遺伝子研究の実験せいで、多くの人が犠牲になった。
近づかないで……人殺し。
返して……私の家族を返してよ。
研究に利用され、残された家族の悲痛な叫び。
都に向けられる殺気。
絡みついてくる闇。
ぶつけられる負の感情。
絶望の声。
伸びてくる血まみれの手。
夢見が悪いせいで、汗ではりついたジャージが気持ち悪かった。
再び、眠りにつけるはずがなく頭からシャワーを浴びる。落ちる水滴をそのままに、椅子に座る。
横から伸びてきた手が、濡れた髪の毛にふれた。寝ていると思っていた美和の手だった。
美和は優しく都の髪の毛をふく。
「起きていたのか?」
美和は都の隣に座る。
「勉強をしていたのよ」
机に置いてあるマグカップから、甘い香りがする。
ココアを用意してくれたのだろう。作ってくれた美和には申し訳ないが、口をつける気分にはならない。
身体が飲食を受け付けなかった。
「泣かないのね」
ここにいるのは美和だけである。
だから、好きなだけ泣いて、弱音を吐いてほしかった。弱さを見せてほしかった。
美和には都の心が助けてと、いっているような気がしていた。
気持ちを露わにすることも大切だと都に伝える。
だから、本心を曝けだしてほしい。
「僕は泣くほど子供ではない」
私もあなたも。
「まだ子供だわ」
少しは素直になってほしかった。
「甘やかされるつもりはない」
「甘やかされることも必要だわ」
そうでしょう?
「感情なんて、忘れたままだ」
あの研究所においてきたままだった。
泣くことなんてとうの昔に、忘れてしまっていた。
涙なんてかれてしまっていた。
「ねぇ、夢はないの?」
「夢なんてないさ」
時間が残っていない都に、夢などなかった。
「作ればいいじゃない」
美和はまっすぐ都を見つめる。
「簡単そうに言うな」
都は表情を変えることなく、美和を見つめ返した。
「いくらでも取り戻せるわ」
「理想論なんて嫌いだ。それだけで、どうにもならないこともある」
「どうにもならないことって何よ? やりたいことをやればいいじゃない」
「美和は気楽でいいよね」
守られている美和は都とは、違い明るい未来が待っている。
好きなことを仕事にして、結婚もできる。
子供もできる。
愛した者と一緒になれる幸せ。
都にはそれが叶わない。
都と美和ではおかれている立場が違う。
「もっと、私たちを頼りにしていいのよ?」
「美和に僕の何がわかる?」
苦しみを知らないくせに。
奪われるつらさがわからないくせに。
「見てられないのよ。家族だもの。一緒に乗り越えていけばいいわ」
「――偉そうに」
「私は都が思っているよりも、しつこいわよ」
本心を聞くまで諦めないからね。
覚悟しておいてちょうだい。
都に宣戦布告をして、美和は部屋に戻る。
ちょうど、夜が明けようとしていた。
陰と陽。
月と太陽。
対局する二つの役割。
空の支配者が変わる――交代する瞬間だった。
あと、何回夜明けを見ることができるのだろうか?
眺めることができるのだろうか?
でも、時間は残酷で、『今』を――現在を、刻み続ける。
針は進み続ける。
誰もとめる権利はない。
時間なんて、一生とまっていればいいのに。
動かなければいいのに。
都は夜明けの空に視線をむけた。
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