スティール・フェデレーション

四人の主人公が紡ぐオムニバス・ヒーロー・サーガ
芳川 見浪
芳川 見浪

ミスター・ウィークはいつだって悩んでいる

公開日時: 2020年11月22日(日) 13:55
文字数:4,256

「ごめんちょっと遅れる!」

「はぁ? いや既に30分遅れてるわよ!」


 リサとカオリとの買い物(姉さえいなければデートだった)当日、ワイアットはリサに遅れる旨を電話で伝えていたのだが、残念ながら既に30分の大遅刻でリサはカンカンであった。


 その日はカオリが来るという事でワイアットも楽しみにしており、朝早くに起きて美容院へ行き、自称ファッションリーダーのクラスメイトがセレクトしたコーデをバッチリ着こなして準備していたのだが。


「実は今取り込み中でさ」

「は? ていうか何かあんたの周り煩いわよ」

「うわっとと……今銃で撃たれそうになったとこ」


 ワイアットことミスター・ウィークは銀行にいる。そこに銀行強盗が現れたからだ。

 意気揚々と二時間前に待ち合わせ場所に着いたのはいいが、そこで研究所のドクターから二時間後に銀行強盗が発生するから向かうようにと連絡が入ったため、嫌々仕方なく渋い顔で向かったのだった。

 そして現在に至る。


「今銀行強盗と交戦中でさ、また後でかけ直す」


 プツンと通話を切って端末を一部だけ解除したスーツの内側に入れる。フリーになった両手をプラプラさせて銀行強盗の前に立った。


「お待たせ! それじゃ……どしよっか?」


 とぼけたウィークに向けて銀行強盗が銃を次々に発砲した。

 強盗は全部で六人いる、全員がサブマシンガンで武装しており、閉塞的な空間で一斉掃射するものだから音が大きすぎて鼓膜が破ける。

 現に人質となった職員と民間人の何人かは耳を抑えて苦しんでいた。


 ウィークスーツは銃弾程度簡単に防げるが、衝撃まで完全に殺せるわけではないなので地味に痛い、更に下手に動いて民間人に被害をだすわけにはいかないから動けない。

 あの過酷な無人島訓練において、教官から立ち位置は常に考えるように教わっている。ゆえに冷静に状況を把握することに努める。


(左前方に二人痛い痛い、正面に一人、その向こうには人質まって股間に当てないで! 右前方に三人かチョー痛い)


 残念ながらあまり冷静でいられていないし思考もめちゃくちゃだ。

 ウィークは動じてない風を装いながら腰に差している二本の剣を抜く、強盗達はその様を見て一瞬怯んで引鉄から指が離れる。

 その隙を狙ってウィークは正面の強盗に向かって右手の剣を振るった。


 強盗とウィークの距離は五メートルもあるため当然届く筈がない、しかしウィークの剣は鍔の部分から突然バラバラに分解していき、ついに刃全体が細かい部品に別れ、それらは一本の太いワイヤーで繋がれていた。

 鞭のようにしなりながら強盗へ迫る。強盗からしたら蛇が襲ってきたように見えただろう。


 一部界隈で蛇腹剣と呼ばれるその剣は、五メートルの距離をあっという間に詰め、強盗の持っているサブマシンガンを絡めとって床へ投げ捨てた。

 続いてウィークは左手を思いっきり引く、そうするとサブマシンガンを取られた強盗の足が持ち上がって地面に倒れ、ずるずるとウィークの元へと引きずられていく。


 最初に剣を振りかぶった時、左篭手に仕込んだ思向性ワイヤーをこっそり強盗の足元に伸ばして巻き付けていたのだ。


「くそっ! なんだこれっ!?」

「悪いね、盾にさせてもらうよ」


 案の定同士撃ちを恐れて彼等の銃撃はナリをひそめた。これもまた教官からの教えで、銃で武装した複数を相手にする時は一人を盾にするようにとのこと。相手が極悪人で外道でなければ攻撃の手を緩めるだろうし、何より障害物が増えるのは便利だ。


