ゆらゆらと揺れる透明な水。
定期的に響く電子音。
忙しない足音。
ダメです。
身体機能が低下しています。
失敗か。
いいから都をだせ。
待って、都に何もしないで。
私の大切な子供を傷つけないで。
この子にだって生きる権利はあるわ。
都を授かった時、本当に嬉しかった。
周囲が明るくなると思った。
家族が増えると知った時、どれだけ待ち遠しかったことか。
だから、私は都を産んだのよ。
ここまで、育ててきたの。
ともに歩いてきたの。
あなたの実験に、利用をするためではないわ。
すがりついてきた妻――原田奈美を、隆はふりはらった。
何があっても、息子と共にいると。
それが、母親の役目よ。
親の役目?
私には関係ない。
必要性を感じない。
隆が研究ばかりで子育てを、放棄していることと同じだった。
母さんを泣かせるな。
困らせるな。
湊。
小さな身体が原田隆に、体当たりしてきた。原田湊は隆から銃を奪ってかまえた。
本当に撃っていいのか?
拳銃を握る湊の手は震えていた。
震えているじゃないか?
撃てるのか?
隆は湊の身体を、突き飛ばした。
都と五歳、歳がはなれているとはいえ、まだ小学生である。湊の身体は簡単に、吹き飛ばされてしまう。
湊は泣くことなく、すぐに立ちあがった。
隆のようにはなりたくない。
善と悪の区別がつかない人間にはなりたくない。
人の気持ちに気がつけない大人にはなりたくない。
湊は奈美を守るように一歩前にでる。
湊は隆を睨みつけた。
一生懸命、母親を庇う年上の親友。
変わってしまった父親。
泣き崩れる母親の姿。
深い水の中にいるからだろうか?
目の前で起っているはずなのに、どこか遠くに感じた。
都。
湊が名前を呼ぶと、金色の瞳がゆるりとこっちを見た。実験装置のガラスケースに額をあてて、視線を合わせる。
聞こえているだろう?
お前は僕が助ける。
宿命から解き放ってみせる。
だから、待っていてほしい。
未来を――希望をもっていてほしい。
夢を見ていてほしい。
お前には心からの笑顔が似合う。
都が泣き笑いのような表情を浮かべて、疲れたのか瞳を閉じる。
ありがとう、湊。
あなたのその言葉だけで、励まされるわ。
奈美は湊の頭を撫でる。隆は興味を失ったのか、部屋から出ていった。
それは、覚えている記憶のカケラ。
都は吐き気を感じて、ベッドから起きあがった。美和と和江に気がつかれないように、洗面所に駆け込む。
指の隙間から血が滴り落ちていく。
全身の血が逆流していく感覚が気持ち悪い。
遺伝子の崩壊が始まっていた。
蝕まれていく身体。
長生きできないのなら。
未来(さき)が見えないのなら。
生まれてきたことが、間違いだったのかもしれない。
あの時、母親と一緒に死ねればよかったのに。
そうすれば、楽になれた。
苦しまずにすんだ。
悩まずにすんだ。
なぜ、生き残ってしまったのだろうか?
存在している意味はあるのだろうか?
都は無表情で血を洗い流していく。
身体が弱い弟を、ばれるまで演じきれるだろうか?
それとも、三人の誰かが気づくのが先だろうか?
遺伝子操作を受けて、誕生した子供だと知られるのが早いだろうか?
目や髪色をカスタマイズされて、色々な研究のために作られた欠陥品は受け入れられないと、家を追いだされるだろうか?
弄ばれた命など気持ち悪いと、思われるのがオチだ。
もう、時間がないのだと理解していた。
終焉の足音がそこまで、迫ってきていた。
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