この物語はフィクションです。
実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
夏の温かさと、春の爽やかさが混じる三夏の風。
天気は晴れ、空の碧さが、雲の純白さを引き立たせていた。
時刻は朝を少し遅れてしまっただろうか。
日は暖かく俺らを照らし、彼女はその眩しさにやられているそうで、少し目がチカチカしている様子だった。この街は栄えているのだろう。
昨日もそうだったが、昼でも、夜でも、人の行き交いが激しかった。
俺はそういうのに慣れてはいたが、彼女はそうではなかった様で、歩き始めてほんの四五分辺りで直ぐに人酔いを起こしてしまった。
「おい、大丈夫か?」
彼女の足元は頼りなく、かなりの量の汗を流している。顔は少し青ざめ、呼吸も荒い。
彼女がこうならないように、行き交いの少ない朝の時間帯を選んだのだが、少し遅かったようだ。
俺は彼女を縦抱きで持ち上げ、なんでもいい、とにかく人と距離をおける店を探し走っていった。
「大丈夫か?すいません。水貰えますか?」
適当な室内を求め、入った場所は飲食店だった。
俺は彼女を席に座らせ、しゃがみ、彼女と目を合わせ、状態を確認した。店員が持ってきた水をゆっくり飲ませて、深呼吸。
朝飯を食わず、外に飛び出すように出たため、それが原因なのかもしれない。
「メニューだ。頼みたいものがあれば言ってくれ。」
そういいテーブル席に置かれていたふたつのメニューの内ひとつを彼女に差し出す。
受け取った彼女は何かを思い出したかのような目を見せた。どうすればいいかも分からず、とりあえずメニューの内容を読んではチラチラと俺の方を見る。
「遠慮はするな。パッと見て、これがいいって思ったものを言うといい。」
そう言うと、彼女は遠慮気味な顔をして黙々とメニューを見つめ、また俺の方をチラチラとみている。彼女は捲ったページから変えず、同じものを熱心に見ていた。少し彼女が見ているメニューを覗いてみると、見ているのは白米とハンバーグとそれに添えてある人参、ポテト、そして汁物がついているという、所謂ハンバーグ定食と言うやつだった。なるほど、朝には少し重たいかもしれないが、彼女の痩せ細ったら体を見れば、それぐらいの量が適量だと思った。
値段はこの店で考えると高い方では無いが、低い方でも無い、至って普通の定食だった。
そうか、これが良かったのかと思うと同時に、別に高いのを頼んでいる訳でもないのに、何故そこまで遠慮していたのかと不思議に思う部分もあった。これから旅を共にすると決めたのは彼女だ、多少俺に迷惑をかける気でいたのだろう…?
「すいません。これを2つください。」
彼女の食べたいものを察し、俺もそれでいいやと思い、ハンバーグ定食をふたつ頼む。
最初食いたいものを言えとは言ったが、このまま遠慮され続けては日が暮れる。俺が言った方が早いと思ったのだ。
「な、なんで…」
「これじゃなかったか?」
「……ううん。」
そうしてしばらく待つと、頼んだ定食が来た。
それは俺が想像していたより遥かに美味そうで、米と肉は輝き、鉄板の上にある肉汁は踊り、汁は温かさを感じる湯気を出し、ハンバーグの匂いを引き立たせていた。
「美味そうだな。」
「ほ、本当にいいの…?…わ、わたしなんかが……こんな美味しそうなの食べ…!」
「いいから、黙って食って、美味いって言えばいいんだよ。」
俺は彼女の発言を止め、食べるよう促す。
まぁ最初のひとくち、少し食べずらいだろう。
だから最初俺が食べるところを彼女に見せてた。
中に詰まっていた大量の肉汁は口の中で噛めば噛むほど溢れ、焼き加減もよく、表面は結構カリッとしていた。彼女は俺の食べているところを見て美味しそうな瞳で見つめ、今度は自分がと、フォークひとつを持ち、ハンバーグを切り、口に運ぶ。
「どうだ?」
小さな口で食む彼女を眺め、そう言う。
彼女はその言葉に反応を示さず、こちらに目を合わせないで、俯き、暫くすると、急に勢いよく目の前の料理に食らいついた。
その姿はとても必死で、その目には涙が浮かんでいた。
「おい。焦りすぎだ。飯は逃げないから。ゆっくり食べろ」
そういい彼女の頭を撫でると、溢れないようにしていた蓋が取れたかのように涙が溢れ出した。
彼女に一体何があったのかは分からないが、何かがあったことは分かる。やはり、この子の身元についてはいずれ調べなければいけない時が来る。これを食っただけで、こうはなるまい。
ほんとうに…今までどんな生活をしていたのだろうか…?
