「び、備前殿が一太刀で真っ二つに……っ!?」
骸に果てた備前って奴から、彼が引き連れてきた従者に目を向ける。
「まだ、俺の邪魔をするか?」
「ひ、ひぃっ! と、殿に報告せねば……一旦退くぞ!!」
この備前って人の死に恐れ慄いたようで、怯えきった残りの馬上武者を軽く恫喝すれば我先にと逃げ出した。つられて付近の相馬兵も俺から離れていく。
「おぉ!! 早くも兜頸を上げられましたかァ!!!」
戦闘開始より数分、既に全身血だらけグロテスクな伊庭野爺が馬を寄せた。
大太刀の鍔にまで血が流れ、仙人を思わせる白髭が真っ赤か。気の弱い人が見たら気絶しそうな外見である。
「この旗印、もしやこの者は金澤備前ではありませぬか?」
大弓を拵えた丹波が足元に駆け寄ってきた。
こちらは開戦と変わらず汗一つ欠いていない。大太刀と弓ってウェポンの差があるとはいえ、同じ時間、同じ戦場で戦ってたとは思えないくらい外見に違いがありすぎるわ。
「備前……あぁ~、確かにそんな名前だった気がする」
「金澤備前と言えば隣国に名の通った勇士なれば、良き手柄でございますぞ! やりましたな、藤五郎様!!」
「そ、そうなの……? まぁ、別に手柄は要らないから、丹波にあげるよ」
ふと、伊庭野爺の鞍に縛られた生首から視線を反らした。
手柄が要らないってよりか、敵を討ち取ったらその頸を切って軍監(手柄を確認する人)に持って行かねばならない。
イチイチ陣に戻る手間もあるし、何よりも死んだ人の頸を切る行為にはまだ抵抗あるんだよ。これでも俺はまだ現代人の心を持ってるんですよ。
「そ、それは悪う御座います! 藤五郎様の手柄を横取りなど出来ませぬっ!」
「いや、手柄を渡すって言ってるんだから横取りじゃないだろ。それに──」
「ならば有り難く頂戴しますぞ! ありがとう御座いますぞ藤五郎様!!」
「言っといて何だけど、譲ったことを今スゲェ後悔したわ」
断言してやる、この毛根更地野郎は今後絶対出世しないと。何故なら上司である俺が出世させないからな。
「では、頸が穂垂頸になる前に戴きますぞ」
「……おっと、相馬の騎馬隊を探さないとだな」
丹波の死体解体ショーから注意を逸らすように、俺は先程見つけた相馬の騎馬隊を目で追った。
敵は黒釣鐘の旗印がたなびく小十郎さんの部隊に突撃したようで、既に伊達軍の右翼は兵馬入り交じる激戦と化している。
「ここの敵は左月爺さんに任せる、俺達は小十郎さんを助けに行くぞ」
「ハハァッ! 畏まりましたぞォ!!」
合戦中における部隊の行動は命令無視や敵前逃亡を除いて現地武将の判断次第で基本的に自由だ。
俺は敵の猛声が激しい右翼にこそ敵の主力がいると直感。手勢を纏めて敵騎馬隊の側面を突くべきだと判断した。
「右翼の救援する、行くぞっ!!」
「あ、お待ちを藤五郎様っ! 拙者はまだ頸を取ってる最中ですぞ! お、お待ちくだされぇ~!!」
俺は兵馬に檄を入れて、小十郎さんのいる右翼に猛然と駆けた。
~~~~~~
相馬義胤が突入した伊達軍右翼の戦は熾烈を極めていた。
他を顧みず突貫を繰り返す相馬騎馬隊の戦法は凄まじく、義胤本人も、彼を守る馬廻りも、はたまた彼等の跨がる駿馬すら、おどろおどろしい血色で染まっている。
「どけ退けぇッ! 雑魚に構う暇など無ぁい!!」
義胤が持つ、父祖伝来の鉄軍配がうねりを上げて伊達兵に襲い掛かる。
義胤の祖父・相馬顕胤は身の丈六尺(180cm)の体躯で剛勇を奮い、この鉄軍配で武者の頭を兜ごと叩き潰したこともあったという。
彼もまた、祖父の豪腕に及ばずとも自在に鉄軍配を扱い、野馬追で鍛えられた騎馬隊による電光石火の強襲で幾度となく伊達軍を撃ち破ってきた。
「おぉお、やっと見えたか。お主がここ一帯を指揮する将であろう? 会いたかったぁぞ」