 どうやら相手は仲間意識がそれなりに強いらしい、銃撃がやんだ瞬間を狙って右前方へ跳ぶ、三段跳びの要領で距離を詰めて三人の強盗を瞬く間に殴り倒していく。

 反対側ではようやく覚悟を決めたのか、残り二人が味方の被害を考えずにサブマシンガンを撃とうとして構える。

 だがそれを見越したウィークは、あらかじめ先程引っ掛けた強盗を無理矢理投げており、引鉄を引く前に彼等へとぶつけて怯ませたのだった。


 それからウィークは彼等へと接近して素早く昏倒していく。無人島訓練の賜物か、ウィークは力加減を覚えていた。


「よっし終わり! 撤収!」


 颯爽と正面玄関から外に出るとなんとビックリ、ちょうど突入しようとしていたジェイソン警部と鉢合わせた。

 警部なのにまた前線に出てきていることに脱帽である。


「あっ、ジェイソン警部、強盗は皆僕がやっつけましたので大丈夫ですよ。人質も無事です」

「そうか、よくやったぞミスター・ウィーク。褒めてやろう」

「HAHAHAー、そう言いながら手錠をだすのやめてくださいよー、HAHAHAー…………さらば!!」

「あっこら!」


 ジェイソン警部の制止も聞かぬ間にウィークは壁面を蹴って摩天楼へと消えていく。

 見送った後、警官達の口から「ウィークがいてくれて助かるな」という声が耳に入ってきた。

 それが頭に来たのか、ジェイソン警部は部下達全員に向かって語気を強くして叫ぶ。


「貴様ら! あんな子供に事件解決されていいのか!? 俺達警察が守るべき子供が犯罪に関わって危ない目に合ってるんだぞ! 警官としての誇りはないのか!?

 この街は我々警察の力だけで守れるようになるべきだ! 子供には青春と勉学に励ませればいい! わかったか!」

『は、はい!』


 狼狽えつつも返事を返した部下達へ背中を向けてジェイソン警部は銀行内へと移動する。

 庇護対象である筈のウィークが捕らえた銀行強盗に手錠をかけていき、人質から詳しい事情を聴取する。

 ミスター・ウィークにとっても、ジェイソン警部にとっても、今日は厄日だ。






「次は私セレクションのお店行くわよ」

「うげ、ねぇまだ買うの」

「大遅刻した分際で煩い」


 ニューヨーク五番街、ファッション関連ならまず五番街に来いと言われるほどアパレルショップが充実している通りで、ワイアットは遅ればせながらリサとカオリのショッピングに付き合っていた。

