おやめくださいっ! 政宗様っっ!!

のららな
のららな

伊具郡攻略戦 後半『後半戦、開始』

公開日時: 2020年9月19日(土) 11:33
更新日時: 2020年10月4日(日) 13:57
文字数:4,799




 伊達軍の主目標である丸森・金山城の包囲戦は未だ動きが無い。しかし、冥加山と小斎砦の狭間には数千の男達が集い、空気が張り詰めていた。

 いつ天気が急変するか判らない秋晴れの空の下、この地の覇権を賭けた伊達・相馬の戦いはついに終盤戦に差し掛かる。



「なにごとぉだ? 何故、今日に限って敵軍伊達があんなにおぉる?」



 愛用の鎧甲冑と鉄軍配という普段通りの装備で、伊達軍を砦から眺めた相馬義胤が腰を抜かして驚愕した。



「よもやもよや、俺達の動きを敵に読まれたってことか?」



 隣で同じように視線を向ける真壁氏幹も、開戦を待ちわびるかのように『丸に竪三引き両』の旗印が列を成す光景に驚きを隠せない。


 佐竹軍と合従した相馬軍による奇襲。それが今日、この日に行われるはずだった作戦だ。


 しかし、伊達軍のこの動きは明らかに相馬軍の動向を読み切っていた。それは、相馬軍の情報が伊達軍に筒抜けだったということである。


 当然ながらこの事実に将どころか、兵士達にすら動揺が広がっていた。


 だが、この場でただ一人、伊達軍の動きに動揺も驚きもなく笑みを含んだ眼差しを送っている者がいる。



「僅か一日でよう兵を纏めたか……思いの外やりおるわ。あの小娘」

「まさかまさか、コレの原因は義重殿のせいじゃないよな……!?」

「なに、義重殿のせいだぁと?」



 氏幹は主君の呟きを聞き逃さなかった。

 家中随一の重臣が主君を真っ先に疑う。義胤にとっては有り得ない話だが、氏幹が疑いの目を向けたのも、この事態を何度も経験していたからだった。

 


「勘が良いな。昨日の偵察で偶然伊達の大将と鉢合わせちまってな、俺が伊達に今日攻めると其奴そやつに伝えた」

「やはりやはり……か。敵に伝えたら奇襲にならんだろがボケなす大将が」

「ハッハッ! あいや済まぬな」



 敵に情報を告げるという大失態を侵しながら、氏幹は怒るどころか呆れるはてている。


 今から数年前、とある戦で義重は夜中に本陣を抜け出して、いつものように偵察に赴いた時である。


 義重はなんと敵本陣に潜入して敵総大将とそのまま謁見。

 敵同士ながら意気投合した義重は、将兵に何も告げずに独断で和議を結んでしまうという事件をやらかしている。


 他にも、自軍にしか知り得ぬ情報を敵が知っていたり、襲撃する日程や場所を相手に知られているなど、機密事項が筒抜けなことが多々あった。


 それもこれも偵察に出た際に敵と出会い、義重がその者を気に入れば、正々堂々と戦いたいという願望の為だけに自軍の情報を教えてしまうという。『鬼義重』の名を関東に轟かせる佐竹義重という男は、味方かるすれば非常に厄介な性格の持ち主だったのだ。



