並べられた砲塔から砲弾が立て続けに放たれる。一つ一つが鼓膜を破るかと思うほどの高音を発していた。砲弾は弧を描いて飛んでいき、デーモンの胴体や頭部に着弾して爆ぜる。
エレナは最後に発射された高射砲に合わせて対戦車ミサイルを撃った。
「YrrRryyy!!!」
攻撃を受けて悲鳴を上げてるのか、怒りの咆哮を上げてるのかはわからないが、デーモンの叫びが集音マイクを通さなくても水面を伝播してこちらへと聞こえてきた。
「ああやだやだ耳痛い、なんで兵士ってあんな平気そうな顔でバカスカ撃てるのよ」
ミサイルを撃った後、エレナはゴーグルを外して一時タンクの集音から解放された。
「訓練してるからね……消音機能は付けておくべきだったな」
「とりあえず今日が終わったら付けてね兄さん、今のままだとテレビのリモコン以下よ」
「頑張る」
浮き上がった改善点をあげつらう兄妹をバックミラー越しに見ながら、運転席に座るリックが彼らとは別の改善点をあげる。
「あのさ、俺めちゃくちゃ暇なんだけど何かした方がいいよな? つーか何かさせてくれよ、暇つぶし大事だぞ」
「いや、いつでも逃げられるよう準備して待機してるのも大事だよ」
「じゃあこれやれば?」
不意にエヴァンがゴーグルを外してリックに向けて雑誌を放り投げた。雑誌はサイドブレーキに被さるように着地し、それからエヴァンはまたゴーグルを付けてローターの操作に戻った。
「クロスワードパズル」
「懸賞金は百ドルだ」
「なるほど、暇つぶしにはいいな」
と言ってリックは大人しく適当に開いたページのパズルを解き始める。マシューとエレナは肩を竦めてとりあえず自分の作業に戻った。
しばらくして。
「なあ、元素記号のHgてなんだ? Mから始まるんだけど」
早くもリックが答えを尋ね始めた、とりあえずマシューに聞けば大抵の事はわかるので彼にとってはヌルゲーなのかもしれない。
それをわかってるのかどうかは不明だが、マシューはやや呆れながら答える。
「水銀だよ」
「違うわHENTAI GUYよ」
「…………」
「…………」
エレナである。兄妹はしばし目を合わせ。
「HENTAI GUYだよ」
少し熟考してからマシューが乗っかった。
「そんな元素あったっけなあ……しかも文字数合わねぇし、Mじゃねえし」
「気のせいだよ、それに頭にMをつければいい話だよ」
「なるほど気のせいか……ああ、HENTAIってなんだ?」
疑問符を浮かべつつも、リックはパズルの項目にHENTAI GUYと書いた。彼が間違いに気付くのはもう暫く後の事である。
三人がクロスワードに興じている間、エヴァンはローターでデーモンの状態をじっと観察していた。数え切れないほどの砲弾がデーモンに命中して爆発していく、時折デーモンの背中に生えている草に火が燃え移るが、直ぐに他の砲弾によって草ごと吹き飛ばされてしまう。
また砲弾にはどれも塩水を詰めた特殊弾頭を使用しているので、着弾するとまず塩水を入れた容器が弾けて周りに飛び散り、皮膚と反応して柔らかくなったところに別の砲弾が突き刺さって爆発する。
しかし爆発の度に塩水までかき消してしまい、中々デーモンの体内へはダメージを与えられそうになかった。
「おいマシュー、一斉攻撃は無意味に終わりそうだぞ」
「いや、でも注意を引きつけることには成功したみたいだぞ、ほらこっち見てる」
「YRyyyyyyyy!!!!」
デーモンが私兵隊に気付いたのか、恨めしそうな瞳でじぃーと見つめ、それから咆哮を上げてゆっくり身体の向きを変えながらこちらへと歩き始めた。
「おいおいこれやべえだろ」
「作戦を変えないと……一斉攻撃は駄目だ、一点突破で奴を仕留めなきゃ」
「そういえばマシュー、こいつ腹の方が皮膚薄そうだぞ」
「え?」
「ほら音響スキャンのデータ、腹のとこの音波が高くなってる」
エヴァンに言われた通りモニターで音響スキャンのデータを確認する。彼の言ったとおり背中よりも腹部の方が薄いらしい。
「ほんとだ、ああでも」
デーモンの腹部は完全に水面下にあり、腹部を攻撃するなら水に潜って下から撃つ必要がある。どう足掻いても立ちあがるなんて好都合な事はありそうもないのでやはり下からしか攻撃できない。
そして水の中からでは塩水をかけても直ぐに流されてしまう。ミサイル一つ効かないかもしれない。
「いやまて一つあるぞ」
諦めかけたその時、リックが口を挟んだ。それはクロスワード始めるまでずっと、運転席からデーモンのいる方向を見続けたゆえの発言だった。
「あのデーモンの進行方向に一つ中洲があるんだ、あいつが歩き出した時に波に飲まれて見えなくなったけどさ、多分あのデーモンはしばらくしたら中洲の上に乗ると思うんだ。そうしたら腹部が一時的に中洲へ上がって攻撃できるんじゃないか? それとも陸に上がるのを待つか?」
「いいアイデアだリック、中洲で倒そう。陸に上がられると今度はモグラにならなきゃいけないしね」
「なるほど兄さん、でもどうやって攻撃するの?」
「パイルバンカー使おうぜ」
