星は斬られたはずの場所を手で触って確認すると、不思議そうに首を傾げる。
視界に表示されている自分のHPバーを確認すると、元からある1000のHPが999になっていた。
あの踏み込みと鋭い太刀筋からすれば、100以上は確実に減っていると思っていた。しかし、結果は見ての通り。ほぼというか全く減っていない。
驚きながら攻撃された場所を撫でていると、ライラの声が聞こえてくる。
「どう? ダメージはほぼないでしょ? これがゲームマスター特権なのよね~。相手は全ステータスを『1』で固定され、どんな手段でも上げる事はできない」
「どんな手段でも……?」
「そう、もちろん。その逆は可能だけどね!」
ライラはそう言って意味ありげににっこりと微笑む。
「それと、本来はPVPで使用できないアイテム類も全て使用できて、相手の固有スキルの使用許可の権利も貴女に移るわ。基本スキルのスイフトとタフネスの使用はできるけど、敏捷や筋力のステータスも固定されるから意味はないし。しかも、対象相手のステータスを吸収する効果もあるから、些細な問題にもならないわ。唯一脅威と言えば、トレジャーアイテムの能力くらいね」
「……なるほど」
「『エクスカリバー』の効果範囲は、パーティーメンバー以外の全体に及ぶ。もちろん。敵、味方関係ないから注意が必要ね~。それにその効果はPVP終了後、24時間は効果が持続するの。だから、敵の戦意を完全に喪失させることができるわよ。その剣は弱点がないのが弱点かしらね~♪」
ライラの説明を聞いて、星は黄金に輝いている持っていたエクスカリバーを見た。
説明を聞いている限りは、弱点と言えるものはエクスカリバーにない。
唯一の弱点は武器スキルの使用は制御できないことだろう。だがしかし、以前のダークブレットとの戦闘では、イザナギの剣の武器スキルを無効化していた。あれは突発的に発動したバグだったということだろうか……?
敵のステータスをオール1で封印し、固有スキルの使用の禁止に、基本禁止されているPVP時の回復アイテムなどの使用も自分だけ有効にする。
また。一度使えば、相手は24時間――効果を消すことができない。まさに『エクスカリバー』は星の固有スキルの為に作られた最強の武器と言えるだろう……。
話を聞いた星は握られている柄を強く握り締め。
(……この剣があれば、私もエミルさん達みたいに戦える!)
そう思ったら、星の顔から自然と笑みが込み上げてきた。
そんな星にライラが告げた。
「さて、そろそろエミルの所に戻りましょうか! 記憶も戻ってスキルの説明も終わったことだし。きっとものすご~くエミルも怒ってるわよ……私にだけど……ねっ!」
そのライラの言葉を聞いて、星は顔面蒼白になる。
後半部分は聞き取れないところがあったものの、エミルの怒っている顔が星の脳裏に鮮明に映し出された。
星には滅多に怒らないエミルだが、普段怒らない人だからこそ怒ると物凄く怖く感じるものだ。いや、以前のお風呂での出来事の時のレイニールの反応を思い返すと、本当に怖いのだろうが……。
「さあ、送って行くわ。帰りましょう」
「は、はい!」
剣をしまったライラが星に向かって手を差し伸べると、星は躊躇しながらもその手を取った。
星はその手を離れないようにしっかりと掴むと、名残惜しそうにモニターの方を見た。
(……叔父さん)
視線の先のモニターの男は優しい笑みを浮かべたまま軽く手を振っている。
そんな彼に星も微かに微笑みを浮かべた直後、光に包まれたかと思うと次の瞬間にはエミルの城の門の前に立っていた。
なんだかんだで、この事件が始まってそれほど時間は経っていないものの。それでも、目の前にそびえ立つエミルの城を見るていると、まるで自分の家に帰ってきたような感覚が込み上げてくる。
星が感慨深げに城を見上げていると、隣で立っていたライラが握っていた星の手を放し。
「……さてと、これでお仕事は終了ね! それじゃ、私は別のお仕事に行くからここからは1人で戻ってね!」
「――えっ!? ま、待ってください! 一緒に付いてきてくれるんじゃ……」
無責任とも言えるその彼女の言葉に、星は不安そうな眼差しをライラに向ける。
このままエミルに会えば、きっと相当怒られることが分かっていたし、星自身。どんな顔をして、仲間達に会えばいいのかが分からなかった。
星のそんな心配を余所に、ライラは笑顔で星に手を振りながら。
「それじゃ、用事がある時は直接会いに行くわね~」
とだけ言い残して、突然目の前から消えてしまった。
その場に取り残された星は、表情を曇らせながらゆっくりとエミルの城へと入っていく。
いざ一人になると、今まではやっと帰って来れたと思っていた住み慣れた城が、まるでRPGの世界の魔王の城に足を踏み入れた感じになるから不思議である。
