デザインズ・ベイビー

遺伝子操作を受けデザインズ・ベイビーとして誕生した少年の物語。
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第四章「憎悪」

公開日時: 2020年10月9日(金) 17:00
文字数:1,955

『遺伝子界の権威――原田隆氏が、デザインズ・ベイビーの研究に成功したと成功したと成功したと発表しました。

これにより、赤ちゃんの――』


「すごい。これで、優秀な遺伝子を残せるようになるのね」


少女――相田美和は、食事をしている手をとめた。隣に座っている少年――相田都が、無言でテレビを消す。


美和が不満そうに都を見た。


リビングに静けさだけが漂っている。母親の相田和江は仕事に行っており、この場にいない。


二人だけの朝食にも慣れていた。


父親の相田実も単身赴任のために、海外で働いている。都が初めて実と話した時も、あっけらかんとしていた。


美和がいつも都のことを話しているために、受け入れが早かったのだろう。


心の余裕があったのだろう。


都と相田家に血のつながりはない。


実の母親である奈美が隆の部下たちに、目の前で殺され逃げ込んだ公園で、美和と和江に保護された。


その後、相田家に正式に家族として迎え入れられた。


テレビに映っていた隆が、実の父親だということは言っていない。


デザインズ・ベイビーだということも伝えていない。


奈美が隆に殺されたことも話していない。嘘をついて普通の人間として生きていることを、知られたくなかった。


「私たちよりも、賢い人たちがいるのね」

「美和は実験に賛成か?」

「私たちの未来のことだからね」

「僕は反対だ。神様にでもなったつもりか?」


息子を実験台にして、自然の摂理に逆らっている人間が、人間界の頂点に立つなど考えられない。


立ち続けるつもりなんて、それだけは、許さない。


許されない。


自分の命とひきかえになってもいい。


滅びてもいい。


この世界から自分という存在が、消えたっていい。


残る力を振り絞って、隆をとめるつもりでいた。


都の瞳に負の感情が浮かんだ。


うまれてきたことを憎み――恨んでいるかのようだった。


その瞳に美和は息をのむ。


美和が瞬きした瞬間――都のその負の感情は消えていた。


何を考えているかわからないいつもの都の瞳に戻っていた。


「ごちさそうさま」


都は朝食に手をださずに席を立った。


「調子でも悪いの?」

「――別に」


そういえば、ここにきた時よりも、一回り小さくなった気がする。ここ最近、顔色も悪い日が続いていた。


「自分の身体を知るためにも、病院で検査してもらえば?」


あなたは身体が弱いでしょう?


「ご飯を食べなかったぐらいで、騒ぎすぎだ」

「待って、都」


話は終わっていないと呼びとめる。


「まだ、何か?」


問題でもあるのかと、都が迷惑そうにふり返った。


都の拒絶に慣れているとはいえ、やはりへこみそうになる。


心が折れそうになる。


美和はくじけそうになる自分に気合いを入れる。


ここで、折れるわけにはいかない。


がんばれ、私。

くじけるな。


それでも、負けるものかといった美和の表情が、都にも伝わってきた。


「お母さんも心配していたわ。私たちだと頼りにならない?」


美和はまっすぐ都を見つめる。


「一つだけ言えることがある」


都の言葉に美和は期待した。


「――何?」


都の瞳が不機嫌そうに細められる。


「僕は父親を憎んでいる」


この手で、殺したいぐらい。


今の家族に手をだすものなら、容赦はしない。


「父親を? 都の本当の家族なのに?」

「家族だから、何?」


感謝でもしろと?


敬えとでも?


生まれてきたことを、喜べとでも?


「実の父親でも許せないことはある」

「話し合えばいいじゃない。きっと、理解(わか)りあえるわ」


血のつながった家族だもの。


「この世界は綺麗事ばかりじゃない」


感動ばかりでかない。


嬉しいことばかりではない。


優しいことばかりではない。


失敗作として生れた場合、簡単に切り捨てられてしまう。使えないと判断をされてしまうと殺されてしまう。


生きるか。

死ぬか。


都がいた遺伝子研究所は、そんな甘い場所ではなかった。


「都のいっていることがわからないわ」

「わからなくていい」


知らなくてもいい。


「お願いだから自分を大切にして」


好きになって。


都は答えることなくリビングをでた。


なぜ、人目がつかない場所にいたのか?


けがをしていたのか?


本当の家族は探しにこないのか?


聞きたいことは沢山ある。


あの公園で出会った時は、まだ小さかった。お互い成長して、姉弟という関係になってから十年の月日が流れていた。


それなのに、都は心も開こうとはしない。


本心を話そうとはしない。


未だに迎えにこない両親のことを、聞かせてくれない。


教えてくれようとはしない。


いつもどこか、陰があって。


笑顔を見せたことがない。


待っていれば、いつか笑顔を見せてくれるのだろうか?


笑いあうことができるのだろうか?


気持ちが通じあうことができるだろうか?


まるで、全てを嫌っているかのようで。


自分自身――都自身を否定しているかのようで。


美和はそんな気がした。


都。

あなたのことが遠いよ。


見えない壁が二人の間に、立ちふさがっていた。





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