舞台は久しぶりの村へと戻る。
月を見る者の根城、赤龍山の麓にある村は、元が廃村だった事が信じられない程に発展を遂げていた。
魔王和也によって豊かになった土壌による豊富な収穫量の農作物。
ケンタウロスの氏族が定期的に納めに来る獣の肉、骨や皮を加工した道具等。
魔王再臨の報せ、帝国に乗り込んで因縁のあるドラゴンを救出した武勇伝。
そういった噂を聞き付けた魔物も多くこの村に身を寄せ、和也の知る頃より数倍に魔物達の数も膨れ上がっている。
人類の基準から考えても十分に立派となった村は、今日特に賑わっていた。
「肉料理の用意が遅れているブヒ! 会場の設営はどうなったブヒか!? 夕暮れまでには完了しないと祖霊の元に送るブヒよ! 」
特に、村の中央。
大掛かりな飾り付けを施された区域の熱気は戦場もかくやと言った程であり、まだ若い魔物の中には威圧されて満足に動けない者までいる始末だ。
「何せ……魔王陛下が帰ってくるブヒ」
そう。
これは魔王おかえりなさいパーティ。
ゴブリンとオークの族長、緑の刃と鉄の猪が企画したビッグイベントであった。
ケンタウロス、春の息吹によって細かく情報は届けられていたがやはり1度死んだと誤報を受けた以上心配な魔物達。
その不安を払拭する為にも、このパーティは大々的に行われる事となっている。
「ふむ、パーティの支度も大詰めブヒな。後は進行に合わせた料理をお出しすれば……」
「鉄の猪殿! 」
風の如く、小さな影がオークの前に現れた。
歴戦の勇士である鉄の猪ですら間近に来るまで気配を気取らせない身のこなし…….
「緑の刃。如何したブヒか」
ゴブリン族最強、緑の刃。
かつて魔王の側近としても活躍した老練の戦士が、何時もは厳格な表情を僅かに緩めて報告する。
「魔王陛下がもうすぐ到着される」
「おお! 良かったブヒ。用意は出来ているブヒよ」
久しぶりに会う魔王への期待を膨らませて、魔物達は出迎えにと村の入口へと向かうのだった。
「うるさ」
村が見えないうちから滅茶苦茶煩かった。
ブヒブヒ、ギィィギィィ、ウオォ!
知っている魔物達の声とは別に、何種類か知らない鳴き声も混ざっている。
それらが大合唱の如く、村からまだ遠い道にまで届いていた。
「多分歓迎してくれてるんだよな」
「みんなカズヤが大好きだからな」
ズン、ズン。
と揺れる高い視線で、微かに見え始めた村を眺める和也。
「ゆっくり歩けば意外と乗れるもんだな」
和也は今、月を見る者の背に乗っていた。
彼を背に乗せて行きたいと騒ぐ月を見る者の要望は叶えたいが、音速で飛行されると和也が衝撃波でバラバラになってしまう。
そもそも、他にも同行者が居るのに和也と月を見る者だけが圧倒的に先行しても意味が無い。
という事で、月を見る者は飛ばずに歩行して和也を乗せるという事で落ち着いた。
実際には落ち着いていないが、とにかく騒ぐ者も居たが無理矢理落ち着かせた。
和也も魔王として、随分と貫禄が出てきたものである。
「はぁ……安全線の警備も殉職率高いってのに……魔物の村に使者として行くって……ついねえ」
「大丈夫。エルヴィンは私が守るよ」
一緒に着いてくるのは愛妹の愛歌。
以前から話があった連絡役としてエルヴィンとドロシーの通称ラブコメコンビ。
ちなみに和也しか呼んでいない。
そして。
「お2人はまだ良いですが、私は……見られた瞬間殺されてしまう……かも」
帝国皇女。
ルーリエ・ヴィセア。
やんごとねぇご身分の皇女様だが、ドラゴンの傍だと怯えて馬も使えず徒歩での移動。
「エルヴィン君とドロシーちゃんは分かるんですけど、なんで皇女様まで来てるんですか? あ、いや高い所からすいませんホント」
私はカズヤ以外乗せん! と息巻く可愛い子ちゃんの頭を撫でてやりながら、ずっと聞きたかった事を今更聞く和也。
「皇帝陛下から経験を積んでこいと……私の生まれでしたら使者としても申し分ないでしょう。ですが、仮にも宝具を預けられている私はもしかしたら魔物の方々に……使者が死者に……なんちゃって……」
「……はは! 」
渾身の自虐ネタに、乾いた笑いを返すしか出来ない和也。
エルヴィンとドロシーも、空気を読んでだまっていた。
ただ1人を除いて……
「大丈夫だよ! 魔物の皆って根に持つタイプは少ないからね! 」
キャピッ!
