二代目魔王と愉快な仲間たち

~訳アリニート魔王として君臨す~
助兵衛
助兵衛

38話 逃げ切り勝ちなんてさせないぞ

公開日時: 2021年10月3日(日) 23:53
文字数:3,242

何十年も昔に、魔王と名乗っていた男は人間だった。


気が狂って魔王なんて名乗っていた訳じゃない、周りが呼ぶから、望むから仕方なく成り行きでそう名乗っていた。


彼は普通だった。

運悪く、普通の人間らしい感性を持って生まれた超人だった。


活力、生命力を操る超能力。

怪我や病を癒やし、土地や作物を復活ささる超常の力。


そんな素晴らしい力を持つ彼は、代々魔物に仕える奴隷の一族から生まれた。

当然のように主である魔物の為に超能力を使う。


戦いで傷付いた魔物を癒やし、食べ物が少なくなれば増やし、疲弊した軍団には無限の活力を与えた。


全て周りが望んだ事だった。

頼られ、感謝される事に喜びを全く見出さなかった訳ではないけれど、それでもやっぱり続ける理由は望まれたからだった。


魔王には自らの願望は存在せず、ただ望まれるままに生きた。


魔物達から王と崇められるようになっても、彼は結局先祖代々の流れを受け継ぎ奴隷として生きる事を選ぶ。


望まれたからだ。


配下であり主人である魔物達を率いて、反抗する人類、勇者と戦い……負けた。


圧倒的な力に叩きのめされ、全身全霊を込め命を対価にしてようやく刺し違えた。

しかし死ぬ訳にはいかなかった。

望まれたからだ。

死ぬなと、戦い続けろと、魔物の世界を作れと。

ひたすら血を、戦いを、この世界に溢れさせ続けろと。


生きなければならない。

しかしただ生き延びても、また人類は勝利してしまう。


もっと力が必要だった。


勇者のような規格外の化け物がいても勝てる様に、あの化け物が残した遺物の使い手を殺せるように。


この世界は魔王と勇者で完全な頭打ちだった、それ以上の戦力が現れる事は無い。


ならば……と、魔王は外なる世界に目を向けた。


種類を問わず、力の強弱のみを辿って数多の異世界を渡り歩き…….


縁側で暇そうに、悲しそうにしていた青年に声をかけた。






「お兄様! 」


和也は愛歌ちゃんの声で意識を取り戻した。

ガンガンと痛む頭を振って当たりを見渡すと、身体中から黒いモヤが溢れ出ている。


「あーそうか。死んだ? 」


「いえ……お兄様は」


「あぁいいよ。ごめんね、迷惑かけた」


さて、と立ち上がって当たりを見渡す和也。

周りの木々は全て燃え尽き、空は巻き上げられた灰で黒ずんでいるように見えた。

酷い有様だ、なにがあったのだろうと今度は下を見て……きゃっと飛び跳ねる。


「びっくりした、焼死体を見るのは始めてだ。誰? 知り合いだと嫌だなあ」


「お兄様、覚えていませんか? それは……邪なる瞳の王さんの」


えぇ? と近付いてよく観察する。


身体を縮める様にして息絶えた焼死体は、元が男だったのか女だったのかも判別出来ない。


唯一、頭部から生えた一対の角が個性を主張していた。

多分、愛歌の言う通りこれは邪なる瞳の王なんだろう。


「簡単に死ぬタチとは思えないけど……」


何か忘れている気がして眉間に皺を寄せるけれど、それよりも大事な事があって視線を愛歌に戻した。


「愛歌ちゃん。鎮めをお願い」


「かしこまりました……それ、では……」


「愛歌ちゃん? ちょ、愛歌ちゃん! 」


突然、顔色を悪くした愛歌が倒れ込んできた。

慌てて抱き止めようとしたが、腕はスカッと宙を切る。


「おわっ……君は」


愛歌の華奢な身体を後ろから支える腕。

愛歌よりも頭1つ背が高い、大きな杖を抱える豊満な女性……ルーリエ。


彼女もまた今にも倒れそうに顔色を悪くしながら愛歌を支えて、和也から距離をとった。


「え、傷つく……」


「カズヤ様! 今すぐそれを収めて下さい! 」


え! それ!?

