おやめくださいっ! 政宗様っっ!!

のららな
のららな

政宗様を追った先で

公開日時: 2020年9月5日(土) 12:05
更新日時: 2021年2月21日(日) 04:38
文字数:3,671




「クソッ……急いでヤツ政宗様を連れ戻さねぇと……!」



 初陣早速に命令無視をかました政宗様を追って、丸森城のちょうど真東あたりに馬を駆ること三、四十分。


 当然、この辺一帯は敵である相馬方の領地。戦場から離れているとはいえ、いつ敵が襲ってくるか分からない危険地域である。


 兵を引き連れていた政宗様はともかく、単騎で追いかけて来てしまった俺は敵軍に鉢合えばただじゃすまないだろう。初陣で戦死とかマジで洒落にならん。



「今頃、小十郎さんは激怒してるしてんだろうなぁ」



 小十郎さんの姿が脳裏をよぎり身を震わせた。

 あの人は(俺に対しては)無駄に怒鳴らず、自分の非を正確に突きながら静かに怒るので余計にたちが悪い。長時間ネチネチと精神的苦痛を与えるのがべらぼうに上手く、想像するだけでも寿命が縮まりそうだぜ。



「早く、しないとなのに」



 馬を止め周囲を確認、敵どころか政宗様の姿すら見当たらなかった。

 丸森城へ向かうかと思いきや、政宗様は何故かこんな雑草生い茂る荒れ地に部隊を進め、忽然と姿を消したのだ。



「何処に行ったんだアイツ政宗様はッ!!」



 そんな遠くには行ってないと思うが……まさか、もう敵に捕獲されて酷い目(意味深)に合わされてんじゃ? 伊達家の跡取りとはいえ見た目は普通に褐色美少女なんだ。野蛮な男共に囲われたらナニをされるか火を見るより明らかだろう………妄想が膨らむな、こりゃあ。



「いやいや真面目に考えろ! 丸森城以外でアイツが行きそうな場所を当てれば良いんだ」



 ずっと「武功を上げたい!」って連呼してたんだから、手柄を上げられる所に行くはずだ。けどここは戦場からだいぶ離れてるし、目立った敵軍もいない……なら何故こっちに彼女が進軍したのか?



「待てよ、こっちに小城があったような……」



 昨晩の軍議で渡された地図を開くと、確かに丸森城の東に小さな山城があった。


 城の名は金山かなやま城。


 物見の報告では丸森城に比べて規模は小さいが、丘を丸々一つ砦にしたような縄張りで、政宗様が率いる部隊だけでは力攻めで落とせないような城だ。


 今回の戦に関係なく、ここを取っても戦略的価値もない上に味方本陣から離れすぎて孤立する可能性が高いハイリスクノーリターンな城なので、軍議でも無視するよう取り決められていたはずである。



「いや、まさかな……」



 小十郎さん曰く、城を落とすには守兵の三倍の兵力が必要だと教わった。

 小城とはいえ、金山城は五百人程度は籠もれる山城で、政宗様の率いる兵は百人足らず。到底城を攻め落とせるはずがない。

 あの部隊だけじゃ城を攻め落とすのは不可能である。


 いくら政宗様が予測不能な行動をするからって、その愚を犯すはずがないと信じたい。

 俺は『どうか政宗様が居ませんように』と祈りながら金山城に馬を進めた。


────しかし。



「ナッハッハッハ! 愚かな相馬軍め! お主らの城は今戦こんいくさで初陣を果たした奥州の独眼龍・伊達 藤次郎 政宗 自らが落としてやっぞぉおおお!!」


「………………………………マジかよ」



 俺は金森城に到着後、その場景に愕然とした。


 城の守備隊の殆ど蹴散らし狂喜する伊達軍兵士達。

 それと、本丸に翻る昇り龍の黄金旗を片手に名乗りを上げてる褐色系独眼少女の堂々たる仁王立ち。

 これでもかってくらいの彼女のドヤ顔を見詰め、俺は五秒くらい立ち尽くした。



「マジで城を落としたのか、アイツが……?」



 城内で転がってる死体は殆どが敵兵士のもので味方の死体が見当たらない。


 たったあれだけの兵力で城を攻めたこと、この短期間で攻略してしまったこと、命令無視とはいえ今日初陣を迎えたばかりの小娘が大金星を上げたことに驚愕したのだ。



(やっぱり……只者じゃないかも)



