おやめくださいっ! 政宗様っっ!!

のららな
のららな

一巻 第一章『独眼龍の初陣』

大人になった独眼龍

公開日時: 2020年9月4日(金) 16:14
更新日時: 2021年7月14日(水) 17:17
文字数:4,151





(それがまさか、こんなことになるなんてなぁ……)



 俺の死から遡ること四百年余り。


 この時代に転生してから四年の歳月が過ぎた天正九年(一五八一年)。奥州は出羽でわくに、米沢城の一室にて。


 土砂崩れで死に、この世界で藤五郎こと『伊達いだて 藤五郎とうごろう 成実しげざね』と名付けれた俺は、上座にて片肌を脱ぎ胡座をかく独眼の少女を見つめていた。



「どうした藤五郎、お主は干し柿を食わぬのか?」

「そんな格好で柿を食うなんて行儀が悪いぞ、政宗様」

「フッ、そのような小言を挟む者は母上だけで十分じゃ」



 羞恥心の欠片もないグレた年頃のギャルみたいな態度で柿をむさぼり喰らうこの少女。彼女こそ俺の主であり、幼き日に共に天下を取ろうと誓いあった伊達政宗本人。

 そう、あの『奥州の独眼龍』にして大河ドラマや数々の小説、ゲームに取り上げられた超有名武将である伊達政宗はなんと女の子だったのだ!



「…………てかその柿って去年の秋に干したやつだよな?」

「そうじゃな、我自らが取って干しておいた渋柿じゃな」

「もう春になるけど、そんなもん食ったら腹壊すんじゃ……?」

「何を馬鹿な、我は『独眼龍』ぞ? 柿に破られる胃ではないわ」



 柔らかそうな唇で柿を頬張り、彼女の唇が柿色に染まっていく。あの伊達政宗が女の子だと知ってそりゃもう仰天したさ。

 初めて会ったときは幼少期だったこともあって女性らしさも微塵もなかったし、髪の長さも顔半分が隠れる程度で、政宗様が女の子だなんて疑いもしなかった。

 だが、年を追うにつれて段々と胸が膨らみ、女性らしいボディーラインが浮かび上がり、根暗だった性格が一変して活発化。露出のある服を好むようになり、明るい茶色の髪もボサボサ長髪から目元くっきりセミショート、程よく焼けた小麦色の肌のボーイッシュ美少女に大変貌を遂げてしまったのだ。



「別に我が柿を食おうが藤五郎は何も困ることはないだろ?」

「いや、俺が困らなくても政宗様自身が困る羽目になると思うけどな」

「おかしなことを言うな藤五郎、我は何も困ってないぞ??」

「…………さいですか」



 改めるどころか、さっきよりも態度を崩して接してくる我が主に溜息を漏らす。

 かつての根暗ド陰キャの面影を一切感じさせない高校デビュー(というか中学デビュー?)に成功した政宗様。

 いつだったか『家来を屈服させるだけの威厳が無い』と嘆いていた少女が、ここまで世の男を惑わせそうなお姿になるとは誰が想像したであろうか。

 少なくとも俺は思ってもみなかった訳だが。



(たくっ、俺は政宗様に天下を取らせようとかなり努力したのになぁ……)



 俺が伊達成実に『転生』をしてから四年、この間に俺は政宗様と共に武士としての勉学や武芸に励み、一廉ひとかどの武将となるべく精進を重ねてきた。

 元々遥か未来で生きてきた三十歳のおっさん。この時代の仕来しきたりやら言葉遣い、生活習慣を覚えるのに苦労したものだ。けど、四年経った今ではこっちの生活にも大分慣れてきて、礼儀作法やミミズみたいな文字の読み書き程度なら一般レベルでこなせるようになった。

