「皆、時間あるか?」
「所長、どうしました?」
「研究所を閉鎖しようと思う」
予想外の言葉に、周囲がどよめいた。
数人の研究員が、お互いに視線をあわせる。
隆は研究データーに、ライターで火をつけた。研究資料も破棄していく。
本気なのだということを、伝えたかった。
早く実績を残そうと、研究ばかりで気がつけば家族を失っていた。
家族で残っているのは、別の研究施設で実験をしている湊だけだった。ここ数年、湊ともまともに話していない。
奈美もこの手で、殺してしまった。
隆に家族といえる人はいなかった。
「我々はどうすればいいですか? いきなり、閉鎖と言われても困ります」
「安心しろ。別の研究施設に就職できるように手配してある」
「所長はどうするおつもりですか?」
「私はここに残る。帰っていいぞ」
「お疲れ様でした」
一人――また一人と、席をはずしていく。全員がいなくなったのを、確かめてから隆は銃を手にとった。
「――待ってください」
隆が引き金を引こうとした瞬間――都の凛とした声が部屋に響いた。
都の予感は的中した。
やはり、隆は死のうとしていたのである。
勝手に死ぬなんて許さない。
死ぬことに逃げるなんて、認めない。
そこには、肩で息をしている都が立っていた。
死が迫っても尚――圧倒的な都の存在感に、隆は無意識に銃をおろした。
今の都に勝てる気がしなかった。
「――都」
「逃げるおつもりですか?」
僕と母から逃げたように。
今度は死に逃げるつもりかと。
生きて――生き抜いて。
罪を償えと。
自分と向き合えと。
「私を殺さないのか?」
憎いのだろう?
「殺すつもりはありません」
人を殺さないで。
美和と和江との約束を、破るわけにはいかない。
「都も変わったな。変わってないのは、私だけか」
「あなたには、僕と母さんの分まで生きてもらいます」
例え、困難があったとしても。
迷って苦しんで孤独と戦えと、それが亡くなった人への償いだと都は隆に話す。
「それが、残された者の使命かもしれないな」
やはり、かなり体力を使っていたらしい。到着する前から、何回か吐血していた。
ここまで、来られたのも奇跡に近いだろう。
「――都」
「やめて……ください」
今更、父親面をするなと。
隆に心配などされたくなかった。
都にとって血のつながりは、あるものの隆は家族ではない。
本当の家族だと言えるのは、育ててくれた相田家の人たちである、ちろん、その中には湊も含まれている。
確かに治療方法が開発されれば、生きられるかもしれない。
普通の生活ができるかもしれない。
「僕は自然の摂理に逆らうつもりはありません。」
「お前が考えている自然の摂理とは何だ?」
「遺伝子操作など受けずに、寿命を全うすることだと考えています」
「そうだな。それが、人間の本来の姿だろうな」
「遺伝子操作を受けてデザインズ・ベイビーとして生まれてきたのなら、それが僕の自然の摂理なのでしょう。それに、僕は僕のままでいたいです」
ありのままの姿でいたかった。
自分は自分らしくいたい。
あの温かい家族のままでいたい。
相田都のままで、命を終えたい。
「その考えを変えるつもりはないと?」
「最後まで考えを変えるつもりはありません」
都自身、これ以上身体を傷つけられたくないという思いがどこかにあった。
自分が生きていたという証が、残っていればそれだけでよかった。
それに、生きて悪い者たちに利用されてしまったら。
弱さにつけこまれてしまったら――。
湊、鈴、和江、実、美和に迷惑をかけてしまうかもしれない。
皆の傷つく姿など、見たくなかった。
隆は都が話しやすいように、身体を動かした。
「私をとめるつもりで帰ってきたのか?」
「そのつもりで帰ってきました」
嫌っていたこの場所に。
「――そうか」
「どうして、研究所の閉鎖を?」
あなたの生きがいだったはずなのに。
「何もかもに疲れた。楽になりたかった」
全てを手放せば、解放されると考えていた。
「甘えるのもいい加減にしてください。長くは続かないとわかっていたはずです」
いつかは、終わる日がくると、奈美も気がついていた。
「気がついていなかったのは、私だけか。愚かだな」
「同じ過ちを繰り返さないことです」
「――そうだな。お前は信頼できる人を見つけたみたいだな」
本来、自殺をするつもりなどなかった。都が帰ってくると予測して弱さを演じていた。
これから、死にゆく者には意味のない話しだが。
隆はニヤリと笑う。
「ええ。お陰様でいい出会いがありました」
「それを捨てるなんてバカだな」
「――バカですよね」
あなたも僕も。
二人揃って。
「――少し休ませてください」
疲れた。
「ゆっくり休めばいい」
都の身体から力が抜けていった。
腕が力なく床に落ちる。
それが、都の最期だった。
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