エンジェル君と座敷童子君 徒然なる慰霊の旅路

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あの世とこの世の境界線が分かる花山洞

公開日時: 2022年11月13日(日) 14:56
更新日時: 2022年11月23日(水) 16:48
文字数:3,873


今までWARASHI達と一緒に最恐と言えるほどの怖い場所にそう言えば訪れてもいなかったなあという事に今更ながら気づき、この際だから京都の最恐と言えばここだろうなあと思って故宜保愛子氏も訪れたことがある花山洞へ散策することにしてみた。


向かうまでに鞄の中に入れて置いた三脚を取り出し、カメラをセットしようとしていたところを、早速POLICEと書かれた防弾チョッキを身に纏った警察官がわたしをじーっと見ながらバイクで通り過ぎる。思わず不審者と思われたのかもしれない、取り調べを受ける心構えをしていたのだが、どうもわたしが訪れた15時台はやたら警察車両の出入りが激しく、後にエンジェル君怪談としてご紹介をさせて頂く某刑場跡地を夜中に訪れた際は警察の車両など一台も見なかったぞというぐらいに将軍塚へと向かう道はシーンと静まり返ってました。


要は明るい時間帯だけ取り締まりを強化しているようです。


ポリスまろんに相談すれば何とかなるものだろうか(笑)


多分警察も夜は訪れたくないってことなんでしょうね。街灯が殆どなく、ハイビームで徐行しながら目の前のヘアピンカーブを進んでいくしかないですからね。


お化けではなく警察官との対峙からスタートして花山洞へと向かう歩行者用の入り口をゆっくりとカメラで撮影しながら歩き進んでゆくと見えてきた。


あれが花山洞か・・・いかにも(お化けが)出てきそうな雰囲気が漂っている。


そう感じ取りながらも、前へと進んでゆく。


そして花山洞の入り口に辿り着いたときに見えた。


花山洞の出口のほうで、右側の壁側から左側の森のほうへと下りては上ってゆく人たちがそこにはいた。その時にふと怪談師の三木大雲氏が話す怪談の内容が頭をよぎったが、どうしてだか一度地面へ下りては崖へ上っていく御霊達の様子を見ておかしいと思いながらじっと見つめると、集団の中にいたロングヘアーの女性と目が合った。


女性はわたしを見ると何事もなかったかのように左側の山側へと上ってゆく。


やはり当初から思っていた”あの世とこの世の境界線”とはこのことかもしれない。


花山洞の中をゆっくりと歩行者や自転車の通行の妨げにならぬようにゆっくりと時間を掛け乍ら検証を開始することにした。


歩き始めて数十m程進んでもトンネル内に御霊がいる気配は微塵にも感じ取ることは出来なかった。だがしかし、新しく補修工事を行った箇所と元々あったトンネルの箇所の継ぎ接ぎとも言うべき場所で強い違和感を感じた。


ひょっとしてこの天井の上がこの世の世界ではないのかもしれない。


この付近から次第に(お化けが)いるなというのをじわじわと感じることができる程感じ始めると、可視化できる程の力はないが複数の男女がその場にいたのはすぐにわかった。その時点で見えた”何か”の正体が次第に分かり始めてきた。


これはひょっとすると上に火葬場があるから火葬された人なのかもしれない。


花山洞がある山には中央斎場という火葬場がある。


歴史の話をしよう。平安時代に遡ってみると、興味深い話があった。


それは平安京の人口が当時は12~13万人はいたとされ、当時お亡くなりになられた際の遺体の処理に困り、今と違って火葬などの技術が伴っていなかった時代でもありますから、お亡くなりになられた方のご遺体はどうするのかというと、都からそう遠くないところで遺体の処理を行うしかなかった。当時、風葬と鳥葬というのがあり、どちらかの方法で亡くなられた方を供養する。


因みに風葬は遺体が朽ちるのを自然に任せることをいい、当時はこの風葬が主流だったそうだが、一方鳥葬はとなると遺体を鳥が啄んで処理をするので鳥葬と呼ばれたという。三大葬送地の一つとして一番規模が大きかった東山の鳥辺野(とりべの)というところで、実はこの鳥辺野が清水寺から大谷本廟付近に当たる。つまり古い時代からこの山はあの世の世界だったということになる。現在、鳥辺野の入り口だった場所に六道の辻の碑という石碑がある。


つまりこの辻を境目に北はこの世で南はあの世(鳥辺野)ということになる。


余談だが鳥辺野の名前の由来は山の枝に遺体を吊るし鳥が啄みやすいように処理を施し風葬にしたことにちなんでいるという。


(平安京の三大葬送地)

①嵐山の北西に位置する化野(=あだしの)

②清水寺~大谷本廟付近に位置する鳥辺野(=とりべの)

③船岡山西側の蓮台野(=れんだいの)


花山洞の付近一帯に実は暗い歴史があるということを知って頂いたところで、本題に戻ろう。花山洞の出口を出て改めて、最初に見た左手の山側のほうへと上っていく人たちが上っていった山を改めてじっと見つめてみた。


