おやめくださいっ! 政宗様っっ!!

のららな
のららな

着陣~軍議まで

公開日時: 2020年9月13日(日) 15:49
更新日時: 2020年12月13日(日) 03:37
文字数:5,232



 既に夕刻。


 伊具郡攻略に出陣した伊達軍五千は、昨年の初陣の時、政宗様が任された後方拠点である矢野目に本陣を構えた。


 対する相馬軍は俺達の意図を察しているのか、本陣から見て南南東の冥加山みょうがやまに陣を張り、矢野目の伊達軍を見下ろしていた。

 


「今日は戦になりそうもない、かな」



 掘っ立て小屋の窓から相馬軍を覗いてみると、敵のいる冥加山は大量の篝火で埋め尽くされ、山全体がイルミネーションのように燦々と輝いている。


 恐らく俺達の夜襲に警戒しているのだろう、夜襲に備えているってことは攻める気が無いってことなわけで、俺達も篝火を増やしつつ野営地の設営に専念出来そうだ。



「明日は激戦になるんだろうな……」



 丸森、金山両城を攻めれば相馬軍が山を駆け下り伊達の背を突くのは目に見えてるので、先に冥加山の相馬軍を叩くは必須事項。場合によっては野戦が終わってすぐに城攻めが始まるかもしれないというハードスケジュール。さらに今回は大将初心者の政宗様の指揮、無茶苦茶な命令が飛び出さないことを願うばかりだが…………。



「おーい、いい加減起きろ政宗様~。陣に着いたぞ~?」



 てなわけで、急ピッチで夜営の準備が進められる中、俺はグッタリと倒れ込む政宗様の頬をペシペシと叩いた。



「うぐぇ………ゆるしてなのじゃぁ……こじゅうろぉ~」

「はぁ…………ダメだなこりゃあ」



 小十郎さんの折檻から帰ってきた政宗様は生きる屍と化していた。

 結局、着陣してからも政宗様は起きる気配もなく、本陣内の掘っ立て小屋に敷かれた茣蓙ござの上でうなされ続けている。

 


「どうじゃ、若様は目を覚まされたか?」

「いいえ、起きる気配も無いですよ」

「そうか……小十郎の奴も手荒な真似をしおる」

 

 政宗様が心配で見に来たのだろう、夜営の支度を終えた左月爺さんが掘っ立て小屋に現れた。

 


「小十郎はここにおらんのか?」

「小十郎さんは自分の陣地に向かいましたよ。なんでも「丸森城の様子を調べたいから、物見の報告を現地で待つ」だそうです」

「進軍を終えたばかりに隙のない男だ。して、お主はずっと若様に付きっきりでおったのか?」

「まぁ……この状態の政宗様を放置するわけにはいかないですからね」

「ふっ、殊勝な心掛けじゃ」



 左月爺さんが俺の隣に腰を下ろす。

 


「…………こうしてお主と話すのも五年振りになるか? 若様もお主も、実に立派に大きく育った」

「立派かどうかは分かりませんけどね、特に政宗様はまだまだ子供ですよ」

「クハハッ! えらく達観した物言いじゃな。若様の一つ下とは思えぬわ」



 そりゃあ見た目は十五でも中身は三十越えてますからね……。左月爺さんが知る由も無いけど。



「お主と初めて会った時のことじゃ。儂の言葉を覚えておるか?」

「『主従の前に、政宗様と友になって欲しい』ですよね」

「うむ…………お主が米沢に来てから、政宗様は見違えるように明るくなった。傅役であった儂や小十郎だけではあの暗い性格のままであったろう。それもこれもお主という存在が大きい、誠に感謝しておる」

「別に、大したことはしてないですよ」



 謙遜でも何でもない、本当に俺は何もしていないからな。

 ただ、一緒に遊んだり、一緒に学んだり、一緒に鍛錬したり、一緒に日常を過ごしたり……政宗様が変わったのは、本人が変わろうと努力した結果なのだ。



「さて、若様の様子は儂が見といてやろう。お主は己の隊の様子でも見に行ってはどうじゃ?」

「ありがとうございます。ちょうど夜営の作業が進んでるか心配してたとこでした」



 左月爺さんの御厚意を素直に甘えることにする。


 戦国時代の軍隊は『寄親よりおや』と『寄子よりこ』が原則。つまり一族や一門など独立した部隊を一つに纏めて『軍』にしているに過ぎない。

 仕来しきたりや軍法、戦における作法も部隊毎に異なっているのが普通であり。『大将の命令で戦う、または動くこと』以外の部隊運用に関しては、部隊を率いる武将達の差配で行うのがこの世界の一般常識だ。


 そのため、夜営の準備や戦支度が遅れたり済んでいないのは部隊を率いる者、つまり武将の責任になるので、部下や兵士達がちゃんと『仕事』をしてるかどうか見張るのも、戦場における武将の役目なのだ。