 日頃の言動(それと性別)のせいであの政宗とは別人じゃないかと疑っていたが、俺が未来で知っている『奥州の独眼龍』に違わぬ武将になるかもしれない。


 そんな期待を胸に抱きながら、俺は歓喜に包まれる金山城に入城した。



「しっかし……この短期間でどうやってこの城を落としたんだ……?」



 真新しい死体や怪我人を避けつつ狂乱の城内を進む。

 さっき通った表門も無理矢理こじ開けた様子はなく、建物も櫓も柵も燃えたり破壊された形跡もない。まるで『中から招き入れられたかのよう』であった。



「お、やっと来たか藤五郎! ノロマなお主が来る前に城を落としてやったぞ!!」



 本丸に到着するや政宗様が「どうだ! 我は凄いだろう!」とフリスビーを持ってきた柴犬のように駆け寄ってきた。



「……たしかに凄いけど、後で小十郎さんにこっ酷く叱られるぞ。なんせ持ち場を無断で離れたんだから」

「それならお主だってそうだろう? 共犯同士、共に怒られようではないか!」



 悪びれもせずかしやがって、誰のせいでこうなったと思ってんだ……小十郎さんに伝令を出してから出てきたとはいえ、俺達のせいで戦に負けるかもしれないってのに。



「フフフ、我が城を落としたのじゃ、我の手柄……フッフッフッ♪」



 俺の心配も余所に、独眼龍は嬉しさのあまりかぴょんぴょん跳ねて喜びを露わにする。

 でも、ま。こんなに嬉しそうな政宗様の顔を見るのは何年ぶりだろう。最近は武芸の稽古やら学問に精を出しまくってたからかキラキラと輝くこの顔を見るのも久し振りである。



「にしても、こんな短期間でどうやって城を落としたんだ?」

「それはな、これを使ったのだ!」



 石突を派手に鳴らして見せつけてきたのは繋がれた暴れ馬が描かれた旗。相馬方の紋で『相馬繋ぎ馬』だったっけ、戦の前に敵の旗印だから注意するよう言われてた旗印の一つである。



「それは相馬方の旗印だったような……なんでこれを政宗様が??」

「ここに来る途中で拾ってな、城方の目の前で燃やしてやろうと思ったら、奴等がこの旗を見てすぐに城門を開けおったのだ!」

「あー……そういうわけ、納得」



 政宗様が何故こんなにも速く城を落とせたのか合点がいった。


 戦場では敵味方が入り乱れた乱戦になりやすい。そのため味方が敵を、敵が味方を仲間だと見間違えることが多く、名乗りや旗印、暗号等で確かめ合うのが戦場の習いだそうだ。


 城方にすれば、戦場から離れた小城を少数で攻めてくる『馬鹿』がいるとは到底思ってないだろうし、その部隊が味方の旗を掲げていたら仲間だと勘違いするのも無理はない。そして、城に招き入れた結果あっという間に制圧された、と……。



「なんていうか……ドンマイだな……この城の人達は」



 城方も百人程度の兵力で城を制圧されるとは思ってなかっただろうに。この部隊が政宗様の護衛を務める伊達家屈指の精鋭兵で組織されていなければ落城は免れたやもしれない、運が悪かったな。



「残念だったな藤五郎、お主にやる手柄はここには無いぞ?」

「別に手柄は欲しくないが……さっさと持ち場に戻らないとマジで殺されるって」

「ふん! 小十郎とて我を咎められまい、なにせ城を落としたのだから!」



 ふんぞり返ってますけど、普通に命令無視した挙げ句この城も別に攻めなくて良い城ですからね。陣地に帰ったら小十郎さんが待っていて……



『また勝手な真似をして! 歯を食いしばりなさいッッ!!』

『いやあぁあぁあぁーーーーッ! 助けて藤五郎ぉおおおお!!』



 うん、絶対こうなるな。

 泣きべそかきながら折檻される姿が目に浮かぶ。んで、その後……。



『あれほど政宗様から目を離すなと言ったのに、成実殿も覚悟はよろしいですか?』



 あれ、なんか凄く嫌なイメージが湧いてしまったぞ…………ふぅ〜、帰る前に辞世の句を考えとかないとかな。



「さっさと帰るぞ、政宗様。今戻れば小十郎様の折檻は避けられるかもしれないからな」

「そうじゃな、帰って小十郎に自慢してやらねば……ん?」



 政宗様が城外の田畑が続く平地に何かを見つけ首を傾げた。



「なぁ、藤五郎よ」

「なんですか?」

「お主、ここに来る前に増援でも呼んだのか?」

「え? いや誰も呼んでませんけど……?」

「ならば、あの軍は何者だ?」

「軍って……まさか──ッ!?」



 政宗様の目線の先に俺もまた目を向けた。

 雲間から顔を出す陽を正面に受け、田畑を縫う畦道に沿って進軍するざっと千人余りの軍勢。


 無数の騎馬が政宗様が拾ったものと同様の旗印を背に掲げ、歩兵が引きずる槍で土煙が道の先まで昇っている。城に篭もる俺達の兵を何倍も上回る大軍がこの金山城に迫っていた。


 伊達の軍勢はここより北西の丸森城を攻めてるはず。眼下の軍が現れたのは相馬領たる南東、てことはつまり。



「「「相馬の援軍だ……」」」



 その軍勢を遠望していた伊達兵から絶望の声が充ちる。


 元々、この城は相馬の本領と伊達の主力が攻めている丸森城より奥に位置する。つまり、俺達があの敵に囲まれれば完全に孤立無援、この数では城に立て篭っても勝ち目は無いだろう。



(最悪の事態だ……速く政宗様を逃さないと……ッ!)



 当然、俺は早急に逃げる選択をする。周りの兵士達も既に逃げ支度を始めていた。たった百人足らずの部隊が数千の敵軍と戦えるはずがない。援軍なしの状況下なら、こんな小城などさっさと捨てて、逃げる決断をするだろう。実際、俺も兵士もその考えである。


 そう、ただ一人を除いては。




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