散らばった天啓を集める為に今日も旅をします。

ゆみ猫
ゆみ猫

王都アルザース

公開日時: 2020年9月2日(水) 13:12
文字数:4,091

シーフがリンガラに来てから3週間経ち王都に向かう日がやってきた。

ケイアの天啓、天聖を回収する事は無かった。

出鼻を挫かれ何とも言えないが次に向かう王都にも天啓保持者はいる。

王都の天啓保持者が素晴らしいモノを持っている事に期待しよう。


朝食を食べ荷物をまとめ3週間過ごした診療所が始まる前に出発する。


「お世話になりました。ありがとう」


感謝の気持ちを伝えようとするが途中で気恥ずかしくなり頭を下げる。


「やめてよ、そんな丁寧に…ねぇ私…いいえ何でもないわ」


「別に今生の別れじゃないんだ。また会いに来るよ」


俯きながら話をするケイアの頭をそっと撫でる。


「そうね 絶対よ?」


「あぁ分かったよ」


シーフが見えなくなるまでケイアは手を振り続けた。


「はぁ、弟が出来たみたいで楽しかったな。結局……」



△△△△△△


ケイアと別れて1時間、行商のおっさんとの待ち合わせの北門までやってきた。

北門には見張りの兵士が2人欠伸をしながら座っている。

勤務怠慢だと思うのは自分が元日本人だからなのだろうか。


見張りの兵士と談笑しながら数時間待つと行商のおっさんがやってきた。


「おー、早いな兄ちゃん」


しばらくぶりに見たおっさんの顔はずっと女の子と居たシーフには暑苦しく感じた。


「儲かったか?」


シーフは心得顔で突っ込んだことを聞く。


「まぁな!お前さんはどうだった。リンガラはいい町だったろ」


「あぁ こんな中央で生魚が食えるとは思えなかったよ」


出発の準備をしながらリンガラの思い出話に花を咲かせた。


ほどなくして準備は完了しリンガラの町を出る。

王都への道のりは長く途中1つ町を通過する。

そこで食料を補充しまた王都を目指す。

ざっと2週間は掛かる道のりで長い時間であるものの街道が整備されているらしく結界もあり安全に王都まで行ける。


この世界は自分の認識より少し生活が豊かだと感じる。

異世界と聞くと中世ヨーロッパなどをイメージするだろう。

その認識は間違いではないがトイレが水洗であったりお風呂が一般普及されていたり生活水準はだいぶ上なのではないかと思う。


だが異世界らしく通信技術は発達しておらず未だに手紙でのやり取りが主だという。

公的なやり取りでさえ手紙で行われる為上流階級になると手紙に魔力印をして送るのが礼儀となる。


そして一番驚いたのがこの世界にゴブリン等の2足歩行の人型魔物はいないという事だ。

興味本位で聞いただけだったが行商のおっさんに

「何言ってんだ。そんなのばあちゃんだって見たことないぞ」

と大きく笑われしまった。


100年以上前までゴブリンやオークなどいわゆる異世界っぽい魔族もいたが人魔西南戦争で滅び今ではおとぎ話の存在となっている。

この世界で魔物と言えば家畜が突然変異して現れ、それが繁殖して野生に群れを作ることが主らしい。

この例以外にも海には海竜などの強力な魔物もいて臨海の町はそれを狩ることで生計を立てる事で暮らしているという。


王都までの2週間、行商のおっさんはこれまでの経験を活かし色々な為になる話を教えてくれた。

名も無い村で狭まった見分を広げてもらったのは感謝してもしきれない。

ワーゲンの乗り心地は相変わらずだったが王都に着くまでの時間を有意義に使えた。


「俺はこっちの商業用の城門からなんだ。だからここでお別れだな」


王都の城門は2つあり商業用と一般用に分かれている。商業用の城門では荷物の確認をする為だ。


「助かったよ。随分と長旅になったけどな。でもほんとに運送料はいらないのか?」


「あぁ乗り合いでもなんでもねぇからな。しゃべり相手がいて俺も楽しかったぜ。」


行商のおっさんは豪快に笑い、いつかの様にシーフの肩を強めに叩いた。


別れを済ませシーフは一般用の城門の列へと並ぶ。

リンガラの城門とは違い見張りの兵士たちは真面目な顔で仕事をこなしていた。

数十分でシーフの番まで回ってくる。

するとただ城門を通るだけなのに列をなしている理由が分かった。


「国民証の提示を」


「えっと、国民証とかは持ってないんだけど」


この王国の民は皆、平等に国民証を持っていてそれが個人証明となる。

そしてこの国民証を持っていない者は罪を犯し剥奪された者か他国の者となるらしい。

シーフが持ってない理由は狩猟村出身で正式な村では無い為なのだがそんな事は一介の兵士に分かるはずも無く城門に隣接する駐屯所に連れて行かれるのだった。


「だから無名の村出身なんだって」


狭い石造りの部屋に閉じ込められはや数十分。

兵士は話を聞く事をせず一方的に問い詰める。


「盗賊や犯罪歴は無いようだな」


犯罪歴がある者が触れると光る魔道具で確かめさせられる。

これで5度目だ。


この魔道具は罪を犯した際に必ず登録する物らしい。

シーフは一度も登録したことが無いのだから反応するはずがないのだが兵士は懲りずに続けている。


「ガキの癖して何をすれば国民証を剥奪されるんだ」


「そんなのなくす奴だっているだろ…そもそも俺は持ってもいないし」


そんな問答を続けていると不意に後ろの扉が開いた。


「どうした どうした」

「悪い人捕まえたって聞きましたけど」


後ろを振り返れば大柄な男とそれとは正反対な小柄な男が立っていた。


