「全軍、囲みを抜けるぞ。者共続けぇえいっ!!」
義胤を先頭に錐のような鋭い陣形で包囲網を突き破る相馬軍は、勢いのままに伊達の備えを肉薄した。
総大将自らが先陣に加わり戦う軍法の利点は、兵士達に細かい命令を下す必要が無いことである。
長尾景春や太田道灌が足軽による集団戦術で関東を暴れ回った時代から百年を越える月日を経て、鉄砲などの新兵器が普及した戦国後期においてもなお『寄親・寄子』を主とした封建制で成り立っている武士社会では、全兵士を思い通りに動かすことは不可能に近い。
だが、兵を指揮する大将が常に前で戦をするならば話は別だ。
兵士達は命令や作戦を知らなくても、自分の大将が掲げる馬印や『相馬暴れ馬』の旗印に追従して戦えばいい。
かつて、この戦法を用いた越後の上杉謙信が『軍神』と崇められるほど無類の戦上手だったのも、彼が持ち得る天性の戦術眼と武勇、そしてこの至って単純な軍法を徹底して自軍の兵士に叩き込んだからだ。
「よしっ、危機を脱せたかぁ~?」
義胤を目標に相馬軍による雪崩の如き進撃は、いとも容易く伊達の包囲を突破してみせた。
単純であるからこそ義胤が討たれたり、判断を誤れば壊滅の恐れもある諸刃な軍法。
それでも、祖父や父から受け継いだ武勇と長年蓄積された戦場での経験により、義胤はこの戦い方を上手く使いこなしているのだ。
「このまま伊達から距離を取って立て直す。皆、遅れるでないわぁ!」
敵陣から逃れた安堵からか、その場に留まって兵の収集を計る義胤。と、彼から見て左方のとある一団が小休憩を挟んだ義胤に迫り来ていた。
「逃がすかよッ! 相馬の大将ぉおおおおッッ!!」
「な、なにぃ! お、お主はさっきのッッ!?」
そう、義胤が先程、嘲笑の元に目もくれなかった大薙刀の若武者・伊達成実の軍勢である。
~~~~~~
「見えましたぞォ! あの馬印は間違いない! 相馬義胤の物じゃァ!!」
「アレが敵の総大将、本当にこんな前線で戦ってるのか」
伊庭野爺の大太刀が差した先には馬を止め、口髭の男が何やら色々と指示を出してる相馬義胤の姿が見えた。
ふと、小十郎さんが出陣前に立案した作戦が頭をよぎる。
『敵総大将、相馬義胤は猪突猛進な武将です。彼は必ず先陣に紛れて戦うでしょうから、私こと片倉隊をワザと手薄にみせて中に誘い込みます。その隙に、藤五郎殿は精兵を用いて義胤を討ち取るのですよ』
「小十郎さんの作戦通りになるとはなぁ……やっぱ鬼の小十郎はすげぇ」
感心している暇はない。
幸いにも敵はこちらに気付いていないから、電光の如く不意を突けばこの大薙刀で仕留められる。
「雑兵は我等が食い止めますぞォ! 存分に義胤と打ち合いなされィ!!」
「おう、行ってくるッ!」
俺は勢いよく飛び出した。
得物の感触を確かめるように指で遊び、クルリと肩を回した。
(よし、殺れる)
義胤の表情や汗すら見える所まで来たとき、俺は声を張った。
「逃がすかよ、相馬の大将ぉおおおおッッ!!」
「な、なにぃ! お、お主はさっきのッッ!?」
奴の回りには馬廻りが三人だけ、その外はまだ小十郎さんの軍から抜け出せていないようだ。
「「「させぬぞッ!!!」」」
それでも義胤を含めて四対一は流石に俺でもキツい。馬廻りの相手をする隙に逃げられては元も子もないなかな。
どう立ち回るか思案していたその時、何かが俺の左右を掠めた。
「なっ!」
「ぐぁっ!」
「にぃい!」
瞬く間に義胤を護る馬廻りが一掃される。彼等の喉元は一本ずつ、矢が突き刺さっていた。
「義胤を討ち取ってくだされ、藤五郎殿ぉ~!!」
「そんな芸当できたのかよ、ちょっと見直したよ丹波さん」
矢を三本同時に射った芸当もさることながら、それらを全部喉元に当てるなんてチート級の弓の腕じゃねぇか。これが伊達家最強と讃えられる実元組の面々か、この人達を上手く扱えるように、俺もまだまだ成長しないとだな。
「貰ったぞ! 義胤ぇえええええッッ!!」
馬の疾走を勢いに、流れるような横薙ぎを義胤に繰り出した。斬撃は確実に義胤の胴を捉えている。
「かぁ! なんのこれしきぃい!!」
「な、何っ!?」
キンッと耳を劈く金属音が鳴り響く。彼が持つ軍配が俺の攻撃を防いでいた。
「クソッ、なんで切れない……っ!?」
「これは相馬の鉄軍配だぁ、そんじょそこらの刃では届かぬぅわ」
俺の初撃は軍配の面で完璧に防がれた。
俺は馬首を翻して対峙すると、義胤は口髭を整えながら怪訝な顔を向けていた。
「お主、まさか備前を倒したのぉか~?」
「あぁ、そうだが」
