オンライン・メモリーズ

~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~
北条氏成
北条氏成

別れの宴会6

公開日時: 2021年9月12日(日) 00:01
文字数:1,929

 その行動に驚く星の耳元でエミルがささやく。


「……あなたがいなかったら、私達はこの世界から出られなかった。本当に感謝してる……向こうの世界に帰っても、必ず会いに行く――会って助けてもらった恩を返すわ……」

「……そんなお礼なんて――私はエミルさん達が無事でよかったから……」


 星は抱き付いているエミルにそう告げると、エミルは大きく首を横に振った。


 そして再び星の体をしっかりと抱きしめながら再びささやく。


「――必ず会いに行くから……」

「……はい。待ってます」


 彼女の声音からエミルの気持ちを察したのか、星はただただ頷き返した。

 その後、星から離れたエミルはログアウトの方法を教えると、エミルはイシェルの側に戻る。


 そして涙ぐむ瞳で名残惜しそうに星の顔を見つめながら指で【ログアウト】のボタンを押した。

 直後。エミルの体が薄くなりスッと消える。それを追うようにしてイシェルの姿も消える。


 一度はログアウトしようとした星だったが、エリエの側までいくと、しょんぼりして反省した様子のエリエは星を見つけて彼女も寄ってくる。

 目の前まできた星がエリエに向かって頭を下げて「ありがとうございます」とお礼を言うと、エリエも先のエミルと同様に星に抱き付いて耳元でささやく。


「――これでお別れなんて嫌だからね。きっとまた会おうね……」

「はい」


 星がそう言うと、抱き合う2人のそばにデイビッドとカレンが寄ってきて言った。


「星ちゃん元気でね。俺達が助かったのは君のおかげだ。いつか現実世界で会った時にはステーキをおごらせてくれ」


 親指を立ててデイビッドがそう言うと、隣にいたカレンが口を開いた。


「最初のうちは星ちゃんとは色々あったけど、今は心を許しあえる仲間だと思っている。まあ、エリエが本当に住所を特定できるかは分からないけど、もしも住んでいる場所が分かったら向こうでも昨日みたいな馬鹿騒ぎをしようね」


 星は笑顔を見せるデイビッドとカレンの顔を交互に見て頷くと、再びログアウトの項目を指でボタンを押した。

 その時の星の瞳には薄っすらと涙が光っていた。しかし、別れが寂しくて泣いたのではない。単純に自分にこんなことを言ってくれる仲間ができたことが嬉しかったからだ…………。



             * * *



 天に向かって真っ直ぐに伸びる都会のビル群の中の一角で一際突き抜けたビルの中の一室。


 大きく開けた一面の窓ガラスの前には左右に観葉植物、黒塗りで高級感漂う長い机には金色を貴重としたライトや万年筆などの仕事用の道具が並んでいる。


 社長室にある様な高級なクッションの椅子に腰掛けているのは白髪交じりの中年男性だった。そんな彼の前には切れ長の目に短い黒髪にメガネを掛けた長身の男性が立っている。

 

「富岡さん。私の部下から、ゲーム世界からプレイヤー達が一斉に現実世界に戻ってきたという報告を受けています」

「そうか――なら、彼は死んだか……」


 そう言って俯いた中年の男の口元には、にやりと不気味な笑みがこぼれる。

 俯きながらフフフッと薄ら笑いを浮かべた中年の男の笑う声につられるようにメガネを掛けた切れ長の目の男も笑い出す。

 

 ひとしきり笑った彼等は顔を見合わせると、中年の男が徐に口を開く。


「――口ほどにもなかったな、安藤文則という男は……上から目線でなんだかんだと要求したくせに、ゲームばかりしている連中にやられるとはな」

「なにを言ってるんですか。どうせ消すつもりだったのでしょう?」

「消すとは人聞きが悪いな榊君――私の邪魔な人間に不幸が起きて消えてくれるだけだよ……」


 そう口にしてクククッと笑うと再びメガネを掛けた男も笑みをこぼす。


 そして笑みをこぼしたメガネの男に鋭い視線を向けて、ゆっくりと重い口を開いた。


「それはそれとして、計画はどうなっている?」

「ふふふっ……私は安藤とは違います。豚に真珠計画の真珠を抱えた豚は消え去り、残るは豚の落とした真珠を拾うだけです」

「そうか――真珠は豚には過ぎた宝だ……宝は欲する者の元にきてこそ、より一層美しく輝く。まあ、我々にとっては真珠ではなくダイヤモンドよりも価値のある物だがね」


 中年の男はそう呟くと徐に席から立ち上がり、背後の一面のガラス窓から広がる大パノラマを一望する。


「この世界がいよいよ全て我々の物になる――普段は都会の雑踏と雑音にまみれたゴミの山にしか見えないこの景色が、今はまるでダイヤモンドの様に輝いて見える……悲願の時まであと僅かだ……」

「……はい。それでは、私は面会がありますのでこれで」


 そう告げると、長身の切れ長の目にメガネを掛けた男性は部屋を後にした。


 その姿を見ることもなく、白髪交じりの中年の男はガラス越しから見える景色を眺めながらその前に広げた手を突き出して力強く握りしめる。

 


                  * * *

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