軍配を振ること百余り、仰々しく馬を止めて捉えた相手は、気立てのよい甲冑といい、気品漂う馬乗り姿といい、見るからに出自の良さを感じさせる伊達の将・片倉小十郎だった。
「ここまで来るとは……流石は武門誉れ高い相馬義胤殿に御座います」
「ほぉ、余裕があるな。我等に迫られながらその態度を取れるとは、華奢な面だが肝っ玉があるらぁしい」
軍配の持つ手を馴らしつつゆっくりと馬を進めるや、小十郎の周囲を伊達兵が瞬く間に取り囲んだ。
この状況に動じる様子のない伊達兵に「よく練兵が行き届いておぉる」と義胤は笑んだ。
「そこで大人しゅうしておれ、そっ頸を圧し潰してくれよぉう」
「左様ですか、ならば潰されぬよう大人しく逃げると致しましょう」
小十郎が手を叩くと、何処からともなく低く速い打音が刻まれる。
すると、ゆらりゆらりと兵士に混じるように、小十郎の姿が兵士達の奥に消えていった。
「逃がすか戯けあぇがッ!!」
果敢に馬を押した。
長槍で足止めを計る伊達兵をもろともせず、黒釣鐘の旗印に詰めようと怒号を上げ、鉄軍配が血の雨を降らせた。追従する兵士の士気も高く、目と鼻の先にいた小十郎を逃す道理は無い。しかし──。
「なんだ、この敵ぃは……?」
だが、伊達兵を屠り続けながら馬を進める義胤は微かに違和感を覚えた。
経験上そろそろ敵将の喉元に迫れる頃合いだ。されど、進めど進めど敵将こと片倉小十郎の元に辿り着けない。それどころか、味方の被害が増すばかりで例の黒釣鐘は遠く離れていく。
「よもや──」
敵味方入り乱れる戦場を見渡してハッとする。
兵が少ない右翼の端から突入したはずなのに、右手の伊達軍の数が先程よりも明らかに多い。
つまりは右翼だと思っていたこの位置が段々と伊達軍の中央に近づきつつあり、前に進んでいるつもりが知らず知らずのうちに斜行していたのだ。
「おのれ、一呑みに我等を囲い喰らう腹積もりぃか」
義胤の予想通り、一団となって突撃した相馬軍は伊達軍に両翼を囲み込まれ、あと僅かで包囲殲滅の憂き目に遭う寸前であった。
小十郎がわざわざ義胤の前に現れたのも、自分に注意を引かせて相馬軍を奥へ奥へ誘導する策略だったのだ。
「「「と、殿、如何なされましたか?」」」
唐突に動きを止めた義胤に馬廻りが集う。この者達はまだ敵の策略に気付いていない、それ即ち敵の策略が巧妙かつ、指揮する将の采配が優れていることを示していた。
(まだ若き将なれど、あの男は侮れぬ……)
小十郎の顔出で立ちを忘れぬように目に焼き付け、僅かのあいだ熟考した。
兵数は伊達軍は相馬軍より若干多い、囲まれれば為す術無く壊滅するのは明白である。
「退くぅぞッ、この場にいてぇは危険だ」
その考えに至ってからの義胤の行動は速かった。
兵を即座に纏めるや、反転して包囲の突破を試みる。
前へ前へと、猛牛の如く邁進していた相馬軍の反転攻勢に肝を冷やしたのは、悟られぬように囲いを進めていた伊達軍であった。
「「「こ、こっちに来たぞっ!!」」」
「邪魔だ雑兵どぉもッ! 退けぇ~いッッ!!」
後方に回り込んでいた伊達兵は、あのおぞましい鉄軍配の餌食にはならないだろうと油断しきっていた。
戦場で一瞬でも気が緩むと立ち直ることは至難である。義胤の殺意に当てられた伊達兵は然したる抵抗もしないまま道を譲った。
「逃げられましたか、流石は義胤殿」
されど、伊達軍も黙って見逃すはずもない。
伊達軍の奥より戦局を注視していた小十郎は、相馬軍の動きにすかさず命を下す。
「義胤を追うのです、早々に戦を決しましょう」
背中を見せた相馬軍を追い詰めるべく伊達軍が前に押し上げる。戦場を疾駆する兵馬に合わせるかのように、陣太鼓の鼓動が速さを増した。
まだ日は昇ったばかり、しかし、両軍兵士の闘気と血汗で朝の清々しさはとうに消え失せていた。
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