デザインズ・ベイビー

遺伝子操作を受けデザインズ・ベイビーとして誕生した少年の物語。
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「故郷」2

公開日時: 2020年10月20日(火) 17:00
文字数:1,904

「皆、時間あるか?」

「所長、どうしました?」

「研究所を閉鎖しようと思う」


予想外の言葉に、周囲がどよめいた。


数人の研究員が、お互いに視線をあわせる。


隆は研究データーに、ライターで火をつけた。研究資料も破棄していく。


本気なのだということを、伝えたかった。


早く実績を残そうと、研究ばかりで気がつけば家族を失っていた。


家族で残っているのは、別の研究施設で実験をしている湊だけだった。ここ数年、湊ともまともに話していない。


奈美もこの手で、殺してしまった。


隆に家族といえる人はいなかった。


「我々はどうすればいいですか? いきなり、閉鎖と言われても困ります」

「安心しろ。別の研究施設に就職できるように手配してある」

「所長はどうするおつもりですか?」

「私はここに残る。帰っていいぞ」


「お疲れ様でした」


一人――また一人と、席をはずしていく。全員がいなくなったのを、確かめてから隆は銃を手にとった。


「――待ってください」


隆が引き金を引こうとした瞬間――都の凛とした声が部屋に響いた。


都の予感は的中した。


やはり、隆は死のうとしていたのである。


勝手に死ぬなんて許さない。


死ぬことに逃げるなんて、認めない。


そこには、肩で息をしている都が立っていた。


死が迫っても尚――圧倒的な都の存在感に、隆は無意識に銃をおろした。


今の都に勝てる気がしなかった。


「――都」

「逃げるおつもりですか?」


僕と母から逃げたように。


今度は死に逃げるつもりかと。


生きて――生き抜いて。


罪を償えと。


自分と向き合えと。


「私を殺さないのか?」


憎いのだろう?


「殺すつもりはありません」


人を殺さないで。


美和と和江との約束を、破るわけにはいかない。


「都も変わったな。変わってないのは、私だけか」

「あなたには、僕と母さんの分まで生きてもらいます」


例え、困難があったとしても。


迷って苦しんで孤独と戦えと、それが亡くなった人への償いだと都は隆に話す。


「それが、残された者の使命かもしれないな」


やはり、かなり体力を使っていたらしい。到着する前から、何回か吐血していた。


ここまで、来られたのも奇跡に近いだろう。


「――都」

「やめて……ください」


今更、父親面をするなと。


隆に心配などされたくなかった。


都にとって血のつながりは、あるものの隆は家族ではない。


本当の家族だと言えるのは、育ててくれた相田家の人たちである、ちろん、その中には湊も含まれている。



確かに治療方法が開発されれば、生きられるかもしれない。


普通の生活ができるかもしれない。



「僕は自然の摂理に逆らうつもりはありません。」

「お前が考えている自然の摂理とは何だ?」

「遺伝子操作など受けずに、寿命を全うすることだと考えています」

「そうだな。それが、人間の本来の姿だろうな」

「遺伝子操作を受けてデザインズ・ベイビーとして生まれてきたのなら、それが僕の自然の摂理なのでしょう。それに、僕は僕のままでいたいです」


ありのままの姿でいたかった。


自分は自分らしくいたい。


あの温かい家族のままでいたい。


相田都のままで、命を終えたい。


「その考えを変えるつもりはないと?」

「最後まで考えを変えるつもりはありません」


都自身、これ以上身体を傷つけられたくないという思いがどこかにあった。


自分が生きていたという証が、残っていればそれだけでよかった。


それに、生きて悪い者たちに利用されてしまったら。


弱さにつけこまれてしまったら――。


湊、鈴、和江、実、美和に迷惑をかけてしまうかもしれない。


皆の傷つく姿など、見たくなかった。


隆は都が話しやすいように、身体を動かした。


「私をとめるつもりで帰ってきたのか?」

「そのつもりで帰ってきました」


嫌っていたこの場所に。


「――そうか」

「どうして、研究所の閉鎖を?」


あなたの生きがいだったはずなのに。


「何もかもに疲れた。楽になりたかった」


全てを手放せば、解放されると考えていた。


「甘えるのもいい加減にしてください。長くは続かないとわかっていたはずです」


いつかは、終わる日がくると、奈美も気がついていた。


「気がついていなかったのは、私だけか。愚かだな」

「同じ過ちを繰り返さないことです」

「――そうだな。お前は信頼できる人を見つけたみたいだな」


本来、自殺をするつもりなどなかった。都が帰ってくると予測して弱さを演じていた。


これから、死にゆく者には意味のない話しだが。


隆はニヤリと笑う。


「ええ。お陰様でいい出会いがありました」

「それを捨てるなんてバカだな」

「――バカですよね」


あなたも僕も。


二人揃って。


「――少し休ませてください」


疲れた。


「ゆっくり休めばいい」


都の身体から力が抜けていった。


腕が力なく床に落ちる。


それが、都の最期だった。








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