「行こうぜ、ほら」
シーフは先程の咆哮を全く気にしない様子で振り返り立ち竦むヘルメスとエナベルに両手を差し出す。
「シーフ君って人は…」
「ほんと恐れ知らずの馬鹿なのじゃ」
2人は苦笑いを浮かべながらそんな感想を漏らす。
釈然としない評価にシーフは顔をムスッとさせ両手を自らの方向へ思いっきり引っ張り強制的に2人を前に進めさせる。
「いいから行くぞ」
そのままヘルメスとエナベルの背中を押し歩みを進める。
不意に2人が止まりシーフは前のめりになって転びそうになる。
文句を言おうと口を開こうとするとヘルメスに手で口を覆われてしまった。
「しっ。あそこを見てごらん」
ヘルメスが指す崖下の方向に目を向けるとそこには巨大な龍と十数人の男達が居た。
龍は近くの男の5倍はあろうかという大きさで静かに佇んでいた。
3人は身体を伏せながら様子を窺う。
「ちっ。こいつがありゃ何でも言う事聞くんじゃねーのかよ」
「ここまで来たらもうすぐウェストでっせ」
下っ端感が良く出る男がこの数人のボス様な男に報告する。
「んな事分かってんだよ!全くこいつが言う事聞かないせいで予定より大分遅れてやがる…急がねえとペンデ様に処分されるぞ」
どうやらこいつらより上の奴が居るらしい。
だが取り敢えず目下の龍を何とかしない事にはどうにもならない。
シーフは小声でヘルメスに龍飼いの笛を使ってみないかと提案する。
「そうだね。この笛で操る事が出来ればあいつらは何とかなりそうだ。そしたら依頼も解決できて帰れるかな」
そう言ってヘルメスは龍飼いの笛を取り出し口に咥え空気を流し込み音を出す。
指を動かさずともその笛はか細く透き通るような旋律を奏でる。
辺り一面に音が溢れ龍の傍に居た男達にも3人の居場所が見つかる。
「あそこから音が鳴ってまっせ。崖の上です」
「お前ら2人は龍を見張れ。行くぞ、お前ら!」
リーダー格の男が十数人を連れて崖の斜面が緩くなっている所から登って来る。
それを見たヘルメスは「少し隠れてて」とだけ言い残し地面を強く踏み込む。
一瞬にして登って来る奴らの元まで到達し目で追えるかギリギリの速度で制圧を完了させた。
意識が残ってる者はほぼ居らず唯一リーダー格の男だけが這いつくばりながらもこちらを睨みつけていた。
「お前らは何者だ…あれを見られたからには生かしておく訳には…うっ…」
ヘルメスが頭にトドメの一撃を入れリーダー格の男の意識は消え去る。
「エナベルちゃんワーゲンを使って衛兵を呼んで来てくれないかな。賊を捕まえたってね。あぁ、うちのピレットは頭が良いから来た道を戻るだけなら操縦はいらないよ。お願いできるかな」
「ちゃん付けするな。分かったのじゃ。儂がここに居てもできる事は無いしの。そっちは任せたぞ~」
エナベルは駆け足でこの場から消えて行った。
居なくなるまで見送った後、龍が居た場所へと駆け戻る。
龍は未だそこに居り辺りには血だまりが出来ていて見張りを任されていた人であっただろう残骸が残されていた。
その龍はヘルメスを見つけるなりあの恐ろしい咆哮を放ってくる。
痺れる身体を懸命に動かしシーフは後ろに居るヘルメスへと咆哮に負けない様に声を掛ける。
「大丈夫か!動けるかヘルメス!」
「さっきみたいにはならないさ。大丈夫だよ、シーフ君」
そう言ってヘルメスはシーフの前に出て戦闘態勢を取る。
腰の柄の無い真っ黒な鞘から銀色に鈍く光る刀を抜き構える。
「何かあったら大声で言ってくれ、シーフ君」
「何かってなんだよ」
「弱点とか、必勝法とかかな」
笑っていた顔も正面、敵を据えると真剣なものとなり辺りに緊張感が走る。
ヘルメスは地面が大きくへこむ程踏み込み前方へ跳躍する。
すれ違いざまに首を狙い切り込むが鱗が固く刃が通らない。
一見ダメージは無い様に見えるが龍が激昂してるのを見る限り少しは食らっているのかも知れない。
ただ目に見えるほどのダメージを与える事は出来ず辺りは龍が放った炎のブレスで所々焦げ火が付き、地形も戦闘で暴れまわる為崩壊を起こし危険な状況となっていた。
「シーフ君!これは勝てないかもしれない!どうしようか!」
「そんな事言われても分かんねーよ!崖崩れにでも巻き込めよ!」
ヘルメスは納得した様な顔で再び龍に特攻を仕掛ける。
徐々に龍を今にも崩れそうな崖の元へと誘導し炎のブレスを撃たせる。
瞬間、ヘルメスは龍の足元を駆け抜け背後から一振り。
刀の軌跡は龍の足を討ち体勢を崩させ崖の崩落に巻き込ませる。
落石の衝撃により発生した土煙の中からヘルメスが飛び出してくる。
シーフの横にピタッと止まり
「どうやって倒そうか」
そうにかっと笑いシーフを困らせた。
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