「見た目は普通なんだけどな」
髪をルーズサイドテールに纏め一見すると只の市民にしか見えない風貌。
そんな女を正面にシーフは感想を漏らす。
「分かっているだろうけど油断禁物だよ。後、君が捕まえているその男もね」
未だ首に短刀を当てられ身動きが取れない男を指しヘルメスは注意する。
「聞いているんですかー。イヤル、あなたに話しかけているんですよ。女の私に命令されるのは気に食わないと言って勝手に作戦を立ててこの始末。まずこの森を夜に通る人にそんな稚拙な演技で騙される人は居ません。この森で狩りを行うなら霧を無視、又は存在を知らない馬鹿を標的にするべきです。そんな事も分からないで良くこの私の代わりを務めよう等と」
おっかねぇ女だなとシーフは思う。
ゆったりとした口調で的確な指摘を受け何も言葉が出ない男に女はもういいですと別れを告げる。
「や、辞めて…」
スパンと乾いた音が森へと鳴り響き男は全てを言いきる前にその命を落とした。
シーフの腕に命亡きその身体がのしかかる。
男の首からは未だ流血は止まらず地面を朱色に染め上げていた。
「なぁ、見えたか?」
「いいや。本格的にやばいかも知れないね」
シーフとヘルメスが警戒を強め戦々恐々とする中女は相変わらずの口調で話し掛けて来る。
「こんばんはー。私はテーセラです。先日邪魔をしてくれた所謂闇ギルドの幹部です。簡単に言いますと報復に来ました」
「そりゃご丁寧にどうも。だがペンデとかいう奴を殺したのは俺らじゃねーぜ」
結果的に犯人が見つからなかった龍の事件の黒幕殺しの事だ
ライト大侯爵からがヘルメスだけには何か言っていた様だが俺には聞こえなかった為真相は分からない
だがヘルメスの様子を見る限り犯人が特定されているとは思わない
「あら、そうだったのですね。ですがそれはどうでもいいんですよ。実際嫌いでしたし。そうでは無くてですね、私達の邪魔をしてくるという事が良くないのです。あなた達では無かったみたいですが。さ、お喋りはここら辺にしておきましょうか」
最後の言葉を皮切りにテーセラの威圧感は膨れ上がり戦闘態勢に入る。
「なぁ、ヘルメス。あの女以外の奴ら5分でいけるか?」
テーセラを視界から外さない様正面を見据えてシーフが聞く。
「木の上に隠れている分も合わせてかい?それはちょっときついかも知れないね」
「5分以上は無理だ。頼めるか」
「そう言われたら頑張るしかないじゃないか」
ヘルメスの言葉を聞き覚悟を決めたシーフは両手で顔を叩き気合を入れテーセラに向かって突撃をかます。
嫌な予感を感じ途中で右へ方向転換するとスパンと乾いたあの音がシーフが元居た場所から聞こえた。
「あっぶな」
「運がいいですね。それとも見えているのでしょうか?」
テーセラは温和な表情を崩さずシーフに問いかける。
テーセラが放つ不可視の攻撃だが大体の見当はつくきっと
「鞭だろ?最初は飛道具かと思ったがそれだとあんな音は鳴らねえ。それと見えないのは速度の問題じゃないな。それならヘルメスに見えない訳が無い」
シーフのヘルメスに対する信頼が言葉からありありと分かるが今、彼は彼で頑張っている最中だ。
その言葉はヘルメスには届かない。
「あなた中々鋭いのですね。これならあっちの彼の相手の方が楽だったかも知れません」
「へーそうかい」
シーフは再びテーセラに突撃する。
だが種が分かっても見えないものは見えない。
攻撃が来る事を察知し避けるも完全回避とはいかず肩に裂傷を負う。
接近戦に持ち込みたいシーフだがテーセラはそれを許さず徐々に傷を負っていくシーフに対して彼女は無傷のまま。
「うん、詰まらないですね。あちらの彼と同等の力をお持ちかと思いましたが」
シーフの視界には奮戦するヘルメスの姿が映る。
「悪かったな。俺は非戦闘員なんだ」
どうにか時間を稼ぎたいがテーセラの攻撃の手は一向に弛む事無くシーフに襲い掛かる。
あいつの手を見れば攻撃のタイミングは分かるが…
くそっ、ここが街道じゃなきゃな
不可視の攻撃を可視化させる方法はある。
砂塵を起こしたり小麦粉でも撒けば鞭の軌道を浮き彫りになるだろう。
だがここには砂も無ければ都合よく粉も無い。
回避だけなら後数分は持つだろう。
攻撃は諦め回避に専念しようと考えた瞬間
「それは困りますね」
戦略を見切ったテーセラはシーフにそうはさせまいと次なる手を打つ。
いや、次なる手を打った。
シーフの身体には透明な針、暗器とも呼ばれるそれが身体の節々に突き刺さっていた。
関節を的確に狙ったその針はシーフが動こうとする事を阻みテーセラにとって恰好の的となる。
「それじゃあさようなら」
テーセラは不可視の鞭を振りかぶりシーフの命を刈り取るべく腕を振る。
だがその鞭の先端はシーフの首に届く事は無く持ち主へと戻る。
それはつまり
「お待たせ、5分以内には戻ってきたはずだよ」
「主役の登場だぜ。テーセラ」
ヘルメスが戻って来た事を意味していた。
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