エンパイアステートビルで起きた出来事は直ぐにベルカ研所長に伝えられ、その報せはデーモン担当部署のドクター・サミュエルに伝えられた。
ドクターは自身が持つ研究室の扉を開けて中へ入る。表向きは生活補助機械の研究開発を行っているが、裏ではデーモンハントを生業としている。
その研究室の一部を改造して作られたオペレーションルームでは、普段研究員として勤めている職員らがモニターの前であらゆる情報を整理していた。
ルームの中央には小さな台座があり、台座にはライオンの頭から5本の山羊の足が生えた気持ち悪い生物が居座っている。ブエルという名前のデーモンだ。
「まさか朕の予知に引っかからぬとは」
「相手が上手だったという事でしょうか、それとも偶然……」
「いや、デーモンに関しては委曲を尽くしておる。精度は保証できぬが予知ができないなど有り得ぬ」
「では相手がブエルの予知を妨害したと」
「うむ、認めたくはないがの。おそらく」
次にドクターは正面にいる研究員に尋ねる。
「エヴァンはどうしてる?」
「既に向かって……いえ、たった今到着しました」
「繋いでくれ」
ドクターのデスクに置かれたモニターにsound onlyの文字が浮かび、スピーカーからエヴァンの声が流れてきた。
「よおドクター、エンパイアビルに着いたぜ。今どうなってんだい?」
「まだわかっていない、ワイアットの報告では中で殺戮が行われているらしい」
「おいおい早く止めねぇと。じゃあ中に突入したらいいのか? 俺の脂肪が燃えちまうぜ」
「いや、第二展望室に生存者がいる。君はまずその人達を救助する事で脂肪を燃やしてほしい、中はワイアットに任せる」
「OKわかった、あとツッコミがないと寂しいぞ」
「いいから行け!」
通信が終了すると同時にふぅとため息を吐く、悪い男ではないのだが少々疲れる。
エンパイアステートビルの状況はまだわからない、どれだけのデーモンがいるかもわからない。そもそもほんとにデーモンなのかという疑問もあるが、ブエルの予知を妨害できるのはデーモン以外に考えにくい。
ひとまず次の報告待ちだろう。
「はがゆいな、念の為彼にも協力してもらおう」
「それがいいじゃろうな」
第一展望室は吐き気がする程の凄惨ぶりだった。
血で濡れていない床はなく、場所によっては爪先が沈むくらいだ。360°どこを見ても死体が目に入り、天井にすら肉片がこびり付いていた。
五体無事な死体は皆無といっていい、虐殺したデーモンは切り刻むのが余程楽しかったのかもしれない。
メットを外したら鉄と糞の匂いが混じったおぞましい薫りを吸い込む事になるだろう。
「あれだけの人がこんな、なんで気づかなかったんだろう」
蜂の巣の如く人が密集していた展望室でこれだけの虐殺が起こっていたのだ、普通は誰かが非常ベルなり押している筈だ、だが実際はそんな事は起きなかった。
「警備室に行ってみれば何かわかるかも」
警備室に行けば監視カメラの映像を見られる。そうすれば何が起こったのかわかるかもしれないし、今現在デーモンがどこにいるかもわかるかも。
そう考えると妙案な気がして自分が天才に思えてきた。実際は凡才だが。
スタッフルームへ入り、通路を進んで警備室に。
「ここもか」
予想していたが、案の定警備員が殺されていた。何れも銃を持ってドア方向に向いて倒れていることから、デーモンが入ってきた事に気付いて交戦しようとしたのだろう。
しかし手も足もでずに殺されてしまった。
死体をよくみると胸に大きな穴が空いてる以外の損傷は見られなかった。展望室の死体はいずれも惨殺されていたのに対し、こちらはどれも一撃だ。
「どういう事だ?」
とりあえず監視カメラをチェックする。展望室の出来事を見ようとしたが、現在のエンパイアステートビル内の映像に数多のデーモンが映っていたのを見て直ぐに駆け出した。
デーモンは既にビル内で大量発生して人々を襲っていたのだ。
走りながら近くの非常ベルを押すが。
「鳴らない!? まさか警報装置が切られてる!」
どうやら今回のデーモンはかなり頭がいいようだ。
いくつかのオフィスを抜いて下の階へと向かう、幸いと言っていいのか本日は独立記念日であるがためにほとんどのオフィスが閉まっていた。
それゆえ普段よりは人が少ないが、その少ない人々は軒並みデーモンに殺されていた。
モニターでみた階へ来たが、時既に遅し、通路では人肉を貪り食うデーモンしかいなかった。
「いやぁ僕ってさ、あんまり熱血なキャラじゃないし、自分でいうのも何だけどヒロイックな性格してないんだよねぇ……だと思ってたんだけどさ、なんかこう、今は凄く怒ってるよ、無抵抗な人間いたぶって楽しんでるなんて許せないって思ってる。
だから……今すぐお前ら皆殺しにしてやるから覚悟しろ!」