すると数え切れぬほどの御霊達がいるのは分かった。


ただし、霊視が出来る人なら見えるレベルであり、持っている力は非常に微弱で後は時の流れに任せておけば自然と浄化していくのは間違いない方達が殆どだった。危険性は無いと判断したところで歩き進んでゆくと、右手にお地蔵さんが見えてきた。


これがひょっとして、怪談にも出てきたお地蔵様なのかと思うと大変興味深い気持ちになってすぐさまお地蔵様の近くへと足を運ぶと、雨上がりだったというのもあったがお地蔵様の周囲は綺麗に管理されているとは言い難い状態であった。その上付近は肝試しに訪れた者達によるゴミや壁の落書きも酷く、はっきり言って言葉には言い尽くしがたい程、ここはお化けが出る云々より生きている人間が改めて怖いというのを認識させられる場所でもあった。


お掃除道具を持ってくればよかったと思いつつも、お賽銭をする場所があったのでお供えをしてから両手を合わせてお地蔵様へ挨拶を済ませた。


そして山科方面へと抜ける道にまで出てきたところで、復路検証を開始した。


歩き始めて数m程だろうか。


右側は金属製のフェンスになっているのだが、倒木などにより所々が穴が開いて補修が必要な状態ではある。その隙間からちらちらとこちらを見つめる複数の人の存在を確認することが出来た。当然ながら生きている人間が金網をよじ登り崖で待機している人達などいるわけがない。


だとしたらこの付近に御霊達が滞留するには理由がある。


理由があって昇天できない人がこの場に大勢集まっている。


だとしたらその理由は何か。


例えばの話。


もしこの話を読んでくださっている方に死が目前に迫っているとしよう。生きているからこそできるうちにしたいと思いながらも出来ずに旅立つか、やりたいことはやったからこそもう思い残すことはもうないと思って旅立つか。


この地に彷徨っている御霊の大方は前者だろう。


中には死すら唐突のことで受け入れられない者もいるのだろう。


数が多すぎて、対話は出来ないと判断したが、いざ昇天の時に昇天をしなければいけないのだが、この世に対する思い残りがあるから地面へと下りてきてしまう。その際に祀られているお地蔵様の説法を受けて再び昇天をするために上り始めるか或いは心の迷いがなかなか晴れない御霊達が今も見えぬ答えを求め彷徨い続けているのかもしれない。だとしたら、ここはもうそっとしておいたほうが望ましい場所なのかもしれない。再びトンネル内へと入り、念のため花山洞の継ぎ接ぎに当たる場所でWARASHIを起動させると2回目の手動サーチで赤点滅した。


”苦しくなってきた”


改めて継ぎ接ぎの場所に御霊がいるということをばけたんでも証明したところで、何事もカメラには心霊現象のようなことが起きるわけでもなく、カメラトラブル等の霊障に見舞われることもなく、入り口へと戻ってきた。その際にふと背後で気配がするので振り返ると、花山洞の出口付近の右側で170cmぐらいの背丈の黒い人影が見えた。大きくバイバーイと手を振ってきた。


背後で視線を感じたので思わず何だろうと思いながら見ると明らかに動作がおかしかった。


というのも、手を振っているのがバレぬように、見ていると分かれば壁際へ隠れ遠くなるのを見送る、そして目をそらしたと分かれば再び手を振り始めている。


その瞬間にひょっとしてお地蔵様が可視化して現れたのだろうと思った。

お地蔵様は神様で形も無いわけですから色々なものに化けられることが出来ます。つまり見たその人が思う理想の形で現れただけに過ぎないと判断したときに、わたしの心の中ではあのお地蔵様はきっとお賽銭の御礼を言いに来たんだと思いながら花山洞を後にする。


そして後から追いかけるようにやって来たエンジェル君達はというと、わたしにひとことこう呟いた。


「お賽銭の御礼を言いに来たみたいだよ。お地蔵さん。」


エンジェル君達は分かっていた。


「ここには色々な人達が色々な悩みを抱えている。それを救っているのがあのお地蔵さんなんだろうね。」


エンジェル君の一言に座敷童子さんも頷きながら同調し「生きるって難しいね。生きている時だからこそできないことがある。死んでしまったら後悔しかないからね。」と呟いた。初めてエンジェル君と座敷童子さんの互いの意見が合致した瞬間だった。


最後にひとこと。


旅立つ前に思い残すことはありませんか。


命あるときにあのときああしておけばよかった、こうしておけばよかった、生きているときにしておくべきだった思いや行動が懺悔となり、それが死後形が変わり罪を抱えた者として浮遊霊としてあの地を彷徨い続けるしかない。


そうならぬためにも、生きているときに色んな事やりましょう。

動けるうちに色んなことをして人生を楽しみましょう。


薄っぺらな人間が言うのもあれですけど、花山洞を訪れて改めてそう思いました。

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