それにしても、彼女は急いで食いすぎだ、いきなりそんなに食べれば胸に詰ま…あぁ。言わんこっちゃない。
彼女は自分の胸元を叩いて胃に流そうとする。そんな彼女に俺は自分のまだ飲んでいない水を差し出すと、彼女はそれを飲んで、喉の詰まりを全て流し終えた。
「もっと味わって食べな。ここにはお前の飯を奪う奴も、食べるお前を軽蔑するやつもいない。ゆっくり食べていいんだ。」
「うん……おい…しい…美味しい…美味しい!」
「………あぁ。上手いな。」
彼女はまた1口ハンバーグを食べると、どんどん明るくなりながら、はっきりとした声で"美味しい"と言った。自分も一口食べて見ると、確かにこの店の料理は上手く、肉汁たっぷりで、すぐにでも米をかきこみたくなる。もう彼女のハンバーグは残り少ないが、彼女はまだまだ食べる気でいる。追加で頼んであげようか、そう思っていると
「そんなに喜んでくれちゃぁ、こっちもサービスしないとなぇ!」
恐らく、さっきの会話が聞こえたのだろう。
この店の店長であろうガタイのよく、こめかみに戦歴の傷のようなものを持っているおっちゃんであった。その人は、ひとつのハンバーグと、唐揚げを持っていきた。
「嬢ちゃん!もうハンバーグも少ねぇだろ!これでも食って、もっと元気だしな!」
「……………………!!!!」
おっちゃんがそう言うと彼女はハンバーグの方を一口食べると、中にチーズが入っていた。
なんとおっちゃんはチーズハンバーグをサービスしてくれていたのだ。
彼女はチーズの美味しさに目をキラキラと輝かせ、またご飯をかきこむように勢いよく食べた。
しかし、よくこんなものを、しかも唐揚げまでサービスしてくれるなんて…。少し俺は怪しんだ。
「おい、それじゃあまた詰まらせ……。
………いいのか?これ……サービスしすぎじゃないか?」
「いいんだ。俺はなぁ、元々こんな風に俺の料理を、喉詰まらせるまでかきこんで、美味しそうに食って欲しくて、この店を始めたんだ。嬢ちゃんくらいだったぜ?あそこまで美味しそうにうちの料理を食べてくれたのは!あんな顔をされちゃァ、うちもサービスしたくなるってもんよ!」
おっちゃんは何かを思い出すように彼女を見つめていた。一体彼の目には、彼女がどのように映っているのかは分からないが、その目は、何かを思い出すと同時に、懐かしみ、嬉しみ、そして若干の悲しさを纏わせていた。
「ありがとうございました。ほら、ミナトも。」
「あ、ありがとう…ございました…!」
「あいよぉ!嬢ちゃん!腹減ったら、またウチの店に来てくれぇ!」
飯も食べ終え、店を出ると、先程の店長が店の前まで来て、俺らを送ってくれた。
おっちゃんは大きな声でそういい、手を振ると、彼女もおっちゃんの方へと向き、手を大きく振った。
時刻は昼。さっきよりかは人の行き交いは大人しくなった。これぐらいなら彼女も人酔いはしないだろう。
「おい、そろそろ行くぞ。」
「おい…じゃない…よ…!ミナト…!」
そう小さく頬を膨らましながら俺に対してそう言う。その姿はなんだか可愛らしく、ふと笑ってしまった。
「そうか、悪かったな。じゃあミナト、行こうか。」
「う、うん…!」
ミナトはそう言うと俺の手を贅沢に握りしめ、お腹いっぱいで幸せそうな笑顔を浮かべながら俺たちは本来の目的である服屋へと向かった。
その灯火は、なんだか光を取り戻したようだ。
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「ったく、おめぇはがっつきすぎだ。」
「えぇ?だって、あなたが作る料理、とっても美味しいんですもの!」
「もうちょいお上品に食えってんだ。」
「そんな余裕ないですよ!」
「そんなにがっついたら喉詰まらせ…あぁ、馬鹿。言ったそばから詰まらせてんじゃねぇか。」
「うっ……ふぅ。…ごめんなさいね。でも貴方の料理、本当に美味しくて、美味しくて。毎日食べたいくらいですわ!!」
そう…言ってたじゃねぇか。
この店始めたけどよぉ。お前見てぇなやつは誰一人いなかったんだ。それが寂しくてなぁ、でも若干、それが当たり前なんじゃねぇのかなって…思うようになってきちまったんだ。
でもよ、今日な、お前にそっくりな奴が来たんだ。そいつなぁ、泣きながら、がっついて俺の料理を食べてくれたんだ。お前みたいだった。
すっごく嬉しかったんだ。
なんだかよ、俺ァ大切なことを、あの嬢ちゃんから思い出せて貰ったよ。店、畳もうかとも思ってたんだけどよぉ。もう少し頑張ることにしたんだ。また来るかもしれない、お前みたいなやつに、とびきり美味い料理食わせてやるためにな…。
1人の厨房、飾られていた写真の前で涙を浮かべる大男が1人。
灯火は、再び周りを照らし始めたようだ。
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