スティール・フェデレーション

四人の主人公が紡ぐオムニバス・ヒーロー・サーガ
芳川 見浪
芳川 見浪

一七六二年、ポーランド 〜前編〜

公開日時: 2020年11月14日(土) 20:20
文字数:4,129

 一七六二年七月二十一日、ポーランド国のブルケルスドルフにて。

戦場を見下ろせる一際高い山の上で、睨み合うプロイセン軍とオーストリア軍をデオンは観察していた。

 オーストリア軍は森の中に陣地を構築して外から来るプロイセン軍に対処しようとしているのだが、北側にロシア軍がいたため戦力をそちらの方へ割いていた。そのため南側がやや手薄であった。


 対するプロイセン軍は森を、ないしはオーストリア軍を囲うように

広く部隊を配置している。オーストリア軍に対して南側がやや厚くみえる。


 ロシア軍は動く気配はない。デオンとオーストリア軍は知る由もないが、ロシア軍とプロイセン軍との間で、戦闘に参加しない事を条件にロシア軍が三日間駐屯するという密約が交わされていた。

 というわけでロシア軍は戦闘に参加せずただ見ているだけなのであるが、オーストリア軍からしたらいつ参加してくるかわからないので、警戒して部隊を割かねばならなかった。


 そして七月二十一日、日の出と共にプロイセン軍の行軍が始まった。


「始まったか、急ごう」


 デオンは山を滑り落ちるように駆け下りて、戦場へと向かう。そこにはおそらく目的の悪魔がいるからだ。






 数週間前、フランスのトネールにて。

 復調し、完全に前と同じくらいに身体能力を取り戻したデオンは、その日デュランから手紙が届いて一喜一憂していた。

 手紙にはデオンの体調を気付かう内容と、デオンに扮するクリスからのメッセージが添えられていた。


「二人とも、大変そうだ」


 手紙はひょうひょうとして明るいものだったが、二人の実情はデオンもある程度理解していた。

 デュランは宰相になってから休む暇もなく働き詰めであり、むしろ手紙なんか書く暇ない筈だ。それを押して書いてくれたのは素直に嬉しい。

 クリスは現在、フランスと戦争中のイギリスに渡って外交活動に勤しんでいる。敵地であるがゆえ中々上手くいかず、また、デオンが眠っていた間に功績を讃えられて『シュヴァリエ』の称号を得てしまった、それゆえの重圧もあって彼女は大変苦労している。


「しかし私の名前にシュヴァリエの称号がつく日がくるとはな、正確には私ではなくクリスだが」


 一応かつて目指していただけに複雑な気持ちである。

 手紙の半分はそのような近況報告とデオンへのメッセージ、そしてもう半分は悪魔狩りデーモンハンターとしての業務報告。


 クリスは今それどころではないので、これはデュランからの報告になる。

報告によるとこうだ。


 サンクトペテルブルクでデオンを一年も眠らせた悪魔は、相変わらず各地の戦場に現れては引っ掻き回して姿を消している。

 その悪魔は人間の身体に取り憑いた悪魔憑きだが、母体となった人間は行方知れずとなっていたかつてのシュヴァリエ・ヴァルクロワッサンであった。デオンの考察通り、おそらく儀式の副作用か何かで髪と髭が伸びたのだろうとのこと。


「やはりあの男がヴァルクロワッサン……あまり信じたくないものだ」


 だがシュヴァリエであるならあの強さも頷ける。

 残念ながら何の悪魔が取り憑いたのかまではわからないよう。


「悪魔の正体はさすがにわからないか……低級のものならよいのだが」


 本能だけで動いてるような低級悪魔であれば対処もなんてことないのだが、名前のある強い力をもつ上級悪魔ならばその対処は困難を極める。特にソロモン王が使役したと云われる七十二の悪魔はそれぞれ個性をもっているため、事前に準備していないと倒せない事がある。


「最後は……ほう」


 手紙の最後はヴァルクロワッサンの居所だった。デュランの調べではポーランドのブルケルスドルフに現れる可能性が高いとあった。

 ブルケルスドルフではオーストリア軍とプロイセン軍の睨み合いが続いていたが、プロイセン軍と同盟を結んでいるロシアが、ロシア国内で起きたクーデターにより即位したエカチェリーナ女王によってプロイセンと袂を分とうとしていた。

