ワイアットがベルカ研でアルバイトを始めてから一月がたった。
この間ウィークスーツを着てあらゆる動作や耐久試験を繰り返していたおかげで、スーツの扱いはむしろ開発者よりも巧みに操れるようになってる。そしてその段階までいくと開発者が知らない機能を見つけたりしてた。
「見ててください……ウェア」
とワイアットが腕時計型の変身アイテムに呟く、普段なら「ウィークウェア」と言うところだが、今回は短く「ウェア」だった。
突然ワイアットが新発見したと言ったので見てみれば、ただ起動ワードを短くしただけだ。ワードは正しく言わないと発動しないため、短くしても反応はない。
筈なのだが、何故か腕時計が起動してウィークスーツが腕を覆い始めたのだ。
「なんだこれは」
「こんな機能誰がいれたんだ?」
「俺じゃないぞ」
研究者達が知らない機能を見て狼狽えてるうちにウィークスーツは腕時計を嵌めていた左腕をすっぽりと覆った。
そこで終わりだった。
「腕だけ?」
「昨日見つけたんですよ、なんかウェアだけだと腕時計を嵌めてるとこだけスーツを纏うみたいなんですよね。左足に嵌めてたら左足だけみたいに」
「何かしらのバグですね」
「プログラムミスか?」
「いや声帯検知機の誤作動かもしれん」
「とにかく一度預からせてほしい」
「どうぞ……個人的には便利そうなので残してほしいですね」
「検討しておく」
腕時計を外して研究者の一人に渡す。この後はドクター・サミュエルの元に報告されて、幾つか質問の後にレポートを書くのだろう。
さすがに今日は変身できないか。
「今日は家で大人しくかな」
実は最近腕時計を家に持って帰ってこっそり変身していたりする。なんなら変身した状態で街に繰り出して飛び回っていたりする。気分はさながらス〇イダーマンだ。
さて、今日はどこのお店でフライドポテトを買おうかと思案しながら、無駄に潔癖な研究所の廊下を歩いていた頃。ドクター・サミュエルから呼び出しを受けた。
頭に疑問符を浮かべながら踵を返して所長室へと向かった。
所長室の扉をノックして中から返事がくるのを待って入る。
「お呼びですかドクター」
おそるおそる中へ入るとドクターがソファーでコヒーを飲んでいるのが見えた。
「ああ、とりあえず掛けたまえ」
ドクターの向かいに座る。
「何か用ですか?」
「街でヒーロー活動してる気分はどんなものかな?」
「げっ……」
実を言うとウィークスーツを着て街を跳び回るのは無断でやっている事なのだ。更に調子にのって強盗やチンピラをやっつけたり等、ヒーロー活動なんてものもしている。
始めてまだ一週間ぐらいだが、流石にバレていたようだ。
「あぁ、勝手な事をしてすみません……以後気をつけます」
「いや、構わない」
「へ? いいんですか!?」
「いずれ量産化した時のデモンストレーションみたいなものと思えばね」
「えと、じゃあ何で今日呼ばれたんでしょうか?」
そう疑問をぶちまけると、サミュエルはテーブルの上にタブレットを置いて画面をワイアットによく見えるよう調整した、それから画面に顔の形が歪な血塗れの男性の写真を映した。
男の顔にどことなく見覚えがある。
「この人は?」
「覚えてないか? 三日前に君がフルボッコにしたひったくりだよ」
「えっ!?」
「見ての通り顎と鼻の骨が折れている。しばらくは自由に口を動かす事ができない、運ばれてすぐ手術したため大事には至らなかったが、治るまではくしゃみをする度に激痛に襲われるだろうな」
「うっ、そこまで」
続いて今度は全身に包帯を巻いた男性が移された。
「昨夜君が殴った男だ。肋骨が四本、右腕を複雑骨折、肝臓に骨の破片が刺さっていたらしい。彼は昨夜から緊急手術を受けている、まだ続いてるかもしれないぞ。
何か言う事はあるか?」
「えっと……その、すみません」
「それは私に向けて言う事ではない」
「はい……反省してます」
「ネットで君が何て呼ばれてるか知ってるか?」
「何でしょう」
「暴力の化身だそうだ。否定できないな」
「はい」
改めて深く反省する。
ウィークスーツのおかげでどこかハイになっていたのは認めざるをえない、ただスーツの力に溺れて正義という名の暴力を振るっていただけなのだ。
ヒーローとはとても呼べない。
「ウィークスーツを着れば幼い子供でも車を持ち上げられる程の力を得られる、それで一般人を殴ればどうなるか、わかるだろう?」
「はい」
「下手をすれば君は殺人鬼になっていたんだ、その事をよく理解したまえ」
殺人鬼、その言葉はワイアットの背中をゾッとさせた。コミックや映画ならありふれているその単語が、いざ自分の物になると考えれば恐ろしい、しかも先程自分が半殺し以上に痛めつけた人間の画像を見てしまってはより一層感じるものだ。
「今回の件で君自身とスーツにも問題がある事がわかった。
そこで一ヶ月程我々はウィークスーツを徹底的に調節する事にした」
「はい、てことは僕はクビですか」
それも仕方ない事だろう、先生にはなんて説明しようか。
「いや、君には訓練を受けてもらおうと思う」
「訓練?」
「ちょうど学校も長期休暇に入った事だし時期的にもいい」
ワイアットの学校は来週に卒業式があり、その翌日から夏季休暇に入る。期間はおよそ三ヶ月。
「何をするんですか?」
「私の知り合いに退役したばかりの軍人がいてね、彼に頼んで君に訓練をつけてもらおうと思ったんだ」
「なんですと」
ただのアルバイトにそこまでさせるのかと憤りをおぼえるが、ふと自分のしでかした過ちを思えば溜飲も下がり冷静になる。
これがウィークスーツでなければ「お断りします!」とハッキリ言えるし、またバイトをやめるという選択肢もできる。しかしそれは自分の罪から逃げてるも同然であるうえに、罪悪感がそれを許さない。
「もちろん親御さんの許可が必要だがね」
「その訓練を受けさせてもらいます」
必要だと思ったので受ける事にした。
ちなみに両親は即答でOKした。少しは悩んだり心配してくれてもいいだろうに、その日はモンモンとした感情を抱えながらベッドに転がったのだった。
翌週、紹介された退役軍人の教官の元へ行って挨拶した後、何故かヘリに乗せられて長距離を移動する事になった。
てっきりブートキャンプみたいにひたすら体力作りをしたり、CQCとか武術を教えて貰えるのかと思っていたのだが、もしかして訓練所は遠いだけなのだろうか?
そして連れられた場所がまさかの。
「えぇぇぇと……ここ、無人島?」
「yeah!! 早速サバイバル訓練といこうじゃないか!」
ワイアットの隣で教官がニヒルに微笑んだ。
「…………マジかよ」
それからの二ヶ月は地獄だった。さりげなく一ヶ月延長された事も含めて。
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