自分を庇って良くしてくれていたトールが死んだ……もし、エミルの言うようにこれが夢であるなら、彼はまだ生きているか、もしくは元々存在すらしない夢の住人ということになる。
確かに現実世界にいた時から、父親のいない星は他の子供の父親や目上の男性に、妙に惹かれやすいのは感じていた。
トールと過ごしていた時間はまるで父親と過ごしていた様に、星は感じていたのだろう。しかし、トールの年齢は20くらいで父親というには少し若すぎるが、父親への憧れがそうさせるのだ――。
夢と言われれば夢であってほしいと思う気持ちもあるが。だが、剣の練習中に彼から貰ったサンドイッチの味が、今もしっかりと思い出せるほど残っている。それが夢だったとは星には到底思えないのだが、エミルに尋ねたところで上手く丸め込まれてしまうかもしれない。
星はレイニールに尋ねてみることにした。
「レイ。本当に夢なのかな?レイは私が寝てた時の記憶があるんでしょ? 街の門の前で倒れた後の事を教えて……」
もしもあの出来事が夢であるならば、レイニールは『街の門の前で』の部分は首を傾げるはずだ――何故なら、始まりの街での出来事が偽りなら、レイニールはこの質問には答えられないはず。
レイニールの反応に全神経を集中させ、星が返答を待っていると、レイニールは表情を曇らせてボソッと呟く。
「――主は嫌なことを忘れたいとは考えないのか?」
「……えっ?」
突如発せられた予想外の返答に、星は言葉を失う。脱力した両手がベッドに落ちレイニールは翼をはためかせると、星の顔の前で止まる。
真っ直ぐ星を見るレイニールのその瞳は真剣そのものだ――。
「答えろ主! 嫌な思いをして、どうしてその記憶に固執する! 我輩は主のその考えが理解できぬ。過去は取り戻すことができない……なのに、何故過去に拘る!」
「それは……」
妙に威圧感のあるレイニールは、いつもの語尾の『のじゃ』が消えている。その話し方はまるで、金色の巨竜と化した時のようだ――。
じりじりと迫ってくるレイニールに、星は後ろに下がると、突如としてレイニールが鋭く睨みつけながら星の顔目掛けて突撃してくる。
慌てて真後ろに仰け反った直後、ガツンという大きな音が部屋中に響く。
「……あっ……うぅ……」
仰け反った星の後頭部がベッドの角に直撃し、その体が横に崩れ落ちた。
激しい衝撃に意識を失いベッドに倒れた星を見下ろしたレイニールが得意げに、しかし静かに呟く。
「――秘技。記憶飛ばし……」
レイニールはベッドに倒れている星の体を正常な姿勢に直すと、最後に上から布団を掛けて自然な感じに偽装した。他人が見たら、自然に眠ったとしか見えない完璧な仕上がりだ。
レイニールは星を見下ろし。
「主は押せば引くから扱いが楽なのじゃ。しかし、我輩から情報を聞き出そうとは千年早いのじゃ! わーはっはっはっ!!」
腰に手を当て勝ち誇った様に高笑いをしているレイニール。
すると、背後から扉を開ける音が聞こえ、パンとコーンスープの乗ったおぼんを手にしたエミルが入ってきた。
「なにを大きな声出してるの。表まで聞こえてたわよ?」
その声を聞いた直後、レイニールは反射的にビシッ!と背筋を伸ばした。
部屋に入ってきたエミルは、ベッドで眠っている星を見つめ、手に持っていたおぼんをテーブルに置くと、ベッドの端に腰を下ろして眠っている星の頬に手を当てる。
優しく微笑むと、星の頬をそっと撫でる。
「……まだ起きたばかりだものね。今はゆっくり休みなさい……後は、私が全て終わらせてあげるから」
エミルの優しかったその顔が、決意に満ちた表情に変わり。眠っている星に「行ってくるわね」とささやき、再びドアの方へと歩いていった。
だが、それをあからさまに距離を取っていたレイニールが呼び止める。
「ちょっと待つのじゃ!」
「……なに? レイちゃん」
振り返ることなくそう答えたエミルに、レイニールが言葉を続ける。
「主を残してどこに行くつもりじゃ! 我輩はこの後、どうすればいいのじゃ!」
「――大丈夫よ。明日の夜までには帰って来るから……」
そう言い残して部屋を出ていったエミルが、一瞬見せたその瞳には闘気が満ち満ちていて、まるで闘神の様だった――。
とてもこれ以上話し掛けられる雰囲気ではない。
っとエミルが部屋を出るまでレイニールが刺激しないように息を止めていると、ドアノブを掴んだ直後に振り返ったエミルがレイニールに向かって告げる。
「……そうそう。私が帰って来るまで、このギルドホールから星ちゃんを出しちゃダメよ? もしも、出したらお・し・お・きだからね……」
「う、うむ! 分かったのじゃ!」
再び背筋を正してビシッ!と敬礼したレイニールにエミルは微笑みを浮かべ、部屋を出ていった。
直後。レイニールはほっと胸を撫で下ろし、床にちょこんと座ってふとあることを思っていた。
「……エミルはいったいこんな夜から、明日の夜までどこに行くのじゃ?」
腕組みしながら小首を傾げたが、レイニールはすぐに考えるのを止めた。
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