不安で高くなる鼓動と重い足取りで城内を進んでいくと、いつも使っている部屋の前まであっという間に着いてしまった。
意を決して生唾を呑み込んだ星が目の前にある扉を開けようと手を伸ばすが、ドアノブに触れる瞬間に伸ばしていた手を引っ込めて扉を開けるのを躊躇してしまう。
(……みんな、怒ってるだろうなぁ……)
星はそう思いながらも決意したように瞼を閉じてドアノブを握ると、ゆっくりと扉を開いた。
その直後、中から鬼の様な形相のエミルが包丁を手に振りかざして向かってきた。
「ライラ!!」
「ひっ! ご、ごめんなさい!!」
そのエミルの大きな声と手に握られている包丁に驚き、星は慌てて頭を下げて謝る。
頭を下げている星の腕を掴んで強引に引き寄せると、全身を包み込むようにしてエミルが星を抱き寄せた。
「――良かったわ。無事で……ライラに騙された時は……どうなることかと……」
「……あの、怒らないんですか?」
「怒らないわよ。本当に無事で………………無事よね?」
「……えっ?」
エミルは星の両肩を握りながら、顔に疑うような視線を向けて尋ねる。
その意味が分からずにただただ首を傾げる星に、エミルは「ちょっとごめんね」と口にしたかと思うと、突然。星の服の裾をたくし上げ、星の体を前後左右隅々まで舐める様に見た。
「――えっ!? なっ、なに!?」
その突然の行動に驚きながらも困惑した表情を浮かべていると、星の体を一通り見たエミルがほっと息を漏らした。
「はぁ~、傷もないし。キスマークとかも付いてない……本当に大丈夫みたいね……」
「……キスマーク?」
星が首を傾げていると、エミルが目を細めながら星の顔を覗き込んだ。
疑うような瞳に星が戸惑っていると、エミルが再び星の体をぎゅっと抱きしめた。
「まあ、なにはともあれ。何もなくて良かったわ……星ちゃん」
「……エミルさん。く、苦しいし、恥ずかしいです」
(……でも。もう一度会えて嬉しいです……)
星はそう言いながらも、その心の中ではエミルの懐かしい温もりにほっとして安心感を抱いていた。
エミルに手を引かれて部屋の中に入った星を、その場にいた全員が暖かく迎えてくれた。
「おかえり、星ちゃん。無事で本当に良かった。俺は殆ど役に立たなくて……」
「ふん。カレン達が失敗しても儂1人で救出する予定だったんだがな……とりあえず、無事に帰ってきて何よりだ」
「うちはきっと無事に戻ってくるって信じとったよ!」
「おかえり星。そういえば、星の為にケーキを作ってたんだよ!」
エリエはアイテムの中から、以前作っていた大きなホールケーキを取り出すと、それを星に見せた。
ホイップクリームのたっぷり乗ったショートケーキには『星 おかえりなさい』と書かれたチョコレート製のプレートが中央に乗っている。
星はそれを見て感極まり「エリエさん。ありがとうござます」と瞳を輝かせながらお礼を言った。その直後、隣の寝室からガシャン!っとガラスの割れる音が響いた。
っと、次の瞬間。突如として勢い良く扉が開き、なにかが星目掛けて飛び込んでくる。
「あ~る~じ~!!」
窓ガラスを派手にぶち破り入ってきた金色の塊を、星は胸で受け止めると嬉しそうに笑った。
「――レイ。無事だったんだ」
「何を言っているのじゃ! 我輩の方が主を心配してたのじゃ!」
「……ごめんね。レイ」
胸に飛び込んできたレイニールは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、星の胸に顔を押し付けている。そんなレイニールに優しく微笑んだ星は、泣きじゃくるその頭を優しく撫でる。
レイニールの頭を優しく撫でていた星に、エミルが声を掛けた。
「星ちゃん。疲れてるでしょ? 今日はゆっくり休みなさい」
「はい」
その言葉に星は素直に頷く。
エミルはそれを見て安心したように微笑みを浮かべた。
それからしばらくの間。隣の寝室で待っているように言われ、再び部屋に戻ると、テーブルにエリエの作ったケーキと、イシェルとカレンの作ってくれたご馳走が並んでいた。
星はそれを見て瞳を輝かせる。中央にいちごの乗ったショートケーキが置かれ、その周りにはターキー、フライドチキン、パエリア、ローストビーフなど様々な料理が並んでいた。
ゲーム内では料理方法は2つ、一つは一から作る方法、そして二つ目は料理スキルを使用して作る方法だ。
味を取って腕を振るうなら一つ目だが――ニつ目の方法を使えば誰でも、作りたい料理を選択して指定された分量と時間を設定するだけで、数分で料理が完成する。また、生活スキルに練度やレベルは存在しない。その為、閉じ込められていても、プレイヤーの衣食住はフリーダムの中では左程問題にはならないのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!