デザインズ・ベイビー

遺伝子操作を受けデザインズ・ベイビーとして誕生した少年の物語。
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第三章「記憶」

公開日時: 2020年10月8日(木) 17:00
文字数:1,358

ゆらゆらと揺れる透明な水。


定期的に響く電子音。


忙しない足音。


ダメです。

身体機能が低下しています。


失敗か。

いいから都をだせ。


待って、都に何もしないで。


私の大切な子供を傷つけないで。



この子にだって生きる権利はあるわ。


都を授かった時、本当に嬉しかった。


周囲が明るくなると思った。


家族が増えると知った時、どれだけ待ち遠しかったことか。


だから、私は都を産んだのよ。


ここまで、育ててきたの。


ともに歩いてきたの。


あなたの実験に、利用をするためではないわ。



すがりついてきた妻――原田奈美を、隆はふりはらった。


何があっても、息子と共にいると。

それが、母親の役目よ。


親の役目?

私には関係ない。


必要性を感じない。


隆が研究ばかりで子育てを、放棄していることと同じだった。


母さんを泣かせるな。


困らせるな。


湊。


小さな身体が原田隆に、体当たりしてきた。原田湊は隆から銃を奪ってかまえた。


本当に撃っていいのか?


拳銃を握る湊の手は震えていた。


震えているじゃないか?

撃てるのか?


隆は湊の身体を、突き飛ばした。


都と五歳、歳がはなれているとはいえ、まだ小学生である。湊の身体は簡単に、吹き飛ばされてしまう。


湊は泣くことなく、すぐに立ちあがった。


隆のようにはなりたくない。


善と悪の区別がつかない人間にはなりたくない。


人の気持ちに気がつけない大人にはなりたくない。


湊は奈美を守るように一歩前にでる。


湊は隆を睨みつけた。


一生懸命、母親を庇う年上の親友。


変わってしまった父親。


泣き崩れる母親の姿。


深い水の中にいるからだろうか?


目の前で起っているはずなのに、どこか遠くに感じた。


都。


湊が名前を呼ぶと、金色の瞳がゆるりとこっちを見た。実験装置のガラスケースに額をあてて、視線を合わせる。


聞こえているだろう?

お前は僕が助ける。


宿命から解き放ってみせる。


だから、待っていてほしい。


未来を――希望をもっていてほしい。


夢を見ていてほしい。


お前には心からの笑顔が似合う。


都が泣き笑いのような表情を浮かべて、疲れたのか瞳を閉じる。


ありがとう、湊。

あなたのその言葉だけで、励まされるわ。


奈美は湊の頭を撫でる。隆は興味を失ったのか、部屋から出ていった。


それは、覚えている記憶のカケラ。


都は吐き気を感じて、ベッドから起きあがった。美和と和江に気がつかれないように、洗面所に駆け込む。


指の隙間から血が滴り落ちていく。


全身の血が逆流していく感覚が気持ち悪い。


遺伝子の崩壊が始まっていた。


蝕まれていく身体。


長生きできないのなら。


未来(さき)が見えないのなら。


生まれてきたことが、間違いだったのかもしれない。


あの時、母親と一緒に死ねればよかったのに。


そうすれば、楽になれた。


苦しまずにすんだ。


悩まずにすんだ。


なぜ、生き残ってしまったのだろうか?


存在している意味はあるのだろうか?


都は無表情で血を洗い流していく。


身体が弱い弟を、ばれるまで演じきれるだろうか?


それとも、三人の誰かが気づくのが先だろうか?


遺伝子操作を受けて、誕生した子供だと知られるのが早いだろうか?


目や髪色をカスタマイズされて、色々な研究のために作られた欠陥品は受け入れられないと、家を追いだされるだろうか?


弄ばれた命など気持ち悪いと、思われるのがオチだ。


もう、時間がないのだと理解していた。


終焉の足音がそこまで、迫ってきていた。


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