「早く行ってやるがよい。お主のそなえ(部隊)は変わり者が多いからな」

「…………そうっスね、出来るだけ早く戻ってきます」

「若様のことは案ずるな、老いたりといえど若様の傅役だったのじゃ。扱いには慣れておる」

「ハハハ……頼もしいです」



 俺は深い溜息をつきながら小屋を後にした。

 政宗様が心配だからってのもあるけど、俺がここに戻りたい一番の理由は別にある。


 今回、俺が率いる部隊は親父実元の家臣達で構成された、ヤクザ風に言うなれば『実元組』のメンバーだ。

 何十年も仙道地域に目を利かせ、伊達家の最前線を任されているこの実元組は伊達家中で最も精強かつ歴戦の精鋭部隊。そして、どの隊よりも一癖も二癖もある奴等であった。




 ────オウッッ!ドドンッ オウッッ!カッカッ オウッッ!ドドドンッ────




「この音って俺の陣地からだよな……?」



 自陣に近付くに連れて聞こえるサウンドと掛け声。


 独特な叫び声と熱狂的な合いの手によって嫌悪に似た感情が湧いてくる。あと一歩で陣地内といったところで、自然と脚が止まっていた。

 自分の陣地なのに入りたくないと、身体が拒否反応を起こしているのだ。



「や、やっぱ帰るか……見た感じ設営も終わってるっぽいし、別に監視しなくても良いだろ──」


「おぉッ!! 戻られましたかぁあ!!! 若様ァ!!!!」


「いっつもタイミング良すぎだろ……この爺ちゃんさぁ……」



 引き返そうとしたタイミングでの不意打ち、あの喧しく暑苦しい声に呼び止められた。実元組が癖のある奴等の苗床となった原因こと、滝汗ダクダクな伊庭野いばの爺さんである。



「もう陣立ては済み申したぞ!? ちょうど今から若様から教えて貰った鍛錬に励んでおりますわい!!」

「伊庭野爺……こんな周囲に轟き渡るどんちゃん騒ぎを教えた記憶無いんだけど……」

「若様に教わった鍛錬は静かすぎますからなぁっ! 騒ぎながらの鍛錬が一番ですからな!! ガッハッハッ!!!」

「迷惑この上ないな、マジで」



 この人は気付いているんだろうか? 戦場らしからぬ騒音に他の部隊が『かなり』距離を取って布陣しているという事実に……もうここだけ他と離れすぎてて孤立してるんだよな。



「ここで立ち話などせず早く陣の中にお入りくだされぇっ!! 盛り上がってますぞ!!!」



 伊庭野爺さんが陣地の中、えらく焚き火が密集した原っぱを指を差した。そこには──



「ハイもっと腕を鍛えますぞぉ~! 大石おもしを持って左右に持ち上げ、ハ~イ、ヨイショッ! ヨイショッ!」


「「「ハイッ! ヨイショッ! ヨイショ!!」」」



 な、なんだ……あの魑魅魍魎ちみもうりょうの世界は……っ! 血が上ってタコ頭になった丹波さんの声に合わせて、上半身裸のマッチョ共がキャンプファイヤーを囲んで肉々しく舞い踊ってやがる……! 百鬼夜行って言われても信じるぞ、アレ。



「なに、あれ……?」

「若様から前に教えていただいた『うえいと・とれぃにんぐ?』で御座りますよ!! 儂が皆に広めたところ流行りましてな! 今では皆! あの踊りの虜で御座いますぞっ!!」

「俺はあんな踊り教えた記憶無いんだけど……」



 かなり前、伊庭野爺さんに俺が前世でやっていた筋トレ方法(主にウエイトトレーニングや自重トレーニング等)を教えたことがあったんだが、それが今やマッチョ共が太鼓のリズムに合わせて筋トレする謎の踊りに昇華、あのあやかし達の乱舞を生み出してしまったようである。


 あぁ、安易に現代知識を広めてはダメってことですね、神様。



「さぁ若様っ! 戦の前夜で身体が鈍っては武働きに響きますぞ! 共に『うえいととれぃにんぐ』と参りましょうぞぉ!」



 グッとマッスルポーズを決める爺さんに俺はニッコリ応えた。



「全力でお断りさせて戴きますっ!!」



 すぐさまきびすを返し、逃げるように駆け出した。

 明日は激戦が予想されるってのに、こんな暑苦しい狂気に付き合えるわけがねぇ! 俺は今すぐにでも政宗様の所に帰るからなっ!!



「お待ちくだされ若様ァ!! 何処に行かれますかァア!?」

「政宗様に呼ばれてたのを忘れてただけだよ! 頼むから付いてくるなよ!!」

「畏まりましたァ! それでは儂が陣までお供しますぞォオオ!!」


「ちゃんと話を聞いてくれぇええええええ!!!」



 数時間後には将兵の怒号と悲鳴で埋まるであろう夕闇に沈む矢野目の原にて、一足先に俺の絶叫が反響した。




     ~~~翌朝~~~





(ふぁ~……眠い……)



