オンライン・メモリーズ

~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~
北条氏成
北条氏成

決戦4

公開日時: 2020年9月19日(土) 23:35
文字数:4,083

 2人がボスの視野の範囲に入ると、ボスの体が青く輝き胸に大きな青い炎が灯る。


 おそらく。胸に光るあの炎が、がしゃどくろのウィークポイントだろう。エミルはハートを象ったがしゃどくろの胸の炎を、一瞬でそう判断するとマスターに向かって叫んだ。


「マスター!!」


 マスターはエミルの顔を見て「分かっておる!」と更に加速し、攻撃が届く範囲まで行くと、胸に灯る炎目掛けて勢い良く跳び上がった。


 ヘイト管理には、まずはマスターが一撃を加えて敵にターゲットされる必要がある。

 その為には、なるべく一撃で多くのダメージを与えた方が効果的だ。ここはウィークポイントを確実に殴っておきたい。


「タフネス! たあああああああああああッ!!」


 雄叫びを上げながら胸の炎に向かって一直線に飛び掛かったマスターを、がしゃどくろは振り払おうとその巨大な腕を振り下ろす。


 マスターは空中で巧みに攻撃を避けると、その腕を踏み台にして更に加速し、そのままボスの胸元の炎に飛び込んだ。

 炎が大きく揺らぎ、がしゃどくろは苦しそうに天を仰ぐと、カタカタと歯を噛み合わせている。


 その様子を見たマスターは口元に笑みを浮べ。


「……フッ、まだだ! まだまだ行くぞッ!!」


 胸を突き抜けたマスターはそう叫ぶと、骨を利用し上へと駆け上がっていく。


 マスターは骨を足場に勢い良く飛び上がると、ボスの後頭部に無数に拳を叩き込んだ。


「人間はここが一番弱い! 首をへし折ってくれるわ! うおおおおおおおおおおおおッ!!」


 後頭部に張り付くマスターの度重なる攻撃にボスも堪らず、彼を捕まえようと必死に両手を動かしている。しかし、マスターはいとも簡単にその手をかわしながら攻撃を続けている。


 その様子をただ何もせずじっと眺めていたエミルは「そろそろね」とぼそっと呟くと、長めの片手剣を構えて攻撃を開始する。今エミルが動いたのも、マスターの猛攻でヘイトが十分に溜まったと判断したからだろう。


 がしゃどくろに斬り掛かったエミルは、襲い掛かる手をかわしながら巧みな剣捌きで、次々に攻撃をヒットさせていく。


 上と下という真逆の場所から同時に攻撃を受け、がしゃどくろはただただ腕をがむしゃらに振り回している。まるで心が繋がっているかのような見事な連携に、星が思わず声を漏らした。


「すっ、凄い……」


 2人の戦いを呆然と眺めている星に、隣に居たエリエが人差し指を立てて自慢げに言った。


「当たり前でしょ? あの2人は長い付き合いで、このゲームが始まって以来。日本サーバーの武闘大会では、あの2人しか優勝した事がないんだから!」

「へぇ~。2人とも凄いんですね!」


 エリエのその話を聞いて星は瞳をキラキラさせている。


 そこにカレンが馬鹿にするかのようにエリエのことを鼻で笑うと、2人の会話に口を挟んできた。


「ふん。お前の言葉には、少々訂正箇所があるな」

「――なによ。私の話が間違ってるって言いたいの?」


 急に割り込んできたカレンに、エリエは目を細めながら不機嫌そうに尋ねる。


 膨れっ面をするエリエを余所に、カレンは先程のエリエと同様に人差し指を立てて自慢げに話し始めた。


「正確にはフリーダムで年2回開催される大会では、師匠が殆ど勝ちを収めている。それに比べてエミルさんは、師匠が出場しなかった期間勝っていただけだろ? それを一緒みたいな言い方をされるのは困るな!」

「――なによ。優勝したのは一緒じゃない。この…………」

「んっ? なんだってー?」


 カレンの話を聞いていたエリエが聞き取れない程小さな声で呟くと、カレンがあからさまに挑発するように聞き返してきた。


 そのカレンの態度が頭に来たのか、エリエがむっとしながらカレンを睨みつけると。


「――ふん……中年趣味してきもいって言ったのよ! この少数派民族!!」

「なっ、なんだって!? マスターのどこがいけないって言うんだ!」

「マスターじゃなくてあんたの事よ……あ・ん・たの!」


 お互いに睨み合い火花を散らすエリエとカレン。


 星は「止めて下さい」とそんな2人の間に慌てて割って入ったが焼け石に水だ。


「何だと!? 俺のどこがきもいって言うんだよ!!」

「全てよ。全て! 言動も行動も全てがきもいのよ! この絶滅危惧種!!」

「――くっ! 言わせておけば……イリオモテヤマネコに失礼だ。イリオモテヤマネコに謝れ!!」


 声を大にして叫んだカレンに、負けないほどの声でエリエも叫ぶ。


「どうしてよ!」

「なんでもだ! なら、サーベルタイガーに謝れ!!」

「それはもう絶滅してんでしょうがッ!!」


 互いにいがみ合う2人のくだらないやりとりを見ていて、星は心から思った。


『もう。いい加減にしてほしい』と――。


 後衛がそうこうしている間に、前衛1のエミルとマスターの方にも動きがあった。


 最初は圧倒していたものの。徐々に攻撃パターンに慣れてきたのか、マスターを捕らえようとする手の精度が上がってきていた。

 このままでは捕まるのも時間の問題だ……。


「……くっ! コンピューターの分際で図に乗るでない! この儂を捕らえられると思うてか!!」


 襲い来る手をかわしながら声を荒げるマスターだったが、誰が見ても彼の攻撃の手数が減って回避に専念する場面も多くなり、苦しくなってきているのは明らかだった。


 だが、まだ戦闘が始まってそれほど時間が経ったわけではない。今のこの状況も、マスターの動きが悪くなったのではなく。単に敵の動きが良くなってきているだけなのだ――。


 フリーダムのモンスターは個々に備わったAIに、自立型の学習機能が備わっていて、それが戦闘のデータを収集しモーションを変える。しかし、それは種族、系統に属するモンスター全てに適応されるものではなくその個体が消滅したと同時に、そのデータも消滅する仕組みになっていた。