二振りの剣を引き抜いて構える。デーモンもまたウィークを敵と認識したらしく威嚇行動をとった。
その隙を狙ってウィークは廊下を蹴って前へ突撃し、未だ威嚇行動から抜け出せきれていないデーモンの胸に剣を突き刺した。
「急いでるんだ、お前の威嚇に付き合うつもりは無い!」
横に薙いでデーモンの息の根を止める。程なくしてデーモンは砂となって崩れ落ちる。
「砂? いつもと違う」
いつもなら粉が風に流されるように消えていなくなるのに、今回は砂だ。
展望室や警備システムといい、何かおかしい。
「考えるのは後、とにかくデーモン」
再び走り出す。おそらく下の階に集中してるのだろう、このまま移動しながら倒していくのが良さそうだが。
下に集中してるなら生存者もいる可能性が高い。
「手っ取り早く下に行くには」
階段を下りる、外にでて壁を伝う。色々考えながらとにかく走る。
その時ふとエレベーターホールが目に入る。
「あれだ!」
扉を開けて下を見る。上から下への通路がそこにはあった。上をみればエレベーターがみえた。
迷いなく飛び降りる。時々壁を蹴るなどして勢いをころしつつ順調に降りる。
通り過ぎた扉を数えながら二階の扉へ。こじ開けて外に出た途端、耳を痛める程の悲鳴が響いた。
「まだ生存者がいる!」
二階はエントランスホールとなっておりおそろしく広い。上二階分くらい使ったホールにはガーゴイルのようなデーモンが飛び回って人々を襲っていた。
生存者がいる事に喜ぶと同時に襲われていることに焦燥が募る。
人に迫っているデーモンに向けて剣を伸ばして鞭のように叩く。そうやってデーモンを引き剥がしながら人々を窓際まで逃がしていった。窓には緊急避難時に使用する滑り台が設置されており、人々は我先にとそこへ飛び込んで行く。
「ほらほら、お前達の相手は僕がするよ」
知性があるのかはわからないが、口で煽りながらデーモンを引きつけてみた。全部で五十体ぐらいはいそうだ。
何とか全員が逃げ切るまで持ちこたえなければ。
一方その頃、第二展望室では駆けつけたエヴァンが遠隔操作でゴールドキューブを操って救出作業を行っていた。
方法は至ってシンプル。キューブを展開して升のような形にし、そこに人を二人ずつ入れてピストンする。
二十人いるので十回は繰り返す必要がある。
「よーし次だー早く乗れー」
実を言うとエヴァンは飽き始めている。
既に六回目となっており、残っているのは若い女が二人と中年の男が二人だった。
女子供を優先していたが、この女二人は積極的に他の人を優先していたため後に残ったというわけである。
「私達の事は気にせず早く!」
「いや! 女の子二人残してはいけない! 君たちが先に」
「いえそちらが」
「いやいやそちらが」
等と不毛な争いが発生した。
あまり時間がないゆえエヴァンが苛立って怒鳴る。
「どっちでもいいから早く乗れ!」
「それでは、あなたとそこのお嬢さんが乗って、残った僕達が最後でどうでしょう」
言い出したのは男のうちの一人、彼は半々に分けるという折衷案を示した。当然反論が起きようとしたが。
「よしそれだ! 反論は許さねぇ!」
とエヴァンが強引に通したのでそうなった。
「それじゃ先に行くね」
「うん、気をつけてねカオリ」
「それはこっちのセリフだよ、ワイアット君も無事だといいけど」
「あいつなら大丈夫」
男女一組乗せてゆっくりと降りる。
下では警察がビルを包囲しており、いつでも突入できる準備を整えていた。突入しないのは相手がデーモンだからというのと、既にウィークが一通りの救出を終えていたからだろう。
話を聞く限りエントランスホールにいた人達は全て逃げ延びたらしい。
二人を警察に任せ、エヴァンは再びキューブを第二展望室に向けて上昇させる。
「最後はお前らだぞー……ん?」
第二展望室には誰もいなかった。もぬけの殻だ。ぐるっと回って外から見ても誰もいない、思い切って壁を壊して中へ入ってもいない、もしかしたら一足先にエレベーターで下に降りたのかと思ったがエレベーターが動いた形跡はない。
では下に落ちた? 降りてもあの二人の死体はない。
「なんでだよ……いやまて」
そこでふとエヴァンはあの時の事を思い出した。自分が誘拐された日の事を、あの時エヴァンを誘拐した犯人はデーモンを従えていた。そのデーモンを従えていた犯人と残った男の姿は、細部が違えど同一人物だったのだ。気づくのが遅すぎた。
「くそっ! あいつあの時のクソ野郎じゃねぇか!!」
女を連れていった理由はわからないが、おそらくまだビルにいる筈だ。
エヴァンはキューブを下降させてビルへ突入させる。壁やらガラスやらを盛大に破壊してしまったが、そんなものは後で実家に請求させればいい。
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