 隙を見てカオリと二人きりになるつもりだ。

 二人きりになって何をするつもりか? それはなってから考える。


「まあまあリサ、荷物持ってもらってるんだしそこまでね。ワイアット君も重かったら言ってね?」


 天使だ! と心の底から思った。しかしすぐに全力で否定して女神だ! と心の中で言い直した。

 優しく微笑むカオリはまさに心の栄養ドリンク、中毒症状まったなしである。


「ハハー大丈夫ですよカオリさん、全然軽い軽い」


 実際荷物自体はそこまで大した物ではないので重くはない。紙袋が二つだけなのだ。


「でも」

「こう見えて、鍛えてますから」

「こいつ無人島で二ヶ月も暮らしてたから結構頑丈よ」

「そういえば前言ってたね、すごいなぁ」

「え、いやまあ、そんな大したことじゃないですよ……えへへ」


 カオリに褒められると胸がむず痒くなって悶えてしまう。湧き上がる淡い感情を抱えながら、ニヤける頬のままずんずんと歩きだす。

 しばらくして隣にリサが並んで、すぐ後ろにいるカオリに聞かれないよう小声で囁く。


「遠慮せず紙袋を一緒に持ってと言えば並んで歩けたのに」

「はっ!!!!!」


 衝撃の事実、後悔先に立たず。

 それだけ言い残してリサはさっさとカオリの隣に行き、二人で楽しげなガールズトークを繰り広げ始めたのだった。

 世界は残酷だとワイアットは思った。






 結局その日はカオリと二人きりになれるチャンスは訪れないまま、荷物だけが増えていった。

 夜も更けて、そろそろ帰ろうかとなった時、ビルを挟んだ反対側の大通りが騒がしい事に気付いて様子を見ようと近づいてみた。


「あっ、パレードだ」


 煌びやかな衣装を纏ったダンサーやコスプレした人が旗を振って行進している。空には大きなバルーンが飛んでいる。


「ス○ーピーにウ○ディもいるや、統一性が全然ないな」


 ニューヨークでは毎月どこかで頻繁にパレードをやっているのでそうそう珍しくはない。

 このパレードの目的はよくわからないが、参加している人々は皆楽しそうだ。


「私の国にねぶた祭りっていうのがあるんだけど、あれも色んな山車があるので楽しいんですよ」

「だしって何? リサわかる?」

「いや、わかんない」

「えっと、山車というのは神輿みたいなもので」

「あっ神輿はわかる! わっしょいわっしょいて揺らすやつだよね」

「ええと、そうだよ」


 しばらくパレードを見ながら三人で他愛もない話を続けていく、思いの外話は弾み、今までで一番楽しい時間となっていった。

 できることなら、またこんな時間を過ごしたいと思う。


「あ、ねぇあれ見てよ」


 ふいにリサが何かに気付いてパレードの集団を指差した。そこには。


「げっ」

「あれって、ミスター・ウィーク?」


 細かい部分は違うが、間違いなくミスター・ウィークのコスプレをした太った男がいた。

 さすがにこれは恥ずかしい。


「ねぇあんた今どんな気持ちよ?」

「やめて姉さん、ほんとやめて」


 悪戯な笑みで小突くリサから逃れながらワイアットはミスター・ウィークのコスプレ男が通り過ぎるのを目を閉じて待っていた。

 そんな中、カオリはミスター・ウィークのコスプレをじっと見つめながらポツリと零す。


「でも凄いよね」

「え?」

「だって私達と同い年ぐらいの子だよね? そんな子が犯罪者やデーモンに立ち向かっているんだよ」

「そう·····だね、うんそうそう!」

「ワイアット君嬉しそうだね」

「え゙っ」

「リサはどう思う?」

「私? う〜ん·····私はあんまりかな」

「え?」


 予想外だった。ワイアットとしては事情を知りながらもなんだかんだ黙っていてくれるし、日常も手伝ってくれるリサがウィークに、ひいては自分を否定するとは思わなかった。


「敵をバンバンやっつけるウィークはカッコイイと思う、でも私は·····悪者をやっつけるヒーローよりも、皆に寄り添ってくれるヒーローがいいな。

 困ってる人には手を差し出してくれて、落ち込んでる時は励ましてくれるのがいい」

「それヒーローというよりはサイドキックだよー」

「あはは、うん。私はウィークにサイドキックになってほしい」

「うっそーー」

「でもリサらしいと思うよ」

「カオリならわかってくれると信じてたわ」

「えぇーー」


 リサとカオリの二人は独特の空間で会話に花を開かせている。到底男の子のワイアットには介入する余地もなければ共感できそうなとこもない。

 やはり男の子としてはヴィランをやっつける皆のヒーローがいいものだ。


「ウィークはやっぱりヒーローでありたいよ」


 ウィークのコスプレ男は通り過ぎて見えなくなった。代わりにウィークのコスプレをした別の男が現れて、その男は同じくウィークのコスプレをした車椅子の少年に寄り添っていた。

 今のワイアットにとって最も見たくない光景だ。

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