 もちろん。今まさにマスターと戦っているボスも、マスターの動きに順応する為、物凄い速さで学習しているのだ。


「マスター! 一旦。距離を取った方が――」


 エミルがそう叫ぼうとしたその時、エミルに向かって骸骨が口を大きく開けているのに気が付く。


 っと同時に口の中が青く光り輝き、群青の炎に包まれる。


(……ッ!? まさかッ!!)


 攻撃のモーションに入ったと悟ったエミルが攻撃を止め、咄嗟に飛んで距離を取ろうとした彼女目掛けて、がしゃどくろの口から青い炎が噴射されエミルを直撃した。


「きゃあああああああああッ!!」 

 

 ゴーッという大きな音が悲鳴とともに彼女の体も凄まじい炎の中に飲み込んだ。


 顔面蒼白でマスターがエミルのいた場所に目をやっている。


「エミル!! ……なにッ!?」


 その光景に一瞬気を取られたマスターの隙きを突いて、ボスの手にがっしりと空中にいたマスターを捕まえた。


(――しまった!)

 

 そう思ったのも束の間。マスターを捕まえたがしゃどくろはカタカタと笑うとマスターを投げた。


「なにいいいいいいいいいい!!」


 飛ばされたマスターはそのまま勢い良く地面に叩きつけられ、辺りに土煙が上がった。


「大変! 私達の出番よ~。タフネス&ビルドアップ! 行くわよ~。デイビッドちゃん!」

「ああ、タフネス&背水の陣! って、ちゃんはやめろ。ちゃんは!」


 それを見たデイビッドとサラザの2人が固有スキルを発動させ、がしゃどくろにに向かって走り出す。


 っと、先程まで言い争っていたエリエとカレンが声を上げた。


「エミル姉!」

「師匠!」

 

 2人は言い争いを止め、2人の元に駆け寄っていく。


 幸い2人は無事な様で、エミルは少し鎧の布の部分が焦げてはいるがそれほど大きなダメージは受けていない様子だ――マスターの方も少し擦り傷ができた程度だった。しかし、2人とも体の傷は大したことがないにも関わらず、険しい表情をしている。


「カレン! ヒールストーンを投げろ!!」

「はい。師匠!」


 カレンはヒールストーンを取り出すと、言われた通りマスターに向かって投げる。 


「エミル姉。大丈夫?」

「ええ、エリー。早く回復を! HPを半分以上持っていかれた……急いで! すぐにデイビッド達も危なくなる!」

「う、うん! 分かった!」


 いつにもなく厳しい表情をしているエミルにそう言われ、エリエは慌ててヒールストーンを取り出し、エミルの方へ向けた。

 その直後、エリエの持っていたヒールストーンが光り出し、次の瞬間には光りだけ残してただの石ころに戻る。


 ヒールストーンから放たれた緑色の光りが辺りを照らすと、エミルとマスターの体に降り注ぐ2人のHPが上限一杯まで回復していく。


 エミルはエリエに「ありがとう」とお礼を言うと、すでに回復を終わらせたマスターと目を合わせ無言のまま頷いた。

 

「お前達はまた下がっておれ。また危なくなったら頼むぞ?」

「「はい!」」


 エリエとカレンは返事をすると、星がいる場所まで下がった。


 2人が戻って来る姿を見て、星は少ししょんぼりしている。


(カレンさんも、エリエさんもちゃんと動けたのに。私は……怖くて、動けなかった……こ、これじゃ、皆の足を引っ張っているだけ……ごめんなさい)


 星は心の中で2人のピンチに全く動けなかった自分を責めていた。


 後衛の仕事は回復などのサポートだけだとマスターから聞いていた。その時には、星にも『それなら自分にも出来るかもしれない』と軽く考えていた。だが、いざその状況になったら、上半身はまるで棒のように固まり――足にはまるで鎖で繋がれているかの様に、微動だにしなかったのだ。


 確かに実際にがしゃどくろを見た時、自分より遥かに大きい敵の姿に恐怖心はあった。だが、サポートだけだと思えば不思議と冷静でいられた。


 星は『大丈夫。いざとなれば私が回復してあげればいい』頭の中ではそう考えていたのに、実際には目の前で仲間が傷付けられ、気が動転して頭が命令しても動けない自分が居た。


 そんな自分が星は情けなくて仕方なかった……。


「うぅ……」

(……カレンさんとの戦いで強くなったと、私は勝手に思ってて……でも、本当は弱いままで……どうして、いつもこうなっちゃうんだろう……皆、できてるのに私だけ何もできなくて……恥ずかしくて顔を上げられないよ……)


 星はそんなことを心の中で呟き、悔しそう俯き唇を噛んだ。

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