「――ん」
「ありがとう」
湊は同僚からコーヒーを渡された。
疲れた身体に、コーヒーの甘さがちょうどよかった。
コーヒーのカップを、ゴミ箱に投げ捨てる。
次の瞬間――湊の身体が、ふらついた。
机に手をおいて身体を支える。
「何をした?」
油断していたか。
「悪いけど、睡眠薬を入れさせてもらったよ」
「余計なことを」
「バカが。こうしないと、お前休まないだろう? 見ているこっちもつらい」
同僚の愛のある毒舌を、聞きながら湊は意識を失った。
「――湊」
湊は名前を呼ばれてふり返った。
そこには、奈美が立っていた。
「かあ……さん」
「あなたのそんな表情が、見られるとは思っていなかったわ」
驚いた湊の表情を見て奈美は笑う。
その笑顔もどこか寂しそうだった。
陰があった。
「母さん。僕は都を守れなかった」
湊は無力さを実感するしかなかった。
「大丈夫。あなたの思いは、都に届いているわ」
「随分、わかったような言い方をするね」
奈美と同じ薄紫色の瞳が細められる。
「私はあなたの母親を。あなたたちが考えていることぐらいわかるわ」
「まさか、都はここにくるつもりなのか?」
都は帰るという選択肢を選んだらしい。
「無茶をするわよね」
あなたも都も。
私は見ていられないわ。
「無理をしないとやっていけないからね」
最後までやれることはしとかないと、落ち着かないと。
「都のことをフォローしてくれるかしら?」
「僕にできることがあれば、やるつもりさ」
それが、都の道を切り開くことになるのなら。
「こうしてでして、でてきたのは理由があるからだろう? それに、隠し事は嫌いだ」
早く話してしまえば楽になると、湊は奈美に迫った。
「あら。鋭いのね。湊」
「何を隠している?」
「都とあなたは兄弟よ」
「僕と都が?」
「都はあなたに懐いていたわ」
「確かに、都は僕に懐いていたけど」
兄弟だとは予想もしていなかった。
「都にとって湊は生きる希望だった。湊がいたから、湊は今まで生きてこられたのよ」
「僕が都の生きる希望ね」
手本になれているのかと疑問に思う。
「言わなかったのは、二人の負担を減らすという意味もあるのよ」
「都が兄弟だと知ってしまったら、今の家族のみならず僕まで助けようとするだろうね」
都のことである。
全部、一人で抱えこんでしまうだろう。
ならば、兄として見えないところから手を貸すしかないだろう。
「都に伝えるつもり?」
「かわいそうだけど、伝えるつもりはない」
このまま、秘密にしておいた方がいいかもしれない。
胸の中にとどめておいた方がいいだろう。
「でも、あなたたちは引き寄せられるように、仲良くなっていた。知らなくても、血は争えないのかもしれないわ」
「僕は利用されていたわけか」
「ごめんなさい。湊を利用するつもりはなかった」
湊ならきっと、受け入れてくれると思っていた。
「そんな事情があったなんて初耳だな」
「誰にも言わなかったからね」
「――母さん」
「ああ。時間だわ」
奈美の幻影が崩れていく。
「また、どこかで会えるよね?」
「ええ。会えるわ。都をお願いね」
私に代わってあの子を見届けてほしい。
「その約束は必ず守るさ」
闇にとけるようにして、奈美は姿を消す。
それと、同時に湊は夢から覚めた。
言われなくても兄として、必要最低限の仕事はするさ。
湊は満月を見ながら心に誓った。
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