 『三引き両紋』の大旗が風の一吹きにあわせてたなびく陣内。

 まだ月明かりも消えない早朝に松明の爆ぜる音と兵馬の声が慌ただしい。



「余り眠れなかったようですね、藤五郎殿。私の話はちゃんと聞いていましたか?」

「あ、はい……ちゃんと聞いてます」

「フッ、戦前に緊張して眠れんとはまだまだ子供じゃなぁ藤五郎よ。我はこの通り眠気など微塵も無いぞ?」

「そりゃあ政宗様は昨日あんだけ眠てたからな……ドヤ顔はやめろ」



 今は作戦の最終確認中、所謂、軍議の真っ最中である。


 戦に参陣した将達が本陣内の床几に腰掛け、間には周辺の大まかな地形が描かれた図が広がり、その図案を元に小十郎さんが各隊の配置や目標を告げ、政宗様が黙して頷く。


 軍議で話し合う内容は大雑把な決まり事くらいなもので『いつ、どの合図で敵を攻撃する』だとか『いつまでに、何処を攻め取る』だとか、至極簡単な取り決めを確認するだけのものだ。



「敵総大将、相馬そうま義胤よしたねは猪突猛進な武将です」



 よくドラマだと家臣同士が口論して大将の一言で作戦が決まる。みたいなシーンがあるけど、そんな場面は滅多に起きない。

 なにせ、この軍議が終わったら自分の持ち場に急いで戻って、部下達に作戦を伝えたり部隊の陣形や兵配置、戦支度を夜明までに済ませなければならないのだ。



「彼は必ず先陣に紛れて戦うでしょうから、私こと片倉隊をワザと手薄にみせて中に誘い込みます」



 無駄に討論が紛糾して軍議を長引かせたら、それだけ戦の準備が遅れてしまう。なので、戦前の軍議では事前に決められた作戦を黙って聞き、黙って頷き、素早く解散するものである。

 そして、戦自体も現地で戦う将達の采配が全てなので、陣形だって『広がって戦う鶴翼の陣』か『固まって戦う魚鱗の陣』のほぼほぼ二択しかない。

 


「その隙に、藤五郎殿は精兵を用いて義胤を討ち取るのですよ」

「はい、了解しました……」



 ぶっちゃけ、ここで行われてる話し合いを要約すれば、小十郎さんの以下の台詞になるのだ。



「では各々方、伊達の勝利の為に奮戦致しましょう」


「「「応っ!!!」」」



 小十郎さんの激を聞いて即座に陣から走り去る武将達。

 そう、この軍議の目的は「頑張って敵を倒そう」って当たり前の事を伝えるためだけのものなのだ!

 


「おい小十郎っ! これはどういうことじゃ!!」



 当然、この軍議に納得しない女の子が一人、口元をフグ並に膨らませてムッとしとります。



「色々思いついた作戦があったのに、我の断りも無く軍議を勝手に解散させるとは何事じゃ!!」



 この場から去ろうとした小十郎さんを呼び止め、獣の如き剣幕で政宗様が怒鳴る。



「ですから政宗様、事前に申し上げたでしょう? 大将とは本来陣にて堂々と構えているのが役目、戦は将達に任せておれば良いのです」

「嫌じゃ嫌じゃ! 我も前で戦いたいのだ! 本陣で藤五郎や爺や小十郎の活躍を聞くだけなど、我は退屈で死ぬやもしれぬ!!」

「故に、本陣守備に綱元殿を置いたのですよ。ちゃんと碁石と盤をご用意しておりますれば、政宗様はごゆるりと綱元殿と碁をお楽しみくださいませ」

「戦場で打つ囲碁も、普段と違った楽しみがありますぞぉ! 私がジックリと教えて差し上げますよぉ~!!」

「うぅ……! それも含めて色々と嫌なのじゃ!! 藤五郎も爺も何か言ってくれっ!!」



 と、最後の望みを陣を出ようとした俺や左月爺さんに託した政宗様。

 しかし、現実は常に非情なものである。



「申し訳御座らん! 儂は若様を危険な戦場にお連れすることは出来ませぬ……しからば御免っ!!」

「俺もあの人達実元組を統率しないとだからさ、もう行くわ……」

「我に味方はおらぬのかッッ!! 裏切り者めぇえ!!」



 哀れかな、政宗様の悲痛な叫びは虚しく本陣に響く。そんな彼女を尻目に俺は本陣を出た。



「藤五郎殿、先陣の役目、しかと果たしてください」

「わかってますよ……」



 本陣を出る際、小十郎様の念押しにも空返事してしまう。

 政宗様に素っ気ない態度をしてしまって申し訳ないが、こちとら初の先陣を任されて緊張で吐きそうなんだよっ!!

 ただでさえ厄介な部下を指揮しなくちゃならないし、敵と真正面から当たらないとダメになったし、もう頭がおかしくなりそうだ。



「はぁ……やるしかないのか」



 気が乗らないままに、俺は例のマッチョ共が待つ先陣へ馬を駆った。



「ぐぬぬ……仕方ない、こうなれば何としても陣を抜け出して手柄を立ててやるからなッッ!!」 



 なんか、我等が総大将の血迷った台詞が遠巻きに聞こえた気がしたけど、多分気のせいだよな。



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