千代のギルドホールの上部に位置する木材をふんだんに使って造られた古き良き時代を連想させる大人の隠れ家的空間。
そのフロアの端にある暖か味のあるオレンジ色のライトに照らし出された落ち着きのある店内。掃除の行き届いた清潔な空間の中で一際目を引く広々としたカウンターテーブル。その後ろには所狭しと並べられたボトルの数々……それを中心に置かれた数人で向かい合って座れるソファー席には既に多くのお客さんで賑わっていた。
皆、思い思いに日々のストレスや将来への不安、ギルドへの愚痴などを誰に気兼ねすることなく漏らすことのできる大人だけの唯一の憩いの場であることは間違いないだろう。どこか懐かしい落ち着いた雰囲気のバーカウンターで、シャカシャカとリズミカルにシェイカーを振るタキシード姿の男性。
その斜め向かいには、淡いピンク色のポニーテールの髪に透き通った青い瞳をした美少女が、思い詰めた様子で茶色い飲み物の入ったグラスを片手に、ほんのりと熱を帯びて赤くなった頬と潤みを帯びた瞳でグラスの中の氷を見つめていた。
目の前にはたくましい二の腕に、はち切れんばかりのタキシードを着た人物がボトルの整理をしている。その背中には、見慣れた白い円の刺繍の中に囲まれた釜の文字が輝いている。
振り向いた人物は紛れもなくサラザだった。始まりの街を出てからどこにいったのかと思っていたら、こんな場所で再びバーを経営していたのだ。
気がかりなのは、どうしてサラザが健全なバーを経営しているのかというところだろう。このバーにはピンク色のネオンもなければ、天上に輝くミラーボールもない。
まあ、結論を言えば、場所を提供してもらう際に、サラザが紅蓮に尋ねたら「公序良俗に反するのは止めて下さい」と釘を刺されたからだ――。
しかし、盛況なのはひとえにサラザの料理の腕があってのことだろう。
振り返ったサラザは、ごくごくとグラスの中の飲み物を飲み干し「おかわり」と叫ぶエリエに、呆れながら告げる。
「もうその辺にしたら? てか、エリーそれは、お酒じゃなくて烏龍茶なんだけど……」
「いいから、お・か・わ・り!」
声を上げて持っていたグラスでカウンターを叩いたエリエからグラスを奪い取ると、新しく烏龍茶と書かれたボトルから液体をなみなみと注いで、そのグラスを彼女の前に差し出した。
エリエはそのグラスを両手で持つと、勢い良く飲んで半分くらいで突然飲むのを止めて。
「――なんでよ~。なんでデイビッドなのよ~。どうして、私じゃダメなのぉ……」
急に涙を流しながらそう言い出したエリエは、グラスを置いてカウンターに顔を伏せた。
その後ろのテーブル席では、ミレイニがガーベラ、孔雀マツザカ、カルビの3人とトランプをして遊んでいる。
っと言っても、普通のトランプではなさそうだ――何故なら、目の前に置かれているのは物凄い量のコーラの空き瓶と僅かなオレンジジュースの空き瓶だった。
丁度勝負がついたのか、ミレイニが笑い声を上げている。その横でガーベラが「またババが残っちゃった~」と笑っている。
「またガーベラの負けだし~。これを飲むし!」
「まったく。今日はとことん勝てないわ~」
ガーベラがミレイニからコーラの瓶を受け取ると、周囲から「いっき、いっき」と煽る声が聞こえる。
どうやら、このトランプには罰ゲームがあるらしく、負けた者は指定された飲み物を一気飲みしなければいけないらしい。
その掛け声に応えるようにごくごくとコーラの入っていた瓶を飲み干すと、今度は無意識に大きなげっぷが口から漏れる。その直後「あはははっ!」とミレイニが楽しそうに笑うと、ガーベラも満更ではないような笑みを浮かべた。
どうやら、このトランプには罰ゲームがあるらしく。負けた者は指定された飲み物を一気飲みしなければいけないらしい。まあ、もはや罰ゲームと言うよりは、接待の様になっているが。
彼女達はトランプでババ抜きをしているのだが、カードを広げたミレイニは完全に手の内が顔に出てしまっていて、誰が見てもババを持っているのはバレバレだ。
