『遺伝子界の権威――原田隆氏が、デザインズ・ベイビーの研究に成功したと成功したと成功したと発表しました。
これにより、赤ちゃんの――』
「すごい。これで、優秀な遺伝子を残せるようになるのね」
少女――相田美和は、食事をしている手をとめた。隣に座っている少年――相田都が、無言でテレビを消す。
美和が不満そうに都を見た。
リビングに静けさだけが漂っている。母親の相田和江は仕事に行っており、この場にいない。
二人だけの朝食にも慣れていた。
父親の相田実も単身赴任のために、海外で働いている。都が初めて実と話した時も、あっけらかんとしていた。
美和がいつも都のことを話しているために、受け入れが早かったのだろう。
心の余裕があったのだろう。
都と相田家に血のつながりはない。
実の母親である奈美が隆の部下たちに、目の前で殺され逃げ込んだ公園で、美和と和江に保護された。
その後、相田家に正式に家族として迎え入れられた。
テレビに映っていた隆が、実の父親だということは言っていない。
デザインズ・ベイビーだということも伝えていない。
奈美が隆に殺されたことも話していない。嘘をついて普通の人間として生きていることを、知られたくなかった。
「私たちよりも、賢い人たちがいるのね」
「美和は実験に賛成か?」
「私たちの未来のことだからね」
「僕は反対だ。神様にでもなったつもりか?」
息子を実験台にして、自然の摂理に逆らっている人間が、人間界の頂点に立つなど考えられない。
立ち続けるつもりなんて、それだけは、許さない。
許されない。
自分の命とひきかえになってもいい。
滅びてもいい。
この世界から自分という存在が、消えたっていい。
残る力を振り絞って、隆をとめるつもりでいた。
都の瞳に負の感情が浮かんだ。
うまれてきたことを憎み――恨んでいるかのようだった。
その瞳に美和は息をのむ。
美和が瞬きした瞬間――都のその負の感情は消えていた。
何を考えているかわからないいつもの都の瞳に戻っていた。
「ごちさそうさま」
都は朝食に手をださずに席を立った。
「調子でも悪いの?」
「――別に」
そういえば、ここにきた時よりも、一回り小さくなった気がする。ここ最近、顔色も悪い日が続いていた。
「自分の身体を知るためにも、病院で検査してもらえば?」
あなたは身体が弱いでしょう?
「ご飯を食べなかったぐらいで、騒ぎすぎだ」
「待って、都」
話は終わっていないと呼びとめる。
「まだ、何か?」
問題でもあるのかと、都が迷惑そうにふり返った。
都の拒絶に慣れているとはいえ、やはりへこみそうになる。
心が折れそうになる。
美和はくじけそうになる自分に気合いを入れる。
ここで、折れるわけにはいかない。
がんばれ、私。
くじけるな。
それでも、負けるものかといった美和の表情が、都にも伝わってきた。
「お母さんも心配していたわ。私たちだと頼りにならない?」
美和はまっすぐ都を見つめる。
「一つだけ言えることがある」
都の言葉に美和は期待した。
「――何?」
都の瞳が不機嫌そうに細められる。
「僕は父親を憎んでいる」
この手で、殺したいぐらい。
今の家族に手をだすものなら、容赦はしない。
「父親を? 都の本当の家族なのに?」
「家族だから、何?」
感謝でもしろと?
敬えとでも?
生まれてきたことを、喜べとでも?
「実の父親でも許せないことはある」
「話し合えばいいじゃない。きっと、理解(わか)りあえるわ」
血のつながった家族だもの。
「この世界は綺麗事ばかりじゃない」
感動ばかりでかない。
嬉しいことばかりではない。
優しいことばかりではない。
失敗作として生れた場合、簡単に切り捨てられてしまう。使えないと判断をされてしまうと殺されてしまう。
生きるか。
死ぬか。
都がいた遺伝子研究所は、そんな甘い場所ではなかった。
「都のいっていることがわからないわ」
「わからなくていい」
知らなくてもいい。
「お願いだから自分を大切にして」
好きになって。
都は答えることなくリビングをでた。
なぜ、人目がつかない場所にいたのか?
けがをしていたのか?
本当の家族は探しにこないのか?
聞きたいことは沢山ある。
あの公園で出会った時は、まだ小さかった。お互い成長して、姉弟という関係になってから十年の月日が流れていた。
それなのに、都は心も開こうとはしない。
本心を話そうとはしない。
未だに迎えにこない両親のことを、聞かせてくれない。
教えてくれようとはしない。
いつもどこか、陰があって。
笑顔を見せたことがない。
待っていれば、いつか笑顔を見せてくれるのだろうか?
笑いあうことができるのだろうか?
気持ちが通じあうことができるだろうか?
まるで、全てを嫌っているかのようで。
自分自身――都自身を否定しているかのようで。
美和はそんな気がした。
都。
あなたのことが遠いよ。
見えない壁が二人の間に、立ちふさがっていた。
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