「あの備前をな、奴の一族は十代に渡って我が家に仕えておったのだ。よもや十代とも我が家のために『討ち死』するとは……これも血の定めというものぉか」
深く溜息をつくと。
「備前の仇ぃ、取らせて貰うぞ」
今度は向こうから馬を進めて軍配を高々と掲げるや、落雷の如き一撃が頭上に降り注いだ。
「クッ、重い……ッ!」
義胤の鉄軍配が想像以上にズシリと重く、柄で防いでも衝撃が腕に染み渡る。まともに喰らったら骨の髄までたたき折られそうな重撃に両手が痺れるぜ。
「だけど、この程度なら問題ねぇなッと!」
攻められっぱなしは趣味じゃない。俺は馬を少し後方に下げて距離を取った。
大薙刀のリーチを活かして鉄軍配の届かない中・遠距離から斬撃を放てば、義胤は防戦一方にならざるを得ない。
「──っのお! や、やりおるぅお主」
「っし、あと少しだ」
少し距離を取ったぶん攻撃が当たりにくいが、それでも着実に追い詰めてる。こっから押しまくれば討ち取るのも時間の問題だろう。
「なぁ~、久々にやりにくい相手だぁ~。お主の名を聞かせては貰えぇぬか?」
「伊達 藤五郎 成実。それが俺の名だよ」
「ほぉ! もしや実元殿の嫡男か! なるほど強いはずだぁな」
納得したように一笑するや、義胤は顔を伏せて腰の太刀を抜いた。
「──ならば手加減は無用だな。相馬重代の家宝である『信田身の太刀』にて、貴様を刺身にしてくれよう──ぞ?」
再び顔を上げた義胤からは笑みが消えていた。
鉄軍配と太刀を両手に構え、胆が冷え入りそうな不気味な迫力を醸し出す。どうやら奴さんは本気モードらしい。気を引き締めて掛からないとだ。
「行くぞ」
得物を八の字に構えて馬を蹴る。どんな攻撃が来るか判らんが、総大将を討ち取る絶好機、逃すつもりはない……!
「──っ! むむむ!? 何じゃあアレは……?」
ズサァー! と、急に馬を止めたかと思いきや、義胤は何やら上の方を凝視する。
「ほほぉ……そういうことか。よもやここまで策略に嵌められるとはなぁ」
「はぁ……?」
そして、何か合点がいったらしく感心したように得物同士を打ち鳴らして頷いた。もちろん、俺は何のことだかサッパリである。
「「「殿っ!! 助太刀致しますぞっ!!」」」
「チッ……時間を掛けすぎた」
丹波や伊庭野爺の足止めも虚しく、続々と馬廻り共が義胤の元に集い始めた。が、義胤は馬廻りのことを気にも止めずに鼻で笑った。
「と、殿……? 如何なされましたか?」
「一旦、『小斎』の砦まで下がるぞぉ~、立て直すのだ」
「「「は、はぁ……?」」」
俺もそうだがポカンとする馬廻り達。
小斎とは冥加山の東北東に位置する相馬方の小規模な砦である。冥加山の本陣を捨てて、何故そのような場所に行くのかと疑問に思ってることだろう。俺もまた意図が分からず困惑していた。
「もはやこの場は死地じゃ、一刻も早く脱出せねばぁ~な」
義胤は懐から笛を取り出し、ピィーッ! っと甲高い音を周囲に響かせた。
すると交戦を続ける相馬兵が堰を切ったように伊達の包囲を抜けて、我先にと義胤の元に集まってきた。
「相馬の兵に告ぐ、我は小斎に向かうぞ!! 早々に駆けよっ!!」
「ま、待てっ! 逃げるなっ!!」
だがしかし、相馬のほぼ全軍が集合しては俺とて距離を取るほかない。
追撃しようにも成実隊の皆は殆ど散り散りだし、俺は逃亡する相馬義胤の背を目で追うしかなかった。
「クソッ、あと少しで討てたのにな」
「構いませんよ、藤五郎殿」
「え、な!? 小十郎さん??」
いつの間にか、俺の真横に小十郎さんが馬を並べていた。険しい表情で一点を見つめながら。
「相馬が逃げた方向は小斎のようですね、ならばこのまま金山城、及び丸森城に向かいましょう」
「はい……でも何でアイツらは急に本陣まで捨てて逃げ出したんですかね」
「それは、アレを見れば分かりますよ」
「アレ……?」
小十郎さんが静かに指を差した場所は、相馬軍の本陣がある冥加山だった。
「あれ……って……まさか」
冥加山の頂上にデカデカと打ち立てられた『昇り龍』と『日の丸』の大旗が翻っていた。
そもそも旗印は持ち主の現在位置を示す物であり、あの二種類の旗の持ち主は朝方に「出陣させろ!」と喚いていた女子の旗印であった。
「なんで、アイツがあそこに居るんだ……?」
気のせいだろうか、今確かに『ハッハッハッ! どうだ本陣を落としてやったのじゃあぁ!!』というアイツの声が気がした。
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