「な、なんでぇすとッ! なぜそんな真似ぇを!?」

彼奴政宗が見所がある若大将だったから──で、理由にならんか?」

「ならんならん、まったくはた迷惑な大将だ」



 口をあんぐりと開けて立ちすくむ義胤。

 呆れ気味に溜息をつく氏幹。


 奇襲が悟られてる時点で相馬軍の作戦は失敗しているようなものだが、何事も無かったように義重がパンと手を打ち鳴らした。



「過ぎたことはしょうがなかろう。予定の時刻は過ぎた、佐竹は打って出るぞ!」

「まぁまぁ、やるしか無いわな」

「はぁ~……先行きが不安すぎるぅぞ」



 相馬と佐竹による奇襲作戦は、始まる前から既に沈み行く泥船の様相を呈していた。

 



 ~~~冥加山の麓にて~~~




「で、相馬軍は本当に今日攻め来るのだろうな?」



 急遽張られた鬼庭隊の陣内。今日限りの援軍に来た左月爺さんが椅子に腰掛け、しきりに草摺を指で叩いた。


 敵が来るとは言っても丸森、金山両城の包囲は続けなければならない。てことで、二つの城は小十郎さんと元綱さんに任せて、左月爺さんの部隊だけが本陣に舞い戻って来たのだ。



「急に呼ばれて来てみれば、敵が今日攻めてくると自ら告げたなどと、たわむれにも程があろう。一体誰が素性も知れない敵の話を信じようか」



 一ヶ月に渡る丸森城との睨み合いでストレスが溜まってるらしい、左月爺さんは普段見せない貧乏揺すりでガチガチと甲冑を鳴らしていた。

 


「そう言われましてもね……現にウチらの大将が「絶対に敵が来る」って疑ってなかったですから……」

「…………ふん、政宗様の命なら仕方ない。本陣が落とされては一ヶ月の包囲が水の泡じゃからのぉ」



 渋々といった感じで納得はしてくれたが、やはり本心は疑念で一杯なんだろう。

 そりゃあ当然か、昨日出会った謎のおっさんの発言がソース、俺だってまだ本気で信じてる訳じゃない。

 が、アレだけ真剣な表情で『敵は来る』って断言されたら何も言い返せないってもんだ。



「うむ、集っておるな。藤五郎と爺や」



 噂をすれば、陣幕を潜って姿を見せたのは自慢の黒漆塗五枚胴に身を包んだ政宗様。だけど、普段と様子が違う。

 何かと騒ぎまくる普段と違って恐いくらいに静か、というか落ち着き払っているのだ。

 

 

「もうじき敵が打って出てこよう。二人とも、備えを怠るでないぞ」

「承知しておりますぞ──しかし、若様が昨日まみえたという相馬者は恐らくただの斥候、物見如きの言を信じるのは如何なものかと存じまするが……」

「我はそうは思わぬな、奴等は必ず攻めてくる」

「それ、この際だから聞いとくが何を根拠に言ってるんだ? 妙に自信満々だけどさ」

「根拠じゃと? そうじゃな……強いていうならば」


 

 その時。小斎砦方面の野鳥が一斉に飛び立ち、こちらに向かって追い立てられるように慌ただしく飛来した。



「我の感、じゃな」



 そう、政宗様は前より少し長くなった髪を風に委ねながらニヤリと微笑んだ。

 野鳥が逃げるように騒がしくなる理由は二つ。

 一つは地震などの災害が起こる前兆。そしてもう一つは大勢の人間が居る、もしくは移動している時である。



「「「相馬軍が動きましたぞ! まっすぐ尾根を越えてこちらに進軍中っ!!」」」



 カンカンカンッ! と冥加山の本陣から敵の接近を報せる警鐘が鳴らされた。敵襲来によって冥加山全体に緊張が駆け巡る。

  


「我はもう本陣に戻るから速く準備するのじゃぞ~」



 最後まで凜然と立ち振る舞ったまま、政宗様は頂上にある本陣に戻っていった。事前に戦闘の準備を済ませていたから、兵士達が取り乱すことはない。

 しかし、俺と左月爺さんは政宗様の秘めたる慧眼にただただ驚嘆するしかなかった。



「儂は今まで、若様の器を図り損ねていたのやも知れぬな……」

「時々政宗様のことが分からなくなりますわ……」



 子供のように危なっかしい性格と、今みたいに達観した振る舞いのギャップよ……もうどれが本物の政宗様なのか分からなくなってきた。



「まぁよい……若様が申された通り藤五郎も速く自分の隊に戻るといい。あそこは今日の若様と違って騒がしいだろうからな」

「そうっすね、速く戻ります」


  

 言われるがまま左月爺さんの陣を出る。

 未だ騒ぎが収まらない野鳥の群れと逆行するように、俺は急ぎ成実隊の元に向かった。

 


「と、藤五郎様! 大変でございますぞ! 若様の申された通り敵がこちらに迫っております……っ!」

「ガッハッハッ! 敵の謀だと疑ったが誠に来るとはなァ! 日時を示し合わせての戦とは、懐かしいものですわいッ!!」

「こっちは……相変わらずそうだな」



 左月爺さんと予想通り、成実隊のマッチョメンは相馬軍襲来の慌てていた。といってもネガティブな意味じゃなくて『久々の戦闘で血湧き肉躍る!!』的なニュアンスの狂乱である(約一名を除いて)。