「ヤング大尉、ハル中尉。こいつです。国民証を持ってなく怪しい為調べているのですが犯罪歴は無く手詰まっておりました」


ヤング大尉が小柄でハル中尉が大柄の凸凹コンビだ。


「どうも んー名前は?」


「名前はシーフだけど何とかならないの?この兵士人の話聞いちゃくれないんだけど」


机に肩ひじを突きながら二人に問いかける。


「よろしく頼むシーフ君。もしかして辺境の村出身なんじゃないかい?」


「そうだってずっと言ってるんだけどね」


話が通じる相手が現れ安堵のため息が出る。


「君、もう大丈夫だから勤務に戻りなさい」


ハルが話の通じない兵士に戻れと言うが話が通じない兵士は怪訝な顔でこちらを睨んでくる。


「そいつは大丈夫なのですか」


「えぇ 辺境の村にはこの様に国民証を持っていない方もいるんですよね」


ヤングに諭され渋々この部屋を出ていく。


「とは言え初めて見るんですけどね」

「確かに見ませんな」


「そりゃまぁ持ってない俺が悪いけどさ。話ぐらい聞いてほしいよな?」


「辺境の村人が王都に来る事などまず聞かないですからね。それでも国民証はギルドカードにもなるので持ってないと不便なんですけどね」


人を落ち着かせるような笑顔と声で彼らは話しかけてくる。


「それで俺は王都に入ってもいいのか」


「うむ いいでしょう」

「えぇ大丈夫ですよ 次来るときも自分たちの名前出して貰ったら通れると思うんで」


「そりゃ助かる。次からはありがたく使わせてもらうよ。にしても随分と厳しいもんだな、王都は。」


リンガラの兵士との変わりように思っていたことを口に出す。


「今は特にですかね。ちょっと王城で事件がありましてね」


ヤングの顔は先程の人を安心させる笑顔から一転真剣な顔に変わり事件の経緯を話し始める。


「帝国隣接領のノモス大侯爵が殺害されたのですよ。いえ正しくは殺害では無く処刑なんですけどね。私にはそれが不可解で仕方ないのですよ」


大侯爵と付くところからかなりのお偉いさんが殺されたのだろう。

帝国と隣接しているという事はそこが今行われている戦争の最前線となる。

その領主を処刑となれば最前線は荒れるのではなかろうか。


「それで不可解な点なんですけどね。ノモス大侯爵は国家反逆罪で処刑されたんですよ。なんでも帝国と繋がっていたとかで。でもそんな事をする様な人じゃないんですよ」


「なるほど。それは大事件だな。でもまぁ上っ面だけの奴もいるしな」


ヤングに軽く睨まれる。


「とりあえず聞いてください。ノモス大侯爵は王城に呼ばれて国王の前で弁解をしていたんですよ。そしたら近衛騎士団長が急に彼の首を切ったんですよ。友のその様な姿は見たくないって。でもそれは問題にならないで処刑という形に収まったんですよ」


興奮気味に話すヤングの隣でハルは苦笑いを浮かべ宥めていた。


しかしその話が事実なら随分横暴な対応だとは思う。

弁解の一つも聞かないで処刑とは恨まれそうだ。


「確かにひどい話だな。弁解ぐらい聞いてあげてもいいよな」


「そうなんですよ。だから個人的にノモス大侯爵を嫌っている…」

「大尉その程度に」


横からハルがヤングに制止をかける。

賢明な判断だろう。

もし本当にヤングの話が合っているなら無暗に言いふらすことは自分の首を苦しめる事になるだろう。


「それなら仕方ないな。でも大丈夫なのか。国境線は?」


「ええ ご子息が後を継いで治める予定になってますからね。ひとまずは大丈夫でしょうね。この後の予定は決まってるんですか?」


「ん~ 今日のところは宿を探して明日は少し観光するかな」

「それでしたら私とハルで案内しますよ。明日は2人とも非番ですし王都には詳しいんでね。明日は観民式が行われる予定ですし王城前は混むでしょうからね」

「そうだな」


ヤングの横で相槌しか打たないハルを変な人だなと思いながら聞きなれない言葉について言及する。


「観民式ってなんだ?」


「王族の皆さんが王城から我ら国民の姿を見守る行事ですかね。普段なら広場に出店なんかも出店して祭りみたいに賑やかになるんですけど、今回は大侯爵の件があって国民の不安を拭い去る為ですから急で告知も無いんですよ。なので出店は無いでしょうね」


「へぇ楽しそうな行事もあるんだな。にしても昨日の今日でやるなんて機転の利く王様じゃん」


「まぁそうとも取れますね」


ヤングは手を顎に当て首を傾げて話を続ける。


「でもこれもおかしいんですよね。王城で昨日起こった事が今日王都ではもう広まっているんですよ。早すぎるんですよ。だからきっと…」

「ヤング大尉」


ハルがたしなめる様に声を掛ける。

ハルが居ないとヤングは大分危ない所まで喋ってしまうのでは無いかと不安になってくるやり取りだが先程からの話は案外確信をついてるものばかりの様に感じる。

頭脳派のヤングとストッパーのハルでいいコンビだと思う。


「まぁだったら案内して貰うのは助かる。明日は頼むよ」


シーフはそう告げて今日泊まる宿を探すために王都へと繰り出すのだった。


ヤング大尉:友好の天啓を持つ。ただしハルと半分ずつである。戦闘能力は無いが天啓の力で位はそこそこ上。

ハル中尉:友好の天啓を持つ。ただしヤングと半分ずつである。戦闘能力は無いが天啓の力で位はそこそこ上。

ノモス=ルネートル:ルネートル領前当主。大侯爵であるが国家反逆罪で処刑。紋章はウルスがレリーフされている。

紋章:各家の象徴

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