 人間の適応力は侮れないものである。



「な〜あ〜? 藤〜五〜郎〜?」

「なんですか、政宗様」



 柿を平らげ、猫なで声でニマニマしてくる政宗様。



「いや〜、最近悩みがあるのじゃよ」

「へぇ、どんな悩みですか?」



 一応言っておくが俺の現在の歳は十四歳で政宗様が十五歳。年齢的にはまだ中学生くらいで、思春期真っ盛りなお年頃だ。

 主従関係であろうと、こんな幼馴染がいたら異性として意識してしまうものだろう。しかし、俺にそんな感情は一切無かった。



「最近胸が重くて動き辛いのじゃが、藤五郎の知恵でどうにかならないか?」

「答えられない難題を出すのはお控えください、政宗様」



 懐を広げ、サラシに封じられた豊かな果実をさまざまと見せつけてくる我らが独眼龍。一体いつからこんな露出狂になっちまったんだか……。



「むぅ、藤五郎は反応が薄いなぁ。さっき小姓に同じことをしたら顔を赤らめてとても愉快だったのじゃが」

「家来を性的に弄るのはやめて差し上げろ」



 リアル中学男児なら興奮で夜も眠れなくなるシチュエーションだが、精神年齢オッサンである俺は「まだ子供なのにこんな真似して、将来が心配だ」っと悲観する親のような心境である。

 俺より一つ年上のはずなのに……どうしてこんなことになったのか……。



「何か言ったか? 藤五郎よ??」

「いいえ、何も……それよりもその格好を小十郎さんに見られたら、また折檻を喰らいますよ」

「フフーン、平気じゃ平気。小十郎は使者で叔父上のところに行っておる。何を恐れようものがあろうぉ〜かぁ〜!!」



 上着を脱ぎ捨て、たわわに実った胸を揺らしながら歌舞伎役者みたいに大見得をきる政宗様。どうやら何にも気づいて無いみたいだな、彼女の背後に潜む人影に……。

 この笑みと余裕、今日の政宗様はいつまで持つだろうか。



「すべて聞きましたぞ、政宗様」

「………………………………あ、あれぇ……戻っていたのか? こ、小十郎……??」



 瞬間、政宗様は大見得のポーズのまま硬直した。


 柔らかそうな物腰と凜然とした佇まい。

 背中に家紋を印した青白の大紋(だいもん)を着こなし、馬の尻尾によく似た黒色の教鞭を一定のリズムで叩きながら登場したのは、政宗様の教育係にして『鬼の小十郎』(名付けたのは政宗様)の異名を持つ片倉かたくら 小十郎こじゅうろう 景綱かげつな さんだ。



「いずれ伊達家を継ぐ者とは思えないその不埒な格好、何か言い訳があるなら聞きますが……?」

「いやぁ、今日はいつも以上に暑くてつい……アハハ……」

「なるほど、なるほど、そうですか」

 


 小十郎さんが静かに笑みを浮かべると、宙に教鞭をぶん投げて。

 


「伊達家の次期当主とあろう御方がっ! 暑さに負けてそのような破廉恥な姿を晒すとは笑止千万っ! この身を持ってして恥を知りなされぇぇぇええ!!」

「いやぁぁぁあああーーー! 助けてぇえ藤五郎ぉおおお!!」

「はぁ……言わんこっちゃない……」

 


 小十郎さんのアイアンクローが政宗様に炸裂。

 身悶えも許さない見事な脳天締めに政宗様は声にならない悲鳴をあげる。

 彼の教育方針は何であろうと『身体で覚えさせる』という昔ながらのもの。相手が女の子だからと一切の手加減はない。

 


「まだキツく絞めます! まだまだ行けるでしょ!? 政宗様ッッ!!」

「いやぁああぁああやめてぇええぇぇー! もう頭壊れちゃうからぁぁぁあーーー!!」

「やめて欲しいですか! ならどうしていいのか前に言いましたよね!?」

「ごめんなさいぃ……ッ! 許してください小十郎先生ぇ……ッッ!!」

「ふふ、よろしいですよ政宗様、今日の懇願は小十郎の胸にしかと染みましたよ」

 


