デザインズ・ベイビー

遺伝子操作を受けデザインズ・ベイビーとして誕生した少年の物語。
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序章「別離」

公開日時: 2020年10月5日(月) 17:00
文字数:1,438

「別離」


「起きて」


女性は眠っている男の子を起こした。


靴を履かせて荷物を持たずに、部屋をでる。


緊急事態だと察したのだろう。


男の子は何も言わずに、あとをついてくる。


昨日、セキュリティーを壊しておいた。これで、少しは時間が稼げるだろう。


一刻も早く窮屈な場所から逃げだしたい。


これ以上、苦しい思いをしたくない。


男の子とともに、平穏な日々を送りたい。


女性はそう思った。


やめて、私の子供を返して。

普通の生活に戻して。


研究が認められるのに、嬉しくないのか?


嬉しくないわ。

この実験は間違いだったのよ。


忘れるなよ。

お前も共犯者だ。


いつでも、殺すことができると。


命を奪うことができると。


思いだす冷徹な瞳。


男の子と女性を案じていた優しい夫の姿は、どこにもなかった。


この人はすでに、壊れてしまったのだと。

夫婦としての修復は不可能だと。


楽しかった日々にはもう戻れない。


自分の声は届かない。


きっと、届くことない。


男の子の命を守るためには、逃げるしかなかった。全部を投げ打ってでも、研究所からの脱走を決意した。


「おい……いたぞ」

「逃げられると思うなよ」


二人を追っているのは、夫の部下たち。


追われる立場となり、反逆者となる覚悟はしていた。


連れている男の子にも、無理をさせていることはわかっている。デザインズ・ベイビーとして生まれてきても、他の子供と変わらない。


ただ、遺伝子操作の関係で体力には限界がある。


この先、長生きはできないだろう。


だから、外の世界を知ってほしかった。


見てほしかった。


自然を感じてほしかった。


色々なことを学んでほしかった。


この身が滅びてもいい。


朽ちてしまってしまってもいい。



もしかしたら、自己満足なのかもしれない。


そう言われてもいい。


思われてもいい。


嫌われてしまってもいい。


母親失格だと言われても、最後まで男の子と一緒にいたかった。


この小さな命を守りたかった。


次世代への未来を託したかった。女性が蒔いた種はいずれ花となり、いつか咲き誇る時がくるだろう。


いくつもの銃弾が横を通りぬけていく。


その衝撃で握っていた手がはずれた。


お母さん。


男の子は女性を助けようと、手を伸ばす。男の子が手を伸ばすより先に、女性の身体が血に染まっていった。


逃げて。

少しでもいい。


生き延びて。


それに、あなたは自由よ

どこにでもいけるわ。


さようなら。

私の愛しい子。


愛しているわ。


視線の意味を理解した男の子は、走り始める。


一気に追手を引き離していく。


素足で逃げている子供を不審に思ったのだろう。


逃げている時、どうした? 何があった?などと声をかけてくる大人もいたが、気にする余裕がなかった


あと、ここが田舎ではなく都心でよかった。


男の子はわざと、人通りが多い場所を選んだ。人通りが多い場所を通れば、追手は母親を殺したように銃やナイフが使えない。


男の子は高層ビルの陰になっている公園に逃げ込んだ。男たちからは見えにくい場所にあり隠れるには、ちょうどいい場所だった。


やがて、男たちの気配が遠ざかっていく。


男の子は緩く息を吐きだした。


痛い。


足の痛みで現実に引き戻された。


気がつけば靴は脱げて、素足で逃げていた。


大丈夫?

けがをしたの?

見せて。


けがの回復は早いとわかっていても。


女性はいつも心配してくれた。


傍にいてくれた。


抱きしめてくれた腕や温もりはすでにない。


全部、失ってしまった。


幻のように消えてしまった。


手のひらからこぼれおちてしまった。


今は何も考えたくなかった。


疲れた。


少し休もう。


木々のざわめきを感じながら男の子は瞳を閉じた。








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