「エヴァン、あれはまだ使ったことない試作品だよ。持ってきてはいるけど」
「今使わずいつ使うんだよ……やっべこれ一度言ってみたかったから滾る」
「わかったわかった、タンクのミサイルポッドをパイルバンカーに付け替えよう。キューブを発進させるよ」
ひとまず私兵隊へ先の作戦を報告してから、マシューはコントローラーを手に取り、キューブのコントロール権を得てからVRゴーグルを装着した。途端マシューの視界は開けたものになる、ローターやタンクと違いキューブは三六〇度全方位を見渡せる仕組みになっていた。
マシューはキューブをゆっくり浮上させてタンクの元へ向かい、側に降りて壁面に括りつけているパイルバンカーを取り出した。
続いてキューブの壁面の一部を二本のアームに変形させて、タンクに取り付けられているミサイルポッドを取り外してから一旦それは横へ置く。そして先程出現させたパイルバンカーを代わりに取り付けた。
見た目は梯子車に似ているだろうか、砲塔の無い戦車が一本の筒を背負っている。
筒は直径が一メートル以上もあり、中に収まっている杭もまた同じくらいの太さがある。長さは実に七メートル、運ぶ時は整備トレーラーに乗せて、キューブが起動したらアームで掴んでローターの元まで運んできた。
「それで兄さん、どうやってタンクを運ぶの?」
「キューブで運ぶ」
「キューブ便利すぎない?」
「そういう風に作ってあるからね」
キューブのアームはパイルバンカーの取り付け作業が終わると、次にアームでタンクを持ち上げ始める。しかし、二本ではパワーが足りないらしく、更に二本追加して持ち上げようとするが中々上がらない。
「しゃーねぇ、ローターで下から持ち上げてみるわ」
「OK、一緒にやろう」
滑り込むようにローターがタンクの下に入り込み、今度は最大出力で浮上する。それにキューブのアーム四本を合わせてようやく持ち上がった。
すかさずキューブが移動してタンクの下へと潜り込み、代わりにローターがタンクから這い出る。
「何とかタンクに乗ったな……エレナお前もっと痩せた方がいいぞ」
「いやあたしじゃないから!! つかデブに言われたくないわよ!」
「デブ言うんじゃねぇよ! デブって言った方がデブなんだぞ!」
「そんなわけないでしょ!?」
「はいはいそこまで、行くよ」
キューブはゆっくりと地面を引き摺りながら河へと入る。河に入れば浮力を利用して少しは楽に移動できる。
「YYrrrryy」
その間、私兵隊はマシューの作戦に乗っかって、デーモンの進行方向を変えないよう適度に攻撃を加えていた。そのおかげか、デーモンは真っ直ぐ中洲を目指してくれてるうえ、何やら怒り心頭のようでさっきからひたすら咆哮を上げていた。
「YRyyyyy!!」
「へへ、あいつ真っ直ぐ向かってくるぜ」
「配置についた、合図は僕がだす」
「わかった兄さん」
張り詰めた空気がキャンピングカーに充満して息苦しくなる。それはマシューとエレナだけではない。運転席で待機するリックもクロスワードの手を止め、エヴァンもローターを岸に降ろしてからVRゴーグルを外してマシューとエレナを見ていた。
ズンと大きな揺れを引き起こしながらデーモンが中洲へ上がった。その瞬間中洲の淵に隠れていたキューブからホースのようなものが出てきて塩水を放射し始めた。
塩水は剥き出しになっていた腹部へ直撃し、反応して表面を柔らかくしていく。
「YRYYYy!!!」
「今だエレナ!」
「うん!」
デーモンが気付いた時にはもう遅い、既にタンクはパイルバンカーの射出準備が出来ており、デーモンが下を向いた瞬間にその心臓部へ向けてパイルバンカーの杭が放たれた。
全長七メートルの杭が爆発的な速度で腹にめり込んで奥深くへと抉り込む。
その時タンクは反動でキューブから落ちてしまい川底へドボンと落ちてしまった。
「Yyyyyyyy!!」
「まだ終わらないよっ」
マシューはコントローラーから手を離してレーザーキーボードのEnterキーを叩いた。直後、デーモンの口から煙が吹き出てきた。
直接観ることはできないが、杭の先端には炸薬と鉄針が仕込まれており、内部で爆発する仕掛けになっていた。また鉄針は爆発によって四散してデーモンの内蔵をズタズタに壊していった。
そのため内蔵機能から停止したデーモンは力尽き、中洲に寄りかかるようにして倒れた。
「よっしゃあああああああ!!」
「やった! 僕達の勝ちだ!」
「すごい! ほんとに勝てるなんて! ところでクロスワードが全然解けないんだけど」
「さっきのHgは水銀だ」
「なるほど……解けたああああ……つーか騙したな!!」
「そんなのいいじゃない、みんな手を出して」
四人が両手を上げて、それぞれ両隣りの手と合わせるようにしてお互いの手を叩き合う。
「ハイタッーーチ」
「「「「イェーーイ」」」」
バチン! と気持ちのいい音がキャンピングカーに響き渡った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!