美和がバイトから帰ると、二人の男女が自宅を見あげていた。
女優の山口鈴と俳優の原田湊だった。
二人とも街中で声をかけられて、デビューをしたとインタビューで話していた。
テレビで見る有名人が何事かと思ったが、湊を見て気がつく。
髪も瞳の色も違うのに、立ち姿が都と重なって見えた。それほど、都とよく似ていた。
「あなたが原田美和さんね」
鈴の方から声をかけてきた。
「僕たちが来た理由がわかっているかな?」
自分に話すことがあるのだと。
美和は直感で思った。
「原田君から手紙を預かっているの。確認してみてくれる?」
封筒に几帳面な字が並んでいる。
普段と変わらない都の字だった。
手紙を書いていたなんて、知らなかった。
渡すのに時間がかかってしまったのは、湊と鈴にそれなりの葛藤があったのだろう。
「ええ。確かに都の字です」
「渡すのが遅くなってごめんね。無事に渡せてよかったわ」
「あの……原田という名字は? 都とは兄弟ですか?」
「都と僕は正真正銘、血のつながった兄弟だよ」
どおりで、似ているわけだと。
納得している自分がいた。
「私はセカンド・タイプのデザインズ・ベイビーよ」
「――ごめんなさい」
美和は鈴と湊に謝った。
二人は大丈夫だと言って、ふわりと笑った。
困難を乗り越えたからこそ、見せる笑顔だった。
「君に会ったら、言いたいことがあってね」
「――私に?」
「わがままな都を愛してくれてありがとう。
真剣に向き合ってくれて感謝していると」
「つらいことや苦しいことがあったら言ってね。私たちはあなたの味方よ」
「聞きにくいですが、都の遺骨は」
「海にまいたわ。勝手なことをしてごめんなさい」
都に自然を見てほしかった。
ゆっくりと休んでほしかった。
「都も疲れていると思います。都の傷が癒やされれば、私は何も言いません」
「時々、会いにきてもいいかな?」
「ええ。ぜひ」
もっと、話をしてみたいと、都のことを聞きたいというのが美和の本心だった。
「そろそろ、いかないと」
鈴も湊も次の仕事の時間が迫っている。
「今度、現場に遊びにおいで」
湊は鈴にヘルメットを投げて渡した。
鈴は慣れてきたのか、簡単にヘルメットを受け取る。
それだけで、二人の信頼関係が見えたような気がした。
美和は遠ざかっていく、オートバイを見送った。
「美和、誰か来たの?」
別室で家事をしていた和江が顔をだす。
「今、都の本当の家族から手紙を渡されたわ」
「手紙?」
和江は美和から手紙を受け取る。
「お母さん?」
和江は静かに涙を流していた。あの強かった母が、泣いているのである。
都がいなくなってから、和江が見せた初めての涙だった。
美和は和江にハンカチを渡す。
和江は涙を拭き取った。
ただ、見守るしかできなかった自分たちのことを。
「都は私たちのことを、家族と思っていてくれたのね」
思いは届いていたのだと。
行動は無駄ではなかったのだと。
都にとって、帰ってきたいと思える場所だったのだと。
ただいま、と言える家庭だったのだと。
そこは、育てた者として誇りをもっていいだろう。
「都が?」
「ええ。驚いたでしょ?」
「私たちを家族と認めてくれたということ?」
「そうよ。都の気持ちはこの手紙に書いてあるわ」
「私も読んでもいいかな?」
「当たり前よ」
あなたも都の家族でしょう?
「ねぇ、お母さん」
「――何?」
「私は都の姉でよかったと思うよ」
「私も都の母でよかった」
「私たちは幸せ者ね」
こうして、思ってくれる人がいて頼ってくれる人がいてくれるだけで心強かった。
人は一人ではない。
人は支えて支えられて、生きているのだと実感した。
「また、都に会えるかな?」
私は会えると信じたい。
信じていたい。
「きっと、会えるわよ。その時は笑顔じゃないとね」
和江の言葉に美和は頷く。
「そうね。じゃあ、私は都の手紙を読むね」
「美和も思うことがあるでしょう? 部屋でゆっくり読むといいわ」
そして、思う存分に泣いておいでと、美和の背中を押した。
今は和江の優しさが嬉しかった。
「ありがとう。そうさせてもらうね」
美和が部屋に入ると和江は、家事を再開した。
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