 それに合わせてオーストリア軍かプロイセン軍が動き出す可能性は高かった。


「ブルケルスドルフか……二週間、いや一週間でいけるか?」


 旅の方は何とかなる。急げば一週間ぐらいで着けそう。

 しかし問題はヴァルクロワッサンの方である、実際に見つけたとして一人で勝てるかどうか。最初に接敵した時は三人がかりでも倒せなかった。

 ちなみに他の悪魔狩りデーモンハンターも呼び寄せてはいるらしいが、ロクに会話した事のない者と連携なぞ取れるはずも無いので実質一人だ。


「母上ならどうか」


 こんな時頼りになるのは、先輩悪魔狩りデーモンハンターの母親である。

 思い立ってデオンはフランソワの部屋へと赴く、ドアを二回ノックすると、中から「入っていいわよ」という声が返ってきた。

 ドアを開けて中へ入る。中ではフランソワが、ロッキングチェアに座って読書をしていた。


「失礼します。母上、今いいですか?」

「かまわないわ」

「担当直入にいいます。悪魔を倒すための方法を知りたいんです」


 そう言ってから、デオンはデュランの手紙をフランソワに渡した。彼女はその手紙をじっくり読んで、それからクローゼットの脇に置いてあるケースを開けた。

 ケースには儀礼剣が納められている。

 鍔と柄に煌びやかな装飾がある両手剣だった。


「その剣は?」

「三十三年前、あなたを見つけた時にサンジェルマン伯爵から譲り受けたものよ。この剣は柄を持つ者と切った者の魂を吸い取る剣なの」

「そんな危険なものをどうして」

「魂というのは別に命というわけではないわ、その人の生命力や力の源を指すの。そうね……手品で例えるならタネを奪い取るみたいなものかしら」

「なるほど、つまりその剣でヴァルクロワッサンを斬って弱体化させれば……しかし持つ者もとなると」

「人間が持つと確かに吸い取られるわ、これは私もあの人も試した事だわ」


 あの人とはデオンの父親であるデオン・ド・ボーモンの事である。親子で同じ名前を使っているため時々周囲から困惑される。実際は息子の方が洗礼名が長いのだが、何故か二人揃ってデオン・ド・ボーモンと呼ばれている。


「でも悪魔なら柄を持っても吸い取られる事はないの、おそらく悪魔が悪魔を倒すために造られた剣なのでしょう。そして半分悪魔のあなたならこの剣を使える筈よ」


 言われ、デオンは剣を手にする。確かに何かを吸い取られるような感覚はない。


「もう一つ、この剣にはあなたの悪魔としての力を吸い取らせているわ」

「私の?」

「ええ、デオンが物心つく前、あなたは自分の力を制御できずに家の中で暴れた事があったの、その時デオンの力を抑えるために指先を剣で切って悪魔の力を吸い取らせたのよ」

「そんな事が」


 やんわりと表現しているが、実際は大惨事であった。フランソワはその時の事を思い出して遠い目をした。


「とにかく、その剣にはあなたの力が封じられているわ。解放する時はこのロザリオのチェーンを鍔に巻き付ければいいわ、それでこの剣に封じられた魂が全て解放される」

「全て……今どれぐらいの魂が封じられているんですか?」

「さすがにそこまではわからないわね」


 フランソワはデオンにチェーンのついたロザリオを手渡す。どう巻き付けようかと儀礼剣を眺め回してみると、鍔の真ん中に円形の金細工でできた紋章が付いていたので、そこに巻き付ければよさそうだ。


「解放する時は注意しなさい、流石に何が起こるかわからないわ」

「わかりました母上、ギリギリまで使わないようにします」

 





 現在、ブルケルスドルフ。

 デオンが山から下りて森に入った頃には既に戦闘が始まっていた。プロイセン軍はまず最初に一番手薄なオーストリア軍右翼を攻撃していたが、途中で援軍が到着して押し戻されてしまった。

 現在はプロイセン軍が中央から砲撃戦を仕掛けてる真っ最中だ。


 たまに砲弾がデオンのいる方へ流れてくるので気を抜けない。

 森を駆け抜ける事しばらく、茂みに隠れるようにオーストリア軍兵士の死体がチラホラ見えるようになっていた。

 まだプロイセン軍は陣地に浸透していないため、これはプロイセン軍の仕業ではない。また、五体無事な死体が多く、周囲の木々に異常は見られないことから砲撃によるものでもない。


 つまりこれはオーストリア軍に潜入したプロイセン軍か、オーストリア軍の裏切り者、もしくは……ヴァルクロワッサンの仕業ではないかと推測できる。


「近くにいるのか」


 目を凝らしても深い森の中ではあまりよく見えない、しかし耳を澄ますと……鼓膜を破るほどの砲弾の着弾と兵士の怒号に紛れて、僅かだが鉄と鉄をぶつけ合う音が聞こえる。

 聞き間違いようもない、剣戟の音だ。


「あっちだ!」


 音のする方へ走る。次第に剣戟の音は耳を澄ませなくともよく聞こえるようになったが、直ぐにプツッと途絶える。

 何故……とは聞くまでもない。

 デオンが音の発生源に辿り着くと、胸や喉を貫かれて死亡した兵士、胴や首を切り離された死体で溢れていた。

 そしてその中心には。


「ヴァルクロワッサン……見つけた」


 いつかの裸ではない、何処で手に入れたのかボロボロのシャツとトラウザーズという長ズボンを着用していた。髪と髭は相変わらずボサボサで伸び切っており、手にはその辺の兵士から奪った剣が握られている。


「貴様は……」


 ヴァルクロワッサンがのっそりと、虚ろな、それでいて獣のような眼光をデオンへ向ける。


「私はシュヴァリエ・デオン・ド・ボーモン。お前を殺しにきた悪魔狩りデーモンハンターだ」


 正確にはシュヴァリエという称号はクリスのものだが、そのクリス自身が『相手が戦いを求めているのなら、わざとシュヴァリエの名前を使って煽ってみるのはどうでしょう?』と手紙に書いて提案してくれたので実践してみた。


「シュヴァリエ……奇遇だな、俺が乗っ取ったこの男もシュヴァリエの名前を持っていた」


 ヴァルクロワッサンは興味深げにデオンを観察しはじめた。


「知っている」

「ずっと飢えていた。雑魚をいくら殺しても俺の戦闘本能は抑えられないからだ。だがお前は……少し楽しめそうだ」


 満面の笑みを浮かべたヴァルクロワッサンは、剣を振り上げてデオンへと駆け寄って、その走力を上乗せした切り下ろしを、デオンは儀礼剣で受け止めた。


「やるじゃないか……楽しくなるな」


 後にブルケルスドルフの戦いと呼ばれる戦争の裏で、二人のシュヴァリエが雌雄を決しようとしていた。

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