戦場から離れた矢野目ノ原。
開戦初日に戦場となったこの場所を五十騎余り引き連れて、顔まで覆った漆黒の鎧兜と、長巻と見紛そうな長刀を上下に揺らす佐竹義重は冥加山を見上げ、ほくそ笑んだ。
「敵はおらぬ、予想通りだ」
戦局は義重の思い描いていた作戦通りに進行していた。
戦場となる小斎砦から冥加山の間は細い扇状地で、合戦が行われる場所はススキに塞がれ見晴らしの悪い『扇央』の地形。山頂からはともかく、麓からの視野では矢野目の原まで目は届かないと、昨日の斥候にて確認済みであった。
この場所に相馬軍の主力が出陣すれば扇央に伊達軍の目を引きつけることが出来る。その隙を義重自らが裏をつき、手薄となった冥加山の背後を少数精鋭たる佐竹軍が強襲する。
これこそが相馬に加勢した関八州に名を轟かせる『鬼義重』こと、佐竹義重の描いた作戦である。
「昇るぞ、迷わず一気に駆けよ」
禿上がった冥加山を一気に駆け上る義重の一団。途中、山道にて巡回中の伊達兵と鉢合わせるが。
「な、何者じゃ貴様──うぎやぁあッ!!」
「誰も討つな、打ち捨て行くぞ」
雑魚には目もくれぬと言わんばかりに馬脚で弾き、真っ直ぐ伊達本陣に直行する義重。
流石に伊達軍にも敵だと気付かれ、本陣襲撃を報せる笛が一斉に鳴らされた。
「敵襲だと……? 後ろかっ!?」
当然、政宗の耳にもその笛の音は届く。
政宗は急ぎ笛の鳴る西側に目を向けると、砂塵を巻き上げながら猛然と突き進む騎馬隊が目に入った。
「何としても食い止めろっ! 政宗様のもとには行かせるなっっ!」
「ふむ、敵に名が知られていないというのは案外楽しき事よ……なッ」
義重が纏う特異な甲冑姿は、主戦場たる関東では誰もが知るものであり、近頃は義重自らが前に出ても敵が戦うのを避けるということが当たり前になっていた。
それもこれも、彼の武勇が桁外れだからである。
「「「お、俺達の槍が一瞬で……ッ!?」」」
「雑兵が俺に槍を突き出すとはいつ振りだろうかな、実に愉快だ」
義重は進路を塞ぐべく突き出された数十本もの槍衾を、かの軍神・上杉謙信から譲り受けたと伝わる名刀『備前三郎国宗』によって全て粉砕して魅せた。
瞬く間に槍と戦意を失った伊達兵を尻目に、義重は心を弾ませながら馬脚を速める。
「あの武者は……もしや」
全身を鎧で隠した形姿なれど手勢を率いる者が何者か、政宗はすぐに理解した。
勢いに乗る義重の騎馬隊を止められる者は居ない。そう思える程に彼等の進撃は凄まじい。
「昨日の礼に参ったか、律儀な男じゃな!」
政宗は笑っていた。
僅かな兵で本陣に殴り込み、大勢の味方を一薙ぎで斬り伏せる剛勇と武略に対して臆するのでなく、むしろ『あのような者と、一戦交えてみたい!』という好奇心が勝ったのだ。
「この現状を下に伝えれば混乱を招こう。我らだけで奴を出迎えるぞ、支度せいっ!!」
政宗はすぐさま陣隅の具足に着替える。
一つ一つの防具を着ける度に騒音は大きくなり、彼女が陣幕をくぐる頃には刀を杖のように頼り立つ義重が眼前に居た。
「お主、顔は分からぬが昨日のオジさんじゃな? 昨日の今日で礼に参るとは殊勝な心掛けじゃ」
「お礼をするなら早く来るに越したことは無い故な──それより、お主が本当にあの『伊達政宗』なのか?」
「そうじゃが、何がおかしい?」
「いやなに、伊達の跡取りが『小娘』という噂は前々から耳にしていた。昨日の出会いも偶然だったもんで、実元の倅をおちょくったつもりだったのだが……眉唾な噂と思いきや、案外馬鹿には出来ぬな」
二人の会話が続く中で、周囲の兵士達が着々と武器を構え間合いを計っている。
佐竹軍は五十騎、兵数は本陣守備隊の方が遥かに多い。
