おやめくださいっ! 政宗様っっ!!

のららな
のららな

伊具郡攻略戦 前半『初戦を終えて』

公開日時: 2020年9月17日(木) 13:16
更新日時: 2020年10月2日(金) 00:17
文字数:3,124





  ~~~一刻(二時間)程前~~~




「まだまだですなぁ、政宗様」

「ぐぬぬ……少しは手加減せい綱元! まったく勝てる気がせぬのだぁ!!」

「まだまだで詰めが甘いでなぁ、政宗様? ささ、もう一局……」

「嫌じゃ! もう囲碁は飽いたのじゃ!! 我を出陣させるのじゃあ!!!」



 小十郎殿や成実殿達が出陣してからすぐのこと。

 わたくし、鬼庭綱元の目から見ても、伊達本陣の様子は平穏のそのものです。



 久々に政宗様と差す一局は『愉しい』の一言に尽きまして、(本人は気付いてなさそうですが)この短期間に私を何度かヒヤリとさせる一手をお打ちになられる、大変面白き碁をなされる御方だと思いました。


 これは将来有望、これから教え込めば良き棋士となれると確信致したところでございます。



「小十郎殿から政宗様を「見張って欲しい」と申し受けられておりますから、それは承服致しかねますねぇ」

「ならば問題は無いぞ。綱元が我と共に本陣を出て戦えば良いのじゃからな! 小十郎は我を『見張っていろ』と言ったのじゃ。「本陣を出て戦わせるな」とは言っておらん」

「なるほど、至極もっともな屁理屈。小十郎殿が日々頭を悩ませるだけはありますなぁ」

「フッフッフ、そうであろう? そうであろう!」



 わたくし的には若干皮肉のつもりで発言したのですが、政宗様はとても純粋かつ素直に育ったようですね。この無邪気な性格のまま、真っ直ぐに育って欲しいと願うばかりです。



「で、どうじゃ? 綱元も我と共に出陣するのは??」

「出陣よりもここで碁の研鑽を積むが、今後の政宗様にとっても、棋士としても有意義なものとなりますよ?」

「むぅ……さっきも言ったが我は囲碁は飽いたのじゃ。それに棋士になどなりとうはないぞ」

「そうですか……困りましたねぇ……」



 ふと、昔の話を思い出します。

 政宗様を一流の棋士にすべく私の持てる知識を駆使して教え込もうとしたのですが、無理強いしたせいか、政宗様が私に近寄らなくなってしまった時期がありました。


 ここで、あの時のように無理強いして囲碁を本当に飽きられてしまったら、それはとても悲しい限り。やはり、政宗様のやる気を出させるのが先決でしょうか。



「ではこうしましょう。政宗様が私に碁で一度でも勝てたら『本陣を別の場所に移動させる』というのは? 本陣を移動させるのであれば、出陣したことにはなりませんからねぇ」

「おぉ! 確かに、それは名案じゃな!!」



 これは確かに、我ながら名案ではないでしょうか。

 これで政宗様は全力で勝ちに来ることでしょう。一局に時間を要する碁なら、できる限り時間を掛けて打てば戦が終わる頃まで政宗様を本陣に引き留められる。実に良案で御座います。



「よし、我の本気を魅せてやるぞ、覚悟するのじゃぞ綱元!!」

「はい、お手柔らかにお願いしますねぇ」



 盤を挟んで向かい合いますが、言葉通り政宗様の表情は本気のよう、良き勝負となる予感です。



 しばらくして。



「どうだ、これで仕舞いじゃ!」

「…………ありませんね、よもや本当に私が負かされるとは……」



 政宗様の指先からパチンッ! と、静寂を破るかのような石の音が私の敗北を告げました。



(本当に負けてしまうとは……小十郎殿、申し訳ないぃ)



 先程までとは打って変わり、政宗様の一手一手が意思を持っているかのように私を追い詰めて、ついにはたった一局で私を越えてしまったのです。

「出来るだけ時間を稼ごう」などと驕ったのが私の敗因でしょう。



「さぁ、勝負に勝ったのじゃ! これより陣を変えるぞ!!」

「畏まりました、武士に二言はありませんからね」



 しかし、長く研鑽を積んできた私に勝ったことは事実、やはり、私の目は正しかった。

 この御方は必ずや天下に名が轟く名棋士となれるでしょう。惜しいかな、彼が伊達家の跡継ぎで無ければと、不謹慎ながらそう思えてなりません。



「ところで、どちらに陣を変えられますかな?」

「そんなもの、一つしかなかろうて!」



 盤上から黒石を手にした政宗様は戦場図を一通り眺め、勢いよく叩きつけました。



「我等の本陣は『冥加山』じゃ、敵の本陣を一気に叩く」

「冥加山……それは些か危険ではありませんか?」



 本陣に残る兵数は僅かに千人余り。それで敵本陣を強襲するのですから、正気とは思えない無謀な一手。ですが、政宗様はニヤリと笑みます。



「敵将・相馬義胤は猪突猛進の将、常に先陣を切って戦う猛将だと聞いた。ならば小十郎達が金山城に行けば、敵は必ず山を降りて戦うはずじゃ。となれば冥加山の敵本陣は手薄になろう? この隙を逃す手はないぞ!」



 堂々、己の策を言い切った政宗様の瞳は曇りがありません。

 無謀な一手でありますが、場合によっては戦を速く終わらせられる、面白き一手になるやもしれない。



「行くぞ、藤五郎達よりも武功を上げるのじゃ!!」

「畏まりましたぁ、政宗様」



 政宗様は近侍きんじに陣払いを告げるや、放たれた矢の如く本陣を後にしました。


 はたして、政宗様はほぼ無人となっていた冥加山の相馬軍本陣をあっという間に制圧せしめ、歓喜の大音声を上げました。


 そこで私は改めて、初陣にて少数ながら金山城を奪い、敵の増援を足止めした軍略は偶々では無かったのだと、政宗様の才覚に再度驚かされたのです。




       ~~~~~~




「おう遅かったではないか。下での囮はご苦労だったぞ? 藤五郎、そして小十郎よ!」

「お前なぁ……勝手に出陣して敵本陣を落とす総大将が何処に居るんだよ」

「出陣はしておらんし敵本陣も落としておらぬぞ? 陣をこの場所に移しただけじゃからな!!」



 先程まで相馬軍の本陣があった冥加山の中腹。

「ニッシッシ!」と喜びのピース(昔俺が教えた)で俺達を出迎えたのは本陣を落とした張本人である政宗様であった。

 それと、隣に佇み明後日の方向を見やる今回の『お目付役』に、小十郎さんが怪訝な視線を送る。



「その出来過ぎた屁理屈、綱元殿の口上ですか?」

「ハハハ……結果的に相馬軍は一時撤退を余儀なくされた訳ですから、政宗様のお手柄ではありませんか」

「そうじゃそうじゃ! 我のおかげで大して被害も出ず、相馬義胤を退かせたのじゃ。叱るよりもっと褒め称えるが良──あっ痛っはぁ……ッ!」

「不用意な行動とはいえ、伊具攻略の初戦としては最上の結果ではありました。しかし、今後はこのような身勝手な行動は慎んで戴きたい。政宗様が討たれれば、我々の敗北なのですから」

「わ、わかっはぁ!わかった! わかっはぁ!!わかった!! ふひを口を ふねるのはつねるのは はぁめろ~!!やめろ~!!

 

 

 今日の政宗様への折檻はいつもと比べればだいぶ優しい、それほどに今日の政宗様はお手柄だったということだ。

 この戦の目的は丸森・金山城の攻略である。兵力を温存しておきたい状況下で、然したる被害も無いまま相馬軍を退けられたことは伊具攻めにおいて大きな意味を持つ。


 まさしく正真正銘、政宗様の大手柄となったのだ。



「少し予定と違いましたが、この冥加山を足掛かりに金山城と丸森城を落とすとしましょうか。ここからなら金山城も退いた相馬軍も丸見えですからね」

「然らば、下で金山城攻めの手筈を整えている親父殿左月爺さんを呼んで、もう一度軍議ですかねぇ。兵の配置も乱れきっておりますからなぁ」

「フッフッフ。我のおかげでこの戦も難なく勝利できそうじゃな! すぐにでも伊具を平らげ、相馬も仙道も落としてくれようぞ!!」

「またすぐ調子に乗るんだからな、政宗様」



 もう昼過ぎて、油蝉の声が盛んになる頃。

 カラッとした夏の日は地面を貫くように降り注ぎ、鮮やかな緑色の伊具盆地から一陣の風が吹いた。


 飾りっ気皆無なセミショートの髪から垣間見る政宗様の横顔は晴れやかで、どこか自信に満ちあふれた顔付きをしている。


 総大将として、伊達家の次期当主として、この一戦で政宗様の貫禄が増した──そんな気がする、伊具攻略戦の初日であった。


 


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