これで勝てるのだから、他のオカマイスターのメンバーがわざと負けているとしか思えない。まあ、いつも面倒を見ているエリエがあの有様では仕方ないが……。
カウンターに顔を伏せていたエリエが顔を上げると、涙で潤んだ瞳をサラザに向ける。
「私の方がデイビッドより強いのに……うわぁ~ん!」
「はいはい。エリーが強いのは知ってるから」
泣き出す彼女をあやすようにサラザがエリエの頭をポンポンと優しく叩く。
すると、しばらく泣いていたエリエが一転。今度は逆に怒り出す。
「それにしても。どうして、私じゃないのか謎だよね! 紅蓮さんも見る目がないよね。デイビッドじゃ作戦も失敗するに決まって……」
また、ぶわっと青い瞳から涙が溢れ出して。
「……みんな帰ってこなかったらどうしよぉ~!!」
っと再び泣き出すエリエ。さすがに面倒くさく感じてきたのか、サラザの表情も少し引き攣っているように見えた。
それもそうだろう。エリエのこの話は、もうこれで5回目だ――こんな感じで、ずっと同じ話をしては怒ったり泣いたりを繰り返していた。
なんだかんだ言っていても、エリエが一番心配しているのをサラザはよく分かっていた。
始まりの街を出てからずっと、エリエを取り巻く環境は著しく変化したのは、よく店で愚痴っていたから知っている。
星も目を覚まさず。エミルが付きっ切りでいること。
イシェルは部屋に閉じこもってあまり顔を出さないこと。
カレンはマスターがいなくたってから、毎日道場に通って修行に明け暮れていること。
皆の心が、始まりの街を出てから見えない壁で遮られている様だ――と、エリエは悲しそうにサラザに話した。
エリエは楽しかったあの頃に戻りたいのだろうが、環境がそうはさせてくれない。
多くの仲間やプレイヤーを死なせてしまったという罪悪感が、常に皆の心のどこかにある限り。元通りとはいかないのだということを、彼女も理解しているのだろう。だから、素直な感情を表に出せない。よくも悪くも『不器用』なのだ……。
サラザはカウンターから飛び出してエリエの元に駆け寄ると、彼女の華奢な体をしっかりと抱きしめた。
「……いいのよエリー。辛い時はいつでも私の所に来なさい……この大胸筋はその為に日々鍛えてるんだから……」
「なによそれ……でも。ありがとうサラザ……」
鍛え上げられたサラザの胸に顔を埋めたエリエはしばらくすると、すやすやと寝息を立て始める。
自分の胸で眠ってしまったエリエに、呆れたようにため息を漏らし。
「はぁ……お酒は飲むもので、飲まれるものではないわよ? エリー」
彼女の体を抱き上げると、幸せそうな寝顔に笑みを浮かべて。
「まあ、あなたの飲んだのはお酒じゃなくて烏龍茶だけどね。もう少し大人になったら、本当のお酒の飲み方を教えてあげないといけないわね~」
サラザはミレイニに一緒にいくか尋ねると、遊びたりないのか首を横に振る。仕方なくオカマイスターの仲間達に、一時的ミレイニと店を任せると、エリエを自分の部屋に連れていく。
自室のベッドに寝かせる。自室を出たサラザは、ギルドホール内に女性の声でアナウンスが流れてきた。
『ただいま街で緊急事態が発生しております。ギルドホール内の皆様は自室に鍵を掛け、屋外に決して出ないようにお願いします。繰り返します…………』
アナウンスの内容から、事は急を要すると推測できた。サラザは大急ぎで店に戻ると、店の客を自室に戻る様に告げて、ミレイニと行く自室に残したエリエの護衛をオカマイスターの仲間に頼むと、自分は情報の収集に一階のエントランスを目指して走り出す。
基本的に建物内のアナウンスは、エントランスにあるNPCが常駐しているカウンターからのみ発信される。
つまり、アナウンスが流れている間にエントランスに向かえば、緊急事態を告げた者に直接話を聞くことができるというわけだ――。
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