と擬音が伴いそうなハツラツとした仕草で、落ち込むルーリエを励ますスポーティな美女……
小麦色に焼けた健康的な肌。
時折覗く真っ白い焼けていない部位は、見てしまった者をドキリとさせる魅力を
伴っていた。
綺麗な足を惜しげも無く晒す短パンに半袖のシャツ、全て和也プレゼンツである。
ねじ曲がった山羊を思わせる一対の角と、吸い込まれるような黄金の瞳がとってもチャーミング。
一体誰なんだ……
「あ、あの……無理なさってませんか」
朗らかに笑っていた美女は、ルーリエの遠慮がちな質問に一瞬で真顔になる。
「無理しているに決まってるだろう。助けてくれ、アイツまじ頭いってるよ」
そう、彼女の正体は邪なる瞳の王。
最悪にして最凶の悪魔。
他者の破滅を何より愛し、人類魔物問わずに不幸を振り撒き続けた悪魔の王は……今や和也の完全な言いなりとなっていた。
与えられた新たな名は……
「おーい、麗らかな日和」
「……はーい! どうしたのかな、和也」
麗らかな日和。
圧倒的光属性の名を与えられた彼女は、和也の命令によって名前の通り春の日差しの如く爽やかな言動に気を使っていた。
「……ああ言っている割に満更でも無いような気がしますが」
ルーリエ皇女が首を傾げる。
名を呼ばれた時に周りの者に分かるように嫌な顔をした割には、和也の元に向かう彼女の足取りは軽い。
ルンルンと、スキップしそうな程に。
「殿下、なんだかんだ言って名前を気に入ってるんっすよ。言動だって、多分カズヤさんの好みだし案外ノリノリかもっすね」
「まぁ。流石エルヴィン様、色恋事にはお詳しいのですね」
エルヴィンはこういった観察眼には優れている。
しかし何故か、自分に向けられた好意には鈍く勘違いを良くしてしまう悪い癖があった。
「その洞察力をもっと私に向けてくれたらいいのに……ブツブツ」
「え? なんか言ったか? 」
幼馴染ヒロインポジションのドロシーは今回も難聴系主人公に悩まされる。
そんな甘々な光景を龍の背から眺める和也であったが、今回は初対面の様な嫉妬は抱かない。
なにせ、今の彼には恋人……婚約者? の月を見る者と、別に自分に好意を寄せている美女がいるのだ。
まさに両手に花。
うっはっはのハーレム状態。
我が世の春が来たぞと、龍の背に括り付けられた最後の同行者の背を叩く。
「わっはっは! いやぁ良い気分だ、なあ和也Jr」
和也Jr。
龍の背に括り付けられた眠り続ける謎の青年。
彼は神様の内側から出てきたはいいが、未だに寝続けて何の反応もない。
置いて帰る訳にも行かず、和也に瓜二つな事もあって情が湧いてしまった。
今では和也Jrと名付け、一緒に村へと移動中である。
「しかし随分旅のお供が増えたもんだ……皆に会うのも久しぶりだなぁ。爺やの野草料理も、あの頃は飽きてたけど今になると食べたくなってくるから不思議だ」
村に着いたら、爺やに野草料理をリクエストしてみよう。
ウキウキとした、軽い足取りで和也ら一行は村へと向かうのであった。
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