「皆聞いてくれ、俺達は鬼庭隊の援護する役割になった。乱戦にならないよう適度に敵と距離を取りつつ相馬軍と当たる」



 初日と違って今日は敵の侵攻を食い止める本陣防衛戦。

 本陣と言って侮るなかれ。冥加山は記録上『山』なれど、この長陣により暇を持て余した兵士諸君に改修され続けた結果、城塞と呼べる軍事施設に変貌を遂げていた。


 特に小斎砦方面の片側は麓から本陣に続く山道を二つに絞った。俺達、成実隊・約四百名が守るからめ手と、左月爺さんの兵士・約千五百名が守る大手口、その二点を守り抜きれば実質上こちらの勝ちである。


 今回の場合は兵数の多い鬼庭隊が布陣する大手口が激戦になるだろうから、少数精鋭の俺達は裏を守りつつ、鬼庭隊の危うそうな備えを救援するという立ち回りになるだろう。



「──てな感じで、ただひたすらに義胤を追い駆けてた前回と違って柔軟な対応が必要だ。気を引き締めていこう」

「此度は後陣でございますかァ! 久方のいくさゆえ! 派手に暴れたかったのですがのォ!!」

「拙者は安心しました、毎度先陣では弓を使う機会も少ないですからなぁ。腕が鳴りますぞ!」



 長いこと待機させっぱなしで厭戦えんせん気分だったこともあり、反動で士気が爆発的に上がっていた。この分なら戦に支障はないだろうと安堵した矢先だ。



「「「敵が見えたぞっ!!!」」」



 再度、物見の警報が激化する。

 目を凝らせば橙色の旗をズラリと並べる一団が尾根の頂上にひしめきあい、山に沿うよう横一列に兵馬を並べていた。

 体勢が整い次第に突撃する。俺にはそうおどし掛けているように見えた。



「突撃するぅぞぉ~、冥加山を奪い返して伊達を蹴散らしてくれぇ~ん」



 相馬軍中央の一騎が真っ先に尾根を下ると、後続も彼に続いた。

 あの騎馬武者を間違いない、相馬義胤本人だろう。自身をやじりに例え鋒矢ほうしの陣形にて一文字に突撃する様(さま)はまさしく、強弓より放たれた飛矢の如くである。


 

「来るぞっ! 槍衾やりぶすまを敷け!!」


 俺達から見て左前方。馬上の老将・左月爺さんが前方の槍隊に命じて、突撃を敢行する相馬隊を邀撃するべく長槍を針鼠のように並ばせた。

 騎馬突撃に対抗する常套手段。横一列に無数に張られた槍衾に付け入る隙は無く、奥州一の騎馬軍団であろうと突破するのは困難だ。

 だが、相馬軍の進撃速度は緩むところか益々速度を増していた。騎馬隊だけが先行して歩兵との距離が広がっていく。



「槍衾など想定済みよぉう。その程度で防げると思ぅなっ!」



 接触まであと僅かといったところで、義胤は突如として馬体を真横に翻した。



「あれは……?」



 義胤が円を描くように旋回すると、付き従う騎馬も同じようにクルクルと周回して輪を形成した。よく目を凝らせば、騎馬は得物を弓に持ち替え、矢をつがえている。



「──っ! まさか……!」

「よぉし今ぞ、一点目掛けて射かけぇ~いっ!!」



 義胤が槍衾の一人を射貫くと、回転したままの騎馬隊から放流された水流の勢いで矢が放たれた。


 平安の頃より伝わる弓術の一つである『流鏑馬やぶさめ』は鉄砲の登場で廃れてきたものの、日頃から野馬追で練兵していた相馬軍にとっては未だ主力の戦法である。特に、今のような突撃の寸前に至近距離で矢を撃たれて怯まない者などいない。


 集中的に降り注がれる矢雨に怯み、大きく乱れた槍衾の隙を義胤は見逃さなかった。



「我に続けぇ、突撃ぃだ!!」



 弓から例の鉄軍配に持ち替えると、相馬の騎馬隊はくさびを打ち込むように乱れた箇所に突入した。


 

「ぬぅ……ぬかったか」


 左月爺さんは歯軋りした。

 槍衾は長槍の構造上、一度突破されれば内部から崩され、その効力を失う。

 乱れきった鬼庭隊の前衛に遅れてやって来た相馬の雑兵が容赦なく襲い掛かった。



「ま、まずいですぞ、鬼庭隊の槍衾が破られましたぞ!」

「情けない奴等じゃなァ! 容易く付け入られるとは『良直よしなお(左月爺さんのいみな)』の奴も老いたかァ!!」

「早くも俺達の出番……かな」

 

 

 この戦の主軍である鬼庭隊を見捨てるわけにいかない。

 俺は馬首を鬼庭隊に向け、したぐらを蹴って命じた。



「兵を半分に別ける。伊庭野爺はここに待機、俺は直接鬼庭隊の援護に行くから丹波も付いてきてくれ!」

「ハハァッ! お気を付けくだされ若様ッ!!」

「あれ……今、拙者の名前も呼びましたか……?」



 戦に関して経験豊富な伊庭野爺に任せておけばこの場所も安心だろう。



「行くぞっ! 本陣を守り切るっっ!」

「拙者は弓で戦うのでは無かったのですかぁ! あー! お待ちくだされぇ藤五郎様ぁあ~!!」


 俺は丹波ら弓兵と手勢を連れて、一目散に駆け出した。



 




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