう、にがさぬぞぉ……とうごろぉ……」

「ったく……城に連れてくしかないか」



 俺の裾を弱々しい握力ながら離さない政宗様の執念に完敗だ。

 流石に無防備な政宗様を放置するわけにもいかないだろうに、俺はフラフラの政宗様の身体に手を伸ばした。

 


「お〜い!! もしや藤五郎様ではありませぬかぁ〜!?」

「ん……? この声は」



 政宗様を抱え上げようとしたその時、太陽光を鏡のように反射するツルっ禿が大手を振ってこちらに向かってきた。俺が元服した時以来だろうか、懐かしい顔につい笑みを溢す。



「お久しゅう御座いますなぁ! 藤五郎様! 益々大きゅうなられて!!」

「そういう丹波も、毛が完全に抜け落ちて気持ちよくなりましたね」

「そ、それは言わないでくだされぇ〜、けっこう気にしてるのですぞ」



 この戦国時代に来て最初に出会った人物こと、伊東丹波。

 しばらく見ないうちに僅かに残っていた毛根が無残にも抜け落ちて、両手で撫でたくなるくらいツルッツルしてますよ、えぇ。

 


「拙者、藤五郎様がこちらにいらっしゃると聞いて城から駆けつけた次第ですが……何かありましたか?」

「あぁ、政宗様が馬から落ちちゃったみたいで、運ぶの手伝って貰っても良い?」

「な、なんと! 若様が落馬ですとっ!? これは一大事、拙者が若様を運びます故、藤五郎様は馬にお乗りくだされ!」

「おう、頼んだぜ、丹波」



 政宗様を丹波に預けてホッと一息。

 大森城にはまだ少し距離があるから、彼が来てくれて助かったわ。



「うぅ……めがまわるのじゃ……」

「どれどれ失礼をば…………おぉ、この焼けた肌に似合わず水に濡らした陶器のようなスベスベな肌触りにモチッとした膨らみ……若様も立派に成長なされましたなぁ……!」

「おい丹波、政宗様に妙なことしたら頭を血で染めてやるからな」



 政宗様をこの男に預けたのは失敗だったかもしれん……。いい歳して独身だって言うからな、道中悪さしないように見張らねばなるまい。まぁ、いい歳して独身って部分はかつての俺もそうだったから言えた義理じゃないけども。




~~~半刻後(一時間後)~~~




「ひとまず、これで良しですな! あとは呼んだ医者に見て貰いましょう」



 大森城にて七畳間の一室を借り、気絶中の政宗様を布団に寝かせた丹波が汗を拭った。



「ありがとう、丹波。俺は医者が来るまで政宗様を見張ってるよ」

「畏まった! では、拙者は殿に藤五郎様が戻られたことを伝えて参りますぞ」



 俺を迎えに来てくれただけなのにわざわざ政宗様を運ばせちゃって、彼に悪いことしたな。だけど、馬に乗せれば良いのに、ずっとおぶってたのは気に掛かるけど。



「う、うぅ……もうにがさぬぞぉ……とうごろおぉ……」

「ずっとソレしか言わないなぁ、そんなに俺を逃がしたくないのかねぇ」



 夢の中では俺を追い詰めてるらしく、政宗様は気味の悪い微笑みを浮かべていた。



「………………こうやって見ると、美人に育ったよな、ほんと」

 


 こうマジマジと顔を観る機会もなかったせいか、完全無防備な姿を晒す政宗様につい見入ってしまう。

 ボディーソープは無論、石鹸の類もあまり手に入らない環境下で、丹波が言ってたようにシミ一つ無く、きめ細かな肌を維持しているのは奇跡に等しい。それでいて、女性としては高すぎず、低すぎない身長と健康的な肉付き、現代でもトップモデルとして活躍できそうなプロホーション。

 この時代の美的感覚は知らんが、間違いなく普通の姫として生活していれば東国一、果ては天下一の美女として後世に名を残せそうなポテンシャルを秘めていると思う。

 ちょっと褒めすぎかもしれないが。



「…………って! 俺はなに主の身体を舐め回すように見つめてんだか」