と慌ててズボンのチャックを確認する。

大丈夫だった、和也のリトルサンは雌伏の時を過ごしている。


「魔力です! 怒りますよ! 黒い力も、魔力も早く収めてください! 」


「待って……愛歌ちゃんが居ないとこれは収まらないんだ。というか魔力? も溢れてるの? 」


愛歌は縛り手である和也との血縁であり、霊的素質こそ低いが幼い頃より辛い鎮め手としての修行を積んできた。


和也が本気で殺そうと思わない限り、朱渦獣命の力で愛歌は死ぬ事はおろか影響を受ける事すらない。


だと言うのに、愛歌は立っていられない程に消耗し鎮めの儀式を行えないでいた。


「愛歌ちゃんが無理なのに、君が無事なのはなんでだ? 」


「私は、宝具と自分の魔力で防護を張っています。それでも……もう、ここには立っていられません」


杖を支えにして、取り落としそうになった愛歌を抱え直すルーリエ。

大粒の汗が額に滲み、血の気が引いた顔は白い肌も相まって死体の様にすら見えた。


「一先ず距離を……とります」


「あ、ああ。分かった」


僅かな余力を振り絞ってルーリエが下山する。

その間にも和也から漏れ出る黒いモヤは勢いを増して、もはや吹き出ていると表現できる程になっていた。


死が満ちる。

行き場もなく、ただ溜まり、漂い、生を剥奪する。


「は、は、は。環境破壊だ」


燃え尽きた木々は僅かに残った生命力を奪われて灰となり、大地を這うモヤに触れた雑草が朽ちていく。


山の中腹から徐々に麓にかけて死は満ちて行き、龍の炎を免れた森を滅ぼし、まだまだ進む、


「なんだこれは、こんなの始めてだぞ。愛歌ちゃんが倒れるなんて……しかも、規模だって今までにない」


世界が色褪せていく。

和也の価値観が悍ましい神に侵されていく。

全て下らない、取るに足らない、慈しむ必要のない。


灰色の世界。


「どうしよう、これ」


「好きにしたら良い。全て殺そう」


背後から突然、和也と同じ声の誰かが話しかけてくる。


振り向くと……

黒いモヤが人型を成していた。

頭部、口に相当する部分だけが裂けた様に紅く、声に合わせて動いている。


「はじめまして? 」


「酷いなぁ俺はずっとお前と一緒にいたじゃないか」


「ふーん。なら面と向かって会うのははじめまして、ですね。神様」


黒いモヤ。

最悪の禍神……朱禍獣命は気安く和也の肩を叩く。


「ああ! 話すのははじめてだ! この世界、魔王とかいうアホのお陰で初めてこんな事が出来た! 嬉しい、嬉しいなあ」


案外テンションの高い神様。

彼と同調しているはずの和也はそれを冷えた目で見る事しか出来ない。


暫く陽気な彼のトークに付き合って、ようやく和也は合点がいった。


「嘘つくなよ神様。俺は今君と同調してる、こんなに心が冷えているのによく笑えたもんだ」


「むふっふふふ。いや、笑っているのは本心からだぜ。冷えてるさ、滑稽だから笑ってるのさ。君も、魔王も、勇者も……この悪魔もな」


揺らめく黒い指先で焼け死んだ邪なる瞳の王を指差し、嗤う。


「焼け死んだくらいで、気紛れな良心に目覚めたくらいで、今までの罪が精算されると思ってる。こいつのせいでどれだけ人が、魔物が死んだ? どれだけの存在が苦しんだ? この状況だって、こいつが元凶なのにさぁ。それを、楽しんだんだぜ」


「君は本当に悪趣味だな」


滑稽で面白おかしい、と言うのは本心なのだろう。

心底愉しそう嗤う神様がムカついたので、和也はとりあえず殴っておいた。


まだ実体化にまでは至っていないのか、殴られた頭部が揺らめくだけだった。


まだ、実体化していないだけだ。

このまま力を強めれば、愛歌の覚悟も虚しく彼は受肉し今とは比べ物にならない災いを振り撒くだろう。


「……むかつくから、お前の嫌がりそうな事してやる」


はい? と首を傾げる神様を置いて、和也はスタコラと焼死体、邪なる瞳の王に近付く。


本当に死んだんだろう。

他でもない朱禍獣命の力が彼女の死を和也に感じさせた。


朱禍獣命の言葉を信じるなら、記憶のない間に受肉する程のストレスを与えたのは彼女となる。

断片的な記憶の中、ひたすら苦しんだ気がして眉を顰めた。


「許した訳じゃない……ていうか、許すなんて有り得ないけど、いやマジで。なんか、最後に死んで許されると思ってるのもちょっと……ムカついてきたし」


ネチネチと、そんな事言ってる場合じゃないのに粘性の高い怒りが込み上げてくる。


「マジでムカついてきた、説教してやる。全部ケツ拭かせてやる、センチティブな話じゃないぜ」


魔王の力。

命を与える光を指先に纏い、崩れかけている悪魔の死体に触れた。


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