「茶番はよい。本音を言えば下の戦が片付いた頃合いに我自ら突撃して大いに暴れてやろうと思っていたのじゃが……余計な手間が省けたぞ」
「ほう……本陣まで迫られてるのに逃げる気無しか。小娘と侮ったことを詫びよう」
両者とも利き手を掲げて。
「お主の器を見定めてやるぞ、小娘」
「フッ、我の器を計れると思うな」
同時に振り下ろした。
「「「うぉおおおおおおぉッッ!!」」」
両軍が互いの大将目指して一斉に襲い掛かり、本陣周辺の台地は刀槍入り交じる乱戦と化す。
そんな中、伊達の兵士達は当然のように一際目立つ義重に刃を向けた。
「「「あの長刀の偉丈夫を狙えっ!」」」
真っ先に狙われた義重、数で優る伊達軍が勢いそのままに佐竹軍を呑み込むかと思われた。
「うむ、この感覚は久方ぶりだ」
──だが、義重は長刀を鞘に収めたまま振りかぶると。
「坂東太郎の一振り、受けた事を末代まで誇るがいいぞ」
義重の横薙ぎの一閃で群がる雑兵が高々と舞い、まばらに落ちる味方の有様に伊達の兵士達は顔を青ざめた。
今は昔、関東一円を支配下に置く北条との戦にて、家督を継いだばかりの義重は劣勢で怯む味方を鼓舞すべく自ら敵に突撃、瞬く間に七人もの敵を斬り伏せたことがあったとう。
『坂東太郎』の異名通り、彼の武は常人のソレを越えていた。
「どうだ、かなりやるだろう? 小娘」
「…………確かに、化け物のような武じゃ」
長刀を悠々と肩に乗せて不敵に嗤う義重に対して政宗は怯える味方を見やり、フッと息を整えた。
「だからなんじゃ、我は奥州を統べ、天下に飛翔する独眼龍・伊達 藤次郎 政宗なるぞッ! この程度の脅威に臆する我ではないッッ!!」
戦場の雑音を掻き消すような政宗の清音から放たれた大言と見得に、伊達の兵士達は自身を蝕んでいた恐怖心が和らぐのを感じた。兵士達の下がりかかった刃先が再び義重を向く。
(虚勢だろうが檄を飛ばし、震えながらに立ち向かう……か)
彼女の脚が小刻みに震えていることに気が付き、義重は感嘆した。
そして、うら若き伊達の跡取りが将来、佐竹に仇成す存在になるかもしれないと、一抹の不安をも感じたのだ。
(ヤツとの約定を破ることになるが、この『厄災』は取り除くべきかもしれない……な)
義重は親衛隊に政宗を取り囲むように命じる。この場にいる親衛隊は鬼義重と数多の戦場を共にした男達、義重に劣らずとも、それぞれが猛将に比する武勇を兼ね備えていた。
「「「政宗様っ!!」」」
「「「させぬぞ、伊達の弱兵が」」」
政宗を取り逃がさないように、何人にも邪魔されないように囲い、輪の中には義重と政宗だけとなった。
「しくじったな小娘よ。昨日俺を『実元の倅』と共に二人掛かりで討ち取っておれば、こうはならなかったろうに」
「そうじゃな……お主を討つのが一日遅れてしまったぞ」
「この期に及んで口が減らぬか、やはり、ここで仕留めた方がよさそうだ」
義重は長刀の鞘を抜いて迫る。ジリジリと円際に後退る政宗。だが、ふと耳をピクリと跳ねた政宗は「フッフッフ……やはり来てくれたか」と不敵な笑みを溢した。
「フッフッフ……待っておったぞ、藤五郎よ」
「────なに?」
「「「おい、これ以上先に行かせるなっっ!!」」」
囲いの一部が唐突に慌ただしくなるや、次の瞬間、徒の若武者が輪の中に乱入した。
「邪魔だ退けッッ!!」
佐竹家でも指折りの武を有するはずの親衛隊が突破されたのである。流石の義重も動揺を隠せなかった。
「政宗様を……殺らせはしないッ!!」
薄緑の陣羽織に緑色の星兜、大薙刀を携えた藤五郎こと、伊達成実が鬼義重に肉薄しようとしていた。
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