 いかんいかん、普段の政宗様を知ってる俺としたことが、こんな姿に心奪われるなんて……追いかけ回された疲れが出てきちまったようだ。



「ぐへへ……とらえたぞぉ……とうごろうよぉ……!」

「あ〜あ、ついに捕まっちまったか……可哀想な藤五郎よ」



 夢の世界でも追いかけ回され、ついに捕まってしまったらしい藤五郎君に同情を禁じ得ない。俺を捕まえて政宗様は一体何をするつもりなんだろうか。どうせロクなことじゃないだろうが。



「うぐぇ……ま、まって……にげ……るな」

「あ、逃げられたんだ。やるなぁ藤五郎」



 余裕が滲んだ笑顔から一変、絶望を含んだ哀しげな寝顔になる政宗様。彼女の闘いはまだ終わってないみたいだ。



「良いぞ、頑張れ藤五郎、そのまま逃げ切れ」



 いつの間にやら、夢の中で世紀の逃走劇を演じる藤五郎を応援していた。リアルで逃げ切れなかった雪辱を果たして欲しいのか、日頃から溜まった鬱憤を晴らして欲しいのか。ついつい声援を送ってしまう。



「まって……まってくれ……! とうごろぉ……!」



 夢の中の藤五郎君は政宗様の追撃を振り切ってるっぽい。

 その証拠に焦りからか寝相が悪くなり、何かを掴もうと必死で天井に手を伸ばしていた。



「よしっ逃げろ! あと少しだ!!」



 白熱する逃走劇、応援にも熱が入り始めたときだ。



「…………わ…………われ、を…………おい……て」

「ん……?」



 政宗様が顔を歪め、



「われを…………我をっっっ!!!」

「な、なにっ!? ──ぐっはっっ!!」



 唐突に、勢いよく飛び起きやがった。

 おかげで彼女の顔を覗き込んでた俺の顔面にクリーンヒット。渾身の頭突きを叩き込まれた。



「痛っっっっってぇええええええっっっ!!!」

「な、なんじゃ!? 藤五郎は何処に行った!?」

「ここに居るよチクショーがぁっ! いきなり起きるんじゃねぇよチクショーがぁあっ!!」

「な、なんじゃそこにおったのか。ふぅ……てっきり逃げられたとばかり……ん、ならばここはいったい何処じゃ?」

「大森城の屋敷だよ!! お前が道中で落馬して気絶しちまったから、ここまで運んできたんだ」

「お、おぉ! そうなのか、藤五郎がわざわざ城まで我を運んでくれた、か……ふふ……大義であるぞ」



 油断してたらすぐコレだよ、あぁもう頭が割れるように痛ぇ……! なのにコイツは嬉しそうに照れてるし、ホントに意味が分かんねぇ……!



「藤五郎様! 医者が参ったのでお連れしましたぞ!! ……おや? お二人とも顔が紅いですが、何か良いことでもありましたかな?」

「いやなにも、むしろ嫌なことがあったばかりだよ」



 気絶してもただじゃ起きないとは、これじゃあおめおめ政宗様を看病も出来ねぇ……。もう政宗様が病気怪我で苦しんでてもソーシャルディスタンスを保っておこう、こっちの身が持たなそうだから。


 

「それと藤五郎様、殿が本殿の書斎にてお待ちしておりますぞ。早く顔を見せろと申しておりました」

「了解……ちょっと頭冷やしてから行くよ。多分デコが腫れてそうだからな」

「……? 藤五郎は何故そんなに腫れておるのじゃ? 何処かにぶつけたのか??」

「………………ご想像にお任せしますわ」



 もはや突っ込む気力も無いでござる。

 ある意味、こんな脳天気に育ってしまって羨ましさすら感じるぜ。



「んじゃ、親父のところに行ってくる。政宗様はちゃんと医者の言うこと聞いて大人しくしてなよ?」

「うむ。我も手当が済んだらすぐに向かおう、安心するがよい」

「嫌マジで俺が戻るまで大人しくしててくれ、後生だから……」



 これから親父と『家督について』大事な話をするってのに、たんこぶこさええて赴く羽目になるとはな……。波乱の予感がするぜ。





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