 苦悶に沈んだ表情と潤んだ瞳で許しを乞う政宗様を恍惚に笑む小十郎さん。前々から思ってたけど、やっぱり小十郎さんってドSのきらいがあるよな、雰囲気で分かる……。



「少しは反省しましたか? 政宗様」

「はいぃ……もう二度とあのような格好で柿は食べまぜぇん……」

「よろしい。反省したのなら、二人ともそこに正座なさい」

「は、はいぃ…………」

「え、俺もですか……?」

「二人、と言いましたよ。藤五郎殿」

「……………はい」



 服を正して正座する我が主。その隣に連座する俺。なんで一緒に説教を受ける雰囲気なんだ……? 承服致しかねん……。



「政宗様は普段からもっと慎みを持った行動を心掛けてください、言ってる意味がわかりますね?」

「うぅ……ごめんなさい」



 流石は鬼小十郎の折檻、俺が忠告しても耳を貸さなかったことを容易く従わせちまった。やり方はかなり過激だけどね。



「藤五郎殿も、このような主の醜態を見逃してはなりませぬ。主の誤りを見逃しているようでは良い家臣とは言えませんよ」

「す、すみませんでした……」



 いや、俺だってちゃんと注意してましたよ。けど小十郎さんみたく女の子相手に全力で怒れないというか、ちょっと気後れしちまうんだよなぁ……。



「ぷっぷっぷ、藤五郎も怒られてやんの〜」



 いや、コイツ相手なら全力で怒れる気がするわ。次から小十郎さんみたくアイアンクローしてやろう。



「まったく……政宗様の初陣も近いというのに小十郎めはとても心配です」

「確か初陣は明後日であったな、安心せい小十郎! いずれ日ノ本を統べる独眼龍の初陣、華々しく飾ってくれよう!!」



 ドッと溜息をつく小十郎さんとは対照的に政宗様が高々と胸を張った。

 戦国武将なら誰しもが行う儀式の一つ、初陣の儀。


 十五歳くらいでの戦場に赴くのはごく普通のことであり、政宗様は勿論、俺もまた彼女に付き添う形で初陣を迎えることになっている。この初陣を無事に終えれば、俺も政宗様も晴れて一人前の武将となれるのだ。



「立派な心掛けではありますが、戦場では勝手な行動は命取りとなります、謹んでください」

「わかっておる、何も心配するでないぞ!!」



 鼻を鳴らす政宗様をよそに小十郎さんは俺の耳元に顔を近づけた。



「藤五郎殿、くれぐれも政宗様の側を離れぬよう、絶対に、絶対に、ぜっっったぁぁぁぁいに目を離さないでくだされ」

「…………はい、承知しております」



 小十郎さんは部隊を率いるとかで政宗様とは同伴出来ないそうで、そのせいか初陣が決まったその日から彼と会うたびに念を押され続けている。

 まぁ無理もない、政宗様が女の子ってのもあるが、日常生活においても誰にも予期せぬ行動を誰も止められぬままやってのける人なのだ。彼女が戦場に出て勝手に行動したら我々の想像できない事態を引き起こすに決まっている。

 それが、伊達政宗という女の娘なのである。



「私はそろそろ大殿の所へ向かいます故、二人は勉学なり武芸に励むなり精進を怠らぬように。政宗様は特に」

「う、うむ……わかって……おるぞ」



 小十郎さんが立ち去るのを俺達は深々と頭を下げて見送る。礼儀作法を怠ったら強烈な一撃が飛んでくるからな、彼の前では一切油断できない。



「う、うぐぅ…………と、藤五郎……」

「……? どうなさいましたか? 政宗様??」



 政宗様がクイクイっと俺の袖を引っ張ってきた。元気げんき溌剌はつらつだったさっきまでと違って顔色が明らかに悪い。



「あの柿に毒が入ってたようじゃ……腹を下してしもうた」

「……………でしょうね」



 顔真っ青に苦悶の表情を浮かべる主を見て思う。

 ホント、この人を戦場に連れて行って大丈夫なのだろうかと。無論